第26話 イネちゃんとヌーリエ教会
「それであなた方はこれからどうするのですか」
町に到着したとほぼ同時にココロさんが聞いてきた。護衛でもあったのかな?
「お昼を食べてから今度は教会のほうでも調べてみようと思っています。あちらの世界に居るという確信があったから向かったわけじゃありませんので」
ヨシュアさんが丁寧に答える。そうなんだよね、これから教会のほうで調べないといけないんだよねぇ。
「なら私たちもご一緒していいかな、あっちの世界に興味もあるから色々聞きたいし」
ヒヒノさんがイネちゃんを見ながらそう言った。イネちゃんはそこまで世界について説明できるほど詳しくないよ!学校にも行ってなかったし!
「それなら教会で食事にしてはいかがでしょう、パンもありますがお米も食べることができますし、お豆腐なども美味しいですよ」
ココロさんもその流れなんだね、というかごはんにお豆腐って完全な日本食だよ、味とか色々違うのかもしれないけどさ。
「でも、いいんですか」
そうだヨシュアさん……ってダメだ、これ乗り気な返事だよ。完全に社交辞令のアレだよ。
「問題ありませんよ、教会は食堂も併設していることが多いですし、この町の教会は確実にあるでしょうから」
食堂がっていうのは社会福祉のセーフティネットとかそんな感じなんだろうけど、確実っていうのはなんで?
「教会の主要収入の1つだからね、食堂は。一番大きいのは食料品の取引だけど」
献金が最大じゃないんだ……あぁでも世界で通貨流通に物言いできるから銀行業もやってたりするかもだし、商売的なノリがあってもおかしくないのか。
だったら食堂がない地域のほうが珍しいのかな……?
「じゃあ、お言葉に甘えて教会で食べようか。皆もそれでいいよね」
うん、ヨシュアさんが決めたのならイネちゃん以外は確定で首を縦に振ると思うな。多数決的に勝ち目ないし、イネちゃんも諦めて知っている範囲で話せることだけ話すことにするよ。
イネちゃんの知識は間違えてることも多いし、できれば避けたいんだけど今回は仕方ないよね。
「それでは向かいましょうか、教会は農業区の中心にあるはずです」
「はずって、勇者様はこの町の教会の場所を知らないんですか」
「各地の教会とは聖地の総本山に情報のやりとり自体はあるんだけど、詳しい場所まではわからないんだよね、教会はその教義的に穀倉地帯に作られることのほうが多いから巡礼とかでも迷うことはないんだけどね」
イネちゃんが反射的に聞いたことだけど、ヒヒノさんが丁寧に答えてくれる。
今の説明を聞いただけだと教会の立地って、完全に『宗教上の理由』だよね。
「その辺りは勇者よりは大神官様のほうが把握していると思いますよ。……最も私たちの両親なのですが」
なんか似たような流れを聞いた気もするけど、教会の人って身内で固まっているんだろうか……。
「じゃあ行きましょうか、私も久しぶりにリリアのご飯が楽しみなので」
完全に公私混同状態だ!
ココロさんとヒヒノさんが先導する形で皆が移動を始めたから、そのツッコミをすることができなかったよ。
そして教会は町の入口辺りからギルドの前を通って、イーアの村に向かう少し手前辺りにある水田と畑が広がっている地区の中央に、西洋風の町の中では明らかに浮いている茅葺き屋根の木造平屋……日本家屋が建っていた。
「あぁありました、町の規模にしては少し小さい気もしますが……叔父さんと師匠はその辺り気にしない人でしたし、ある意味で必然ですかね」
日本家屋が教会なんだ……イーアの時にヌーリエ様のお話は読み聞かせしてもらった記憶はあるけど、詳しい教義とか教会の詳しいこととかは知らなかった……というより気にしてなかったから覚えてなかったよ。
「不思議、明らかに人工物なのに自然の中で調和してる感じがする……」
ミミルさんがそんな感想を述べていると、その日本家屋風の教会から人が歩いて来た。
その人を見てココロさんとヒヒノさんが会釈程度だけど一礼するのを見て、慌ててイネちゃんとヨシュアさん、キャリーさんの三人はお辞儀をしておく。多分偉い人だし。
「お久しぶりです、タタラ叔父さん」
ん、ちょっとココロさんの声が思いのほか大きいような。結構近くだったような気がするんだけどなぁ、見えた感じだと。
イネちゃんはちょっと疑問を解消すべく少しだけ顔をあげて確認すると、先日倒した熊さんよりちょっと大きい存在がゆっくりと近づいて来てる。でも皆動かないし勇者様もいるんだから大丈夫……大丈夫なはずだよね。
「勇者様が訪問なさるのだ、この地で根付き始めた新しい教会としては光栄極まり無い。それとそちらの方々もお顔をお上げください、私はそんな大層な人間ではありませんから」
うわ、凄く低くてお腹に響く声。
促される形で顔を上げると、イネちゃんの倍はありそうな凄く大きな男の人が立っていた。多分今のイネちゃんは『っげー』とか口から漏れてる。
「私はタタラ、この町の教会で神官長をさせていただいています。風貌から皆さんは冒険者だとお見受けしましたが……何故勇者様と?」
「あ、僕はヨシュアです、こっちにいる子たちは一緒に冒険をしている仲間で……」
なんか会話してるっぽいけどイネちゃんとしては、今まさに目の前にいるザ・巨漢って感じの人を見上げてちょっと思考停止しているからあまり聞いてない。
ちょろっとイネちゃんの横にいるミミルさんが見えてるけど、どうにもイネちゃんと同じ感じになってるっぽいし……。
「とりあえずタタラ叔父ちゃんは勇者様ってのやめてね、身内に言われるのって違和感なんだからね」
「ぬぅ、一応外部の人間がいるのだから……」
「関係ないって、まぁ今ちょっと戻ったからいいけど」
ん、目の前の事実に驚いてたらもう会話が終わりかけてる?
イネちゃんが見上げていた目線を戻すと、ヨシュアさんが苦笑いって感じでイネちゃんたちを見ていた。
「まぁ、流石にタタラさんほどの大きい人は僕も見たことないから気持ちはわかるけどね」
あ、会話全部ヨシュアさんがやってくれたんだね。何も言わずに居たイネちゃんたちの代わりにありがとうございます。まる。
「ところで、ヨシュア殿らは教会にはなんの用であったか、聞いただろうか」
「あぁまだです。この子の妹の行方を探していまして、ギルドで把握できていない場所にいるんじゃないのかと……」
キャリーさんのことを手で示しながらヨシュアさんが答える。キャリーさんは自分のことであるとわかって少しあわあわって感じ。いやまぁタタラさんに見下ろされる形だしね、うん。
「なる程、ギルドと教会はお互いが中立機関として相互協力してはいるが、それぞれの活動範囲が違うために共有していない情報も確かに多い。この町の教会にある資料は少ないが調べていくといい。その間に昼食も食べて行かれるとよいだろう」
今すっごく優しい笑顔、それこそぬいぐるみとかのクマちゃんって感じ。いや失礼な気もするけど、本当そんな印象。
「さて、それでは行きましょう。あちらの世界の話し以外にも、興味がある話題も聞けそうですし」
ココロさんはキャリーさんを見ながら言って、振り返ってタタラさんの後についていった。イネちゃん的には興味が分割されて少し楽になった半分、キャリーさんが辛そうと思うのが半分という複雑なところがあるけど。
「と、とりあえず行きましょう。キャリーもそんな俯いてないで、手がかりがあるかもしれないんだから、むしろもっと前を向いてほら」
ミミルさんが励ます形でキャリーさんの肩に手を置いて言うと、当のキャリーさんは……。
「今まで手がかりもほとんど無かったのに、今日は本当に……こんなに立て続けで可能性を示されているのが怖いくらいです」
あ、話すのが嫌ってことじゃなくて一気に事態が好転して逆に怖いってところだね。確実に情報が手に入るわけでもないから、割と危険な状態な気がするけど。
「確実に情報が手に入るって決まったわけじゃないから、期待のハードルは上げすぎないように、ね?」
思わずイネちゃんはキャリーさんに言うけど……。
「大丈夫です、わかっています。特定の場所に居ないということがわかるだけでも今までの何もわからない状況と比べたら圧倒的に前進ですから」
うぉ凄く眩しい笑顔!
しかしキャリーさん、今までは本当に暗中模索って単語がそのまま適応できちゃうような状況だったんだね、そりゃ探すべき場所が多少なり限定できる可能性が見えたら前向きにもなるか……。
「とにかく皆さん行きましょう、私、教会って実は始めてで、ちょっと楽しみなんですよ」
そう言ってキャリーさんがイネちゃん達を先導するような形で、小走りの速度でココロさん達を追いかけ始めて、イネちゃんたちも後に続いて追いかけた。……でもキャリーさん、空元気じゃないといいけどなぁ。
まぁここでイネちゃんがそう思っていてもできることはないし、とりあえず教会に行くっていうのは変わらないから、皆の後について行くだけだよね。
でも教会の周辺は思った以上に穀倉地帯。一面の小麦畑とかを想像してたんだけど、水田でお米作っていたり、キャベツやきゅうり、トマトの畑まであったり、日本家屋の更に奥には果樹園っぽいのも見える。もう農業なら全方位で手をつけてるのかなって感じ。この感じだと酪農もやってそうだけど、教会に向かう道から見える範囲にはそれっぽい建物がないから何とも言えないかな。
「あ、皆さん。ようこそおいでくださいました」
イネちゃんが周囲の風景を楽しみながら歩いていたら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ぽよん。
風景を見ていて声に反応して振り向いたと同時に、イネちゃんの顔にとてつもない圧力と弾力が襲いかかってきた。ぽよんって効果音がした気がするけど。
「と、大丈夫?」
視界がなくなったイネちゃんの頭の真上から、心配する声が聞こえてくる。ついでにそろそろ息苦しい。というか息ができない。
「んー……んー……」
何かに髪が引っかかってうまく顔を引き剥がせない状態で、力を入れるために気合の言葉をそんな感じに出すけど引き剥がせない。まずい苦しい。
「あん……って本当に大丈夫……じゃないね、服の金具が髪に絡まってる。ちょっと待っててね……」
その声にイネちゃんは首を縦に振ろうとも思ったけど、またやたらと艶かしい声が出るといけないので手をブンブン振って答える。答えたまではいいんだけども……。
「リリア!ここではダメです!」
「なにやってるんですか!」
「ヨシュアは見ちゃダメ!」
何か阿鼻叫喚って感じの叫びがところどころから聞こえてくるけど、今のイネちゃんには何もできない。というか今イネちゃんの視界と呼吸を塞いでいるのはリリアさんだったんだね。
そして次の瞬間、引っかかってる感じがなくなって呼吸ができるように……なったけど視界がまだ真っ暗なのはなんでかな……。
イネちゃんがそう思った次の瞬間、目の前が明るくなって少し目が慣れてきたところで、皆の阿鼻叫喚のような騒ぎの原因がわかった。
「とりあえず呼吸はできるようにしたから、髪の毛から金具外そうか」
上半身、上着なしのリリアさんがあっけらかんとしながらそう言った。
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