第27話 イネちゃんとヌーリエ教教義
「いやぁ何事もなくてよかった」
イネちゃん救出のためとは言え、教会の目の前で上着を躊躇いなく脱いじゃうリリアさんが笑っている。ちなみに上着は既に着直してる。
「リリア、昔から言ってるはずですがね。身内しか居ないならまだしも他に人が居る時は服を脱いではいけないと……」
「でも今のは人命救助って側面もあったから……ごめんってココロ姉ちゃん」
ココロさんがリリアさんに対して説教みたいに言ってるけど、『姉ちゃん』って単語が出た瞬間表情が柔らかくなったのを、イネちゃんは見逃さなかったよ。
ヒヒノさんのおねぇちゃんって単語にも反応してたし、もしかしてココロさんは姉扱いされるのに弱いのかな。
まぁとりあえずはイネちゃんが原因なので仲裁に入る。仲裁というほどのことはないと思うけど。
「元はといえばイネちゃんが風景を見ながら歩いていたのが原因ですし、その辺りで……ココロお姉さん」
ココロさんがもしかしてと思ったことを確認がてら、茶目っ気でそう言ってみると……。
「む……むぅ、確かにあのままでしたらイネさんが呼吸できないままでしたし、緊急避難としましょう。……それとイネさん、今私のことをなんと?」
「ココロお姉さんのことですか?」
ココロさんの確認にイネちゃんが答えると、口と鼻を押さえて慌てて顔を背けた。特定の単語だけでここまでとはこれはあれだね、シスコンをこじらせすぎちゃった感じだね。
「じゃあココロ姉ちゃんとヒヒノ姉ちゃんが訪ねてきたんだし、久しぶりに私の料理食べさせてあげるよ、冒険者の皆さんも一緒にどうぞどうぞ」
「え、いいんですか」
「いいのいいの、ほら……と靴は脱いでね。教会に上がる時のマナーだから」
リリアさんはリリアさんで気さくなお姉さんって感じに、イネちゃんたちもご飯に誘ってくれて、ヨシュアさんが確認にも軽い感じに答えてきた。というか昨日あった時とはなんだか印象が違うんだけど、公務中とそうでないときの差なのかな?
他に気になったことはあれだね、ヒヒノさん、イネちゃんと似た感じの身長と体型なんだけどリリアさんより年上さんだったんだね。
まぁココロさんと双子なんだからとも思うけど、そのココロさんもリリアさんと比べたら小さく見えるんだよね、ココロさんの身長は女の人の平均的か、少し大きめだと思うんだけど。
ひとまずリリアさんに促されたところで、教会に上がらせてもらうことにして玄関に入り、皆で靴を脱いで上がる。上がるのはいいのだけれども……。
「イネ、なにをしているの?」
「脱いだ履物を綺麗に揃えてるの」
お父さんたちは以外にも、こういった細かいことに厳しかったからイネちゃんは癖でやっちゃうんだよね。まぁ勇者様とリリアさんもやってたから正式なマナーだったんだろうしいいんだけど。
「敬虔な信者の方でも履物を揃えられる人って少数なんですよ、最もよほど神官長が厳格であるか、重要な神事でもない限りはそれほど気にされないけど」
リリアさんが説明してくれる。気がついたらイネちゃん以外の皆の分も綺麗に揃えている辺りリリアさんは細かいところに気が利く人なのかな。
「それじゃあ私は厨房に入るから、姉ちゃんたちは案内……ってダメか、姉ちゃんたちがこっちに来たのは始めてだったんだ」
リリアさんが一人漫才っぽい感じにあわあわしだしたところへ、奥から綺麗な女の人が姿を現した。
「案内なら私がしておくから、お料理してきなさい」
「と、ありがとう母さん。じゃあ皆さんまた後で」
リリアさんと短い会話をして、リリアさんが女の人が出てきた部屋に入っていったのを見送った後、女の人が振り返って笑顔を見せてくる。なんというか元気ハツラツというか子犬っぽい印象があったリリアさんの顔立ちに近いけど、この人の笑顔は妖艶っていうのかな、女の子であるイネちゃんでも見とれちゃう感じ。
というかリリアさん、母さんって言ったよね。顔立ちもそうだけど、何より胸部の無言の圧力がイネちゃんとしてはリリアさんと目の前の女の人が親子なんだなと実感させてくれる。遺伝ってすごい。
「私はタタラの妻でリリアの母、ササヤと申します」
正座の上に指を前で揃えてからのお辞儀による自己紹介。イネちゃんここまで見事なのはお父さんたちに連れて行ってもらった温泉旅館でも見たことがないよ。
「お久しぶりです、師匠」
え、ココロさん急に何を言ってるの?
こんな物腰柔らかな女の人を捕まえて、勇者様が師匠とかそのギャグ受ける。
「人の自己紹介中です、身内はもう少し待っていなさい」
ササヤさんが、ココロさんに向かってその言葉を発した瞬間、背筋がぞわわってなった。というか背筋に悪寒が走った直後にココロさんが倒れた。やだ怖い。
「お見苦しいところをお見せしてしまいましたね、申し訳ありません」
「あ、あぁいえ……構いませんけど、ここは教会でしたよね」
ササヤさんの謝罪にヨシュアさんが答えて質問する。
うん、なんだか教会って感じじゃないよね。それどころか神社って感じでもない。完全に一般住宅な雰囲気だもの、気になるのは当然だよね。
「ヌーリエ教ではより自然と共に生きることを教義としています。ですが人間が原生林をそのままに生活圏を築くのは難しいため、元の森にあった木々や大地の恵みである農作物を建造物の資材として、そこに住むことが女神と共に暮らすことができると信じられているのです」
「宗教的理由、ですか」
「そうですね、そう言って差支えはありません。教会は女神ヌーリエへの祈りの場でもあると同時に、神官の住居でもあり、その営み自体が女神への奉納でもあるのです」
日本家屋に住むだけで奉納になるんだ……。
「日常生活を送ることが奉納?」
「はい、ヌーリエ様はそんな人の営みが好きなんですよ。さて、そろそろリリアもいくつか料理を作り終えた頃でしょうし、案内いたしますね。……勇者様、もう動いて大丈夫ですよ」
ササヤさんが笑顔でそう言うと、ココロさんは驚く程の速さで立ち上がり……というか直立不動になった。勇者様をここまでさせるササヤさんの実力って一体何なんだろう……。
「それではこちらです、勇者様のお話しは食事中か後にでも。身内より外部の方のお話しのほうが優先度は高いですし……」
ササヤさんは少し溜めてから、続けた。
「おそらくは勇者が派遣された内容と、あなた方が教会に訪れた理由は重なっていると思いますから」
思い当たることが無ければ、見惚れるような笑顔だったんだろうなぁ。イネちゃんは今のササヤさんを見てそう思いました。まる。
そんなことを思いつつも、ササヤさんの後に続いて玄関からすぐ左にある部屋に入ると、既にいくつかのおかずと米びつが置かれていた。
ついでに奥の方からはお味噌の匂いが漂ってきている。これは、お味噌汁だね、多分。
「席は自由にどうぞ、お箸が苦手な人がいたらおっしゃってくださいね、他の食器を用意しますから」
ササヤさんが手で促す先に顔を向けると、立派な足の短いどっしりとした漆塗りのテーブルとこれまた高そうな装飾が随所に見える座布団が敷かれている。
というかこれ畳も結構な高級品って印象がするんだけど、心地いい草の匂いが落ち着く感じでイネちゃんとしてはホッとする。
「す、すごい……このテーブルに床敷にクッション、全部魔法触媒として使えるものよ……一体いくらになるのかしら」
ミミルさん説明ありがとう。なるほど、これ全部特注品みたいなものなんだね。
まぁサイズ的に畳は特注っぽいし、机と座布団なら調度品として特注でもおかしくないもんね。やっぱ宗教って儲かるのかな……。
「全部夫が作ったものよ、昔エルフとドワーフにホビットと色々教わって……その上でタタラは先々代の勇者の血を引いてるから、作るものが触媒になっているだけよ」
少し呆れ気味の顔でいう。
いやイネちゃんとしてはちょっと勇者と関わり強すぎないかなって思ったけどね、勇者が血筋で決まるって言われても納得できるくらいの密度だよね。
ともあれ促されたんだし、座らないとごはんを食べられないんだからイネちゃんが率先して座る。
ふわっ。ぼふん。
うわなにこれ柔らかいし、綿に包み込まれる感じ。畳の肌触りがとてつもなくいい、まぁ部屋に入ったところで草のいい匂いが感じられるくらいだから新品って感じなんだろうけど。
「い、イネ……よく躊躇いなく座れるわね……」
ミミルさんは怯えすぎなんだと思うな、うん。
「いやでも座らないとごはん食べられないし」
高価な物を使うって、普段慣れてないとこんな感じだよね、わかる。
ただキャリーさんやヨシュアさんもだけど、ウルシィさんもためらっているのは以外だなぁ。
「肉が無い……」
あ、そういうことでテンション下がってたんだね。
「ごめん、今日は狩猟している時間がなかったから。その代わり大豆で色々作ってみるよ」
そんなことを言いながら大皿を持ったリリアさんが玄関側の廊下から入ってきた。でもウルシィさんのつぶやきはリクエストじゃないと思うんだけれど。
「大豆?肉の話題でなんでお豆?」
「それは後でのお楽しみで、じゃあ追加で作ってくるよ」
ウルシィさんと会話しつつ大皿をテーブルに置いてから、リリアさんは再び厨房へと向かっていった。
「リクエストしたみたいでなんだか悪いね……」
ヨシュアさんはイネちゃんの正面に座りながら呟く。まぁ元が別の世界とは言え21世紀準拠の日本人ならお豆腐とかで色々なお料理があるってわかってるから、今のウルシィさんほどのワクワクはしないよね。
それと席順、ヨシュアさんの両隣は予想通りの取り合い……になるかと思ったけどミミルさんがキャリーさんに譲る形ですんなりと決まった。元々教会に訪れた理由がキャリーさんで、ヨシュアさんをサポートとしてってつもりなんだろうけど、正直なところイネちゃんの隣に来て欲しかったかなって、双子勇者様に挟まれながらイネちゃんは思うのです。あ、ジャクリーンさんは何故か奥のほうに陣取ってる、多分上座だよね、あそこ。
「リリアは料理が趣味なところがありますので、むしろ楽しんでいると思いますよ」
ココロさんが楽しそうにそう言う。というかココロさんとヒヒノさんの勇者様ペアがウルシィさんに負けず劣らない笑顔でそわそわしてる感じ。
「はい、簡単に済ませちゃったけど……お肉に見えるだろ?」
イネちゃんがみんなの様子を一通り見終わったところでリリアさんが小さめのお皿を4つ、器用に持って部屋に入ってきた。イネちゃん、あの運び方居酒屋さんとかファミレスとかじゃないと見たことない。
「お、おぉ~……」
ウルシィさんが感嘆の声を上げる。
まぁ音と見た目は完全にハンバーグだからね、お肉が好きならよだれ出てくるのはわかるかなぁ、というか匂いも完全にお肉だし、余計にだよね。
リリアさんがお皿をみんなの前に置いてウルシィさんの隣に座ってから手を合わせて。
「それじゃあみんなで一緒に」
ご飯の前で、手を合わせてやることと言えばイネちゃんとしては1つしかない。イーアだったときもこれだったから、間違いないはず。
リリアさんの動作に合わせてイネちゃんも手を合わせて、口にする。
「いただきます!」
言えたのは教会の人たちと、イネちゃんにヨシュアさんだけだった。
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