第28話 イネちゃんと教会ご飯
「うま!」
いただきますの直後、ウルシィさんの声が部屋の中に響いた。
「それ、お豆腐で作ったんですよ」
「うそ!絶対これ肉でしょ!」
豆腐ハンバーグを食べたウルシィさんにリリアさんが説明してる。イネちゃんも一口食べさしてもらったけど、本当牛肉って感じの味だったよ、びっくりするくらい牛肉。
でもリリアさんの説明を聞いてちょっとほぐしてみると確かにお豆腐っぽいんだよね。
「これ、つなぎなしで全部お豆腐なんですか?」
「そうです、と言いたいですが……鶏肉を3、お豆腐7で牛脂を練りこんであるんですよ」
イネちゃんが聞いたら即答って感じにリリアさんが答えてくれた。さっぱり素材に牛脂のこってりで牛肉っぽい感じになってたんだね、正直すごい。
すごいと言えば他のお料理もすごい。
キャベツとピーマンの炒め物は素材の食感が残っているのに、すごくしっかりとした味付けで食べやすいし、トマトの煮込みもイタリアンな見た目なのにお出汁に入ったそれはあっちの世界で言うところの創作和食って感じで美味しい。
そしてなにより白米がすごくいい。
噛めば噛むほど甘味が出て来るのに、おかずの味を一切邪魔しない。単独でも美味しいのにおかずと一緒に食べたら更に美味しい。
とにかく美味しいとしか表現できないお料理に夢中になっていると、イネちゃんの意識の外から質問が飛んできた。
「ところでイネさんでしたか、あちらの世界ではどのような生活を送られていたので」
ココロさんの質問に一瞬むせて咳をするけど、緑茶を飲んで色々整える。
「大丈夫?リリアちゃんのご飯美味しいから集中してたところごめんねー」
ヒヒノさんがイネちゃんの顔を覗き込むように心配してくれて……るのかちょっとわかりずらいかな、常に微笑みって感じのポーカーフェイスだし。
「あぁうん、大丈夫……です」
「んー勇者だからってかしこまられるのは私は嫌かなぁ」
ヒヒノさんはそう言ってイネちゃんのほっぺをぷにぷにつついてくる。いや痛くはないけど食事に支障が……。
「わ、分かりました……わかったからイネちゃんのほっぺをぷにぷにするのは……食べられないし」
「んーまぁ今はそれでいいや。とりあえずイネちゃんの世界ってどんななのか……多分守秘義務とかあるだろうから話せる範囲でお話して欲しいかなって」
うん、やっぱりその流れに戻るよね。まぁいいけどさ……。
「でもイネちゃんは元はこっちの世界生まれだし、学校とかは行ってなかったから歴史とかはそんなに詳しくないよ」
「あぁそうなんですか、まぁ知りたいのは政治的なあれこれではなく文化的なものなので問題はないですよ。あちらの世界に過ごしていた人のお話を聞きたいだけですので」
そういうココロさんは、あまりイネちゃんの生い立ちとかには興味が無いっぽいかな。今までケイティお姉さんみたいに事情を知っている人以外は聞いてきたからてっきり今回もその流れになるかと思ったのに。
そして少し考える余裕ができたイネちゃんはふと、気になったのである。
「あれ、でも教会の人ってあっちの世界と交流があるんじゃ?」
先日リリアさんが交流があるっぽいこと言ってたのを思い出して、聞いてみた。
「私とヒヒノは勇者として神託を受けた後、各地を巡ることが多いのでそういった腰を据えないと行えない業務についてはほぼやらないんですよ」
「私とココロおねぇちゃんがあっちの世界と接点を持ったのって、この町の近くにあるゲートとは別のゲートから、あっちの世界の約束事を無視して送られてきた軍隊を撃退した時くらいだからねぇ」
ん、今ちょっとおかしな単語が聞こえたような。軍隊を撃退って聞こえたような。
「あぁあれはゲートが開かなかった大国が少数精鋭で編成した特務部隊を送り込んできたと、後に聞いた覚えがあります。私たちだけで対応できましたし、威力偵察といったところだったのでしょうが苦戦はしませんでしたが、本当に精鋭だったんでしょうか」
あぁあっちの世界でテレビを眺めていたときにそんなニュースを見た気がする。
「それはあっちの世界でもニュースになってた記憶が……、あくまで調査隊であり最低限の武装しかなかったのにこっちの世界の軍隊に攻撃されたとか最初の言い訳だったような」
「あれが最低限の調査隊……ありえませんね、戦闘し撃退した後に教会のルートで少し調べましたが、戦闘車両という単語を見た記憶があります」
「最初の言い訳の後、こっちの世界に居たイネちゃんのような人たちの報告で侵略軍だったと判明したから、大丈夫ですよー、だからちょっと怖い顔で顔を寄せるのはやめて欲しいかなーって」
「勇者様」
ココロさんとイネちゃんの会話に1語づつはっきりとササヤさんが笑顔でそう言うと、ココロさんは驚くほどの速さでイネちゃんから顔を話して姿勢を正した。
「まったく、あの事件とイネさんは全くの無関係なのはわかるというのにこの不肖の弟子は……」
「すいません……でしたら次はイネさんが暮らしていた地域のことを教えていただけないでしょうか」
あ、話題まで変わった。イネちゃんとしてはずずいっと寄ってきたのがちょっとアレなだけで、話題は別に問題なかったんだけどねぇ。
「お味噌が美味しい地域だったよ、後はカレーうどんとかラーメンとか」
「その話詳しく」
当たり障りのない食べ物の話題にしたら今度はリリアさんが食いついてきた。
「リリア……まぁあなたは別にいいわ、聞いた上で料理するのに大きな失敗がないから」
扱いの差が!……というよりは美味しいものを食べられる可能性が出るからってところな気はするかな、失敗しても美味しくないってことは少なそうだし、今食べてる目の前の料理を口にしている感じからの印象だけど。
「いやイネちゃんはその辺の詳しい作り方とか知らないですから。でも検問所で聞けばそのへんは教えてくれるかも、調理方法とかはそこまで影響与えないだろうし」
食で世界が変わる!っていうのはあまり聞いたことはないからね、食べられるのと食べられないが変わるのならまだしも、調理手段が増えるだけだし多分問題ないよね。
「そっかぁ……でもとりあえず料理名とかを教えてくれたら嬉しいかな、素材とかも」
「んー豚肉とかパン粉とか、カレーのほうはスパイスとか……だったかな。お味噌は豆で長期間熟成だとか聞いたことがあるかな」
「最初のは揚げ物かな……スパイスは高級品だからなぁ、でも豆で味噌か、それはすぐにできそう、熟成だから菌が大事かもしれないけど」
今のふわっとした説明からそこまで考えちゃうんだ……本当お料理が好きなんだなぁっていうのが伝わってくる。
「イネちゃんはそこまで詳しくないから……ごめんね?」
「ううん、ゲートの人たちにその辺を聞くってことはしてなかったから盲点だったよ、ありがとう」
リリアさんは屈託のない笑顔でそう言ってくれた。
昨日サキュバスの血を引いているって言ってたけど、この笑顔を見るとなるほどと思えてくる。可愛いと綺麗と妖艶が5対4対1くらいの割合で含まれてる感じで、多分お母さん側の血筋なんだろうなぁと思う、ササヤさんの笑みは綺麗と妖艶が半々って感じだし、多分そっちだと思う。というかタタラさんがサキュバスの血が混じってるとか言われたらイネちゃんびっくりするよ。
「うふふ、心配なさらなくても私のほうがサキュバスのハーフよ、イネさん」
うぉぞわっとした!
イネちゃん口に出してなかったよね、今!なんでわかったの!?
「うふふ、なんででしょうね」
「もしかして、サキュバスの力……とか?」
「半分正解。読心魔法……というよりは魔族でも一部しか使えない精神魔法に近いものね、意識しないでもなんとなく相手の思っていることがわかるの。ごめんなさいね、気持ち悪いでしょう」
「でも悪用とかはしないのなら問題ないんじゃないかな、力や道具って、使う人次第でそれ自体が気持ち悪いっていうのはイネちゃんは思わないかな」
それ以上に無意識に読心しちゃうって結構ハードだよね、イネちゃんとしてはすごく大変そうだと思うのです。
「イネさんは優しいのね、ご家族に愛されているのがよくわかるわ」
「それも読心です?」
「いいえ、これは一人の親としての勘ね。他人を思いやれるというのは一種の才能だけれど、その部分を素直に表現できるかは教育の面が大きいから」
なんだかイネちゃんの評価高くない?
イネちゃんは思ったことを口にしているだけなので、そこまで高評価されると困惑しちゃう。イーアの時と、お父さんたちのそれがどうとかも評価できないからなぁ、他を知らないし。
「ところでイネちゃんの生まれってこっちの世界って言ってたけど、どこなのかな」
ヒヒノさんが聞いてくる。うんまぁ家族の話題とかになったし、流れで出て来る可能性は高いよね。
「んー別に隠すことはないんだけど、場の空気が少しどんよりしちゃうから……」
「……この教会のなかなら問題ないわよ、私たちはあの村も含めて再生や開発をしましょうっていう提案をしている側だから」
断ろうとしたところで、ササヤさんが問題無いって言ってくれた。というかケイティお姉さんと同じでイーアの村のことを考えてくれてるんだね。
「あぁどんよりってそういう。正直迷信の類なんだけどねぇ、ゴブリン被害にあった土地にはまたゴブリンが来やすいなんていうのは」
その流れを聞いてヒヒノさんは極めて軽く、そう言った。
「教会ではその辺が迷信であるという啓蒙活動も行っていますし、貴族やギルドが二の足を踏むような地域の復興開発事業も率先して行っているため、ゴブリン災害における被害者の方々の保護も業務のうちですよ。そしてそこに偏見を持つものはまず神官になれません」
ココロさんが箸を置いて説明してくれる。
しかし教会だとゴブリン被害じゃなく、ゴブリン災害なんだね。でも教会に助けられなかったイネちゃんのケースはやっぱり特殊だったのかな。
「最も、しっかりと防衛体制を作らなければ再びゴブリンが襲ってくる可能性は否定できないので、ギルドと協力する形になるのですが……ゴブリン災害はどこで発生してもおかしくはないため、本来ならもっと協力すべきなのですが……政治というものはその辺を厄介にしてしまうのが残念ですね」
ココロさんが俯いて声量が小さくなっていく。
いや、ゴブリン被害者云々じゃなくて別の要因で暗くなっちゃってるから、やっぱりこの話題は場の空気に悪いんだっていうことだね、うん。
「はい、ご馳走様。今日の料理も美味しかったわよリリア……あなたたちも早く食べちゃいなさい」
ササヤさんと、ずっと黙って食べていたタタラさんが手を合わせてご馳走様と言って箸を置いた。
確かに会話がメインで食事が疎かになってたかも。イネちゃんも早く食べよう、冷めちゃうし……ってもう冷めかけてる!
「せっかく美味しいご飯だから、ササヤさんの言うとおり温かいうちに食べないともったいないよね……」
イネちゃんのこの呟きを聞いてか、みんなが会話を一旦やめて食べるのに集中して、出されたお皿は全部綺麗に食べ終えた。すっごく美味しかったけど、ジャクリーンさんは会話に入れずにずっと一人で食べてたみたいで、少し寂しそうにしてた。上座に一人座ってたから自業自得だよ。
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