第25話 イネちゃんと血液採取
「なる程、ヨシュアさんにキャリーさん、ミミルさんにウルシィさんとジャクリーンさんにイネさんですか。かなりの大所帯ですね」
検問所の職員さんの計らいと勇者様の権限により、皆でロッジ内部に入りお茶を飲みながら話しを進めている。
イネちゃんとしては正直、職員さんが介入してくれたらもっと話しがスムーズだったかなとも思うけどね!
「しかしイネさんが居たとしてもです何故ゲートの検問所に訪れたのですか、その理由をお教えください」
「それは勇者としてですか、教会としてですか」
「両方です。双方の世界が必要以上に干渉しあわないようにする必要がありますので」
ココロさんは実直で頑固って感じだなぁ、ヨシュアさんも最初の印象がアレだったから少し応対が硬い感じ。
「まぁどっちの世界も急激な変化はよくないよね、ってことで偉い人たちが決めたことだから、ごめんね?」
ヒヒノさんは真逆な感じでかなりフレンドリー、双子だけどこの辺の違いでバランスが取れてるのかなぁ。
「あ、いえこちらこそ硬くなっちゃって……それで今日こちらに来た理由ですが、この子、キャリーの生き別れた妹があちらの世界に行っているんじゃないのかと思いイネの伝手で調べてもらおうとしたんです」
ヨシュアさんのほうも、隠す必要がないのに一度隠すようにしちゃって。まぁ物腰柔らかなヒヒノさんの言葉を聞いてすぐに話したからいいけどさ。
「生き別れの妹……妹と別れるのは辛いでしょうね」
妹って単語がやたら強調してるココロさんも、こっちの目的を聞いて納得……ではなく理解した感じ。
「と、いうわけで職員さん。もしかしたらなんだけどこちらのキャリーさんの妹さんがあっちの世界に行っている可能性があるわけなので、DNA検査とかできませんかね」
「んー確かに検査キットはあるにはあるけど……妹さんが確実に居るってわけじゃないのなら時間がかかると思うよ、こちらのお嬢さんのデータ自体はすぐに出るけど私たちの世界に難民保護された全員を調査しないといけないからね。とりあえずお名前をフルネームで聞かせてくれないかな」
「キャリー、キャリー・ヴェルニアです、妹の名前はミルノ・ヴェルニアです」
イネちゃんが話しを切り出して、職員さんが説明し、キャリーさんが名乗る。見事なまでな流れ作業。
職員さんが名前をメモしてから検査キットを持ち出す……と思ったんだけど、そのまま奥の部屋に入っていった。
誰か呼びにいく感じだったっぽいから、常駐のお医者さんかな?
「……でも本当ディメンションミミックの小屋と同じなのね」
ジャクリーンさんがふと呟く。それに合わせてミミルさんとウルシィさんがキョロキョロとロッジ内部を見合わたし始めたけど、とりあえず放置しておこうかな。無害だし。
そんな感じでイネちゃんたちが待っていると、ロッジの一室から職員さんに連れられて白衣のお姉さんが出てきた。
「えっと、どの子が検査するの?」
「あ、わ、私……です」
採血の時間が迫ってきているのを実感するのか、キャリーさんが小動物っぽく震えてる、かわいそうな感じだけどちょっと可愛い。
「んーついでに別の検査もするつもりだから多めに採血するけど、ここでいいか。衛生状態もあまり変わらないし……アルコールは大丈夫?」
多分女医さんと思われる白衣のお姉さんは小動物のように震えているキャリーさんに対して特に気にした様子は無く、淡々と進めている。お医者さんだし慣れてるんだろうなぁ。
「え、あ、お酒が今どういう関係が……?」
消毒用アルコールって知らない可能性のほうが高いよね。
「処置をする前に綺麗にするって意味だったような」
おや、ヒヒノさん知ってるんだ。
「教会とギルドの関係者で、治療魔法を習得していない者はあちらの世界の医療技術の知識は持っている。持ってはいるが実際に見たことはない」
ココロさん正直すぎないですかね、でも知識がある人は居るんだね。でもお酒をぶっかけるとかイメージしてそうだけど。
「え、お酒で消毒……?」
「とりあえず飲んですぐに酩酊……フラフラしなきゃ大丈夫」
「えっと、飲んだこともないので……」
「んーじゃあアルコール無しにするわね」
うん、ヨシュアさん以外が『じゃあ最初からそっちにしてよ』って顔してる。消毒の意味とか知らないとそうなるよね。綺麗な水よりアルコールのほうがとかもわからないだろうし。
白衣のお姉さんは一通り聞いてから一度部屋に戻って、採血専用の注射器を持ってきてテーブルに置くと、皆がまじまじとその道具を注視してる。まぁ珍しいよね、プラスチックとかだし。
「え、これで血を取るの?どうやって?」
確か空気圧の差で吸い出す感じだったと思うけど、イネちゃんはよく知らない。というか今のもイネちゃんの推測だし。
「はい、腕出してね……あぁ違う違う手のひらを上に向ける形で腕の関節が見えるように……うん、そうそう。じゃあ拭きますねー」
本当作業なんだなぁと思うよね、というかキャリーさん知識ないから袖をまくらないで手の甲を上にした状態で出しちゃったね、そこからも採れるはずだけど、痛いんだよね……ってお父さんたちが言ってた。
白衣のお姉さんがキャリーさんの出した腕の、左腕の袖を捲って血管を探してから綿で拭く。そしてついにその時が来た……!
「はい、少しチクッとするからねー」
チク。っとすんなり針が入るとキャリーさんは強く目を瞑ってる。まぁ普通に痛いもんね。
そして針を刺してから試験管のような器具を針の尻尾のようについてる注射器の一部のような箇所にスポって差し込むとみるみる血液で満たされていく。
「ヒッ!」
あ、今のはミミルさん。
「大丈夫だからね、少し多めって言ってもこれを後2本程度だから直後に走っても大丈夫。まぁ針を入れたところは5分程度強く押さえてもらうけどね」
「で、でもこんなに血が……」
「うん、ちゃんと大丈夫であるようにやってるからね。止血も5分押さえれば大丈夫よ」
大丈夫だけじゃ多分納得しないとイネちゃんは思うかなー、わからないってことはそれだけで怖いことだし。
「……はい、終わり。傷口を5分程度強く押さえてくださいねー」
「え、終わり……?眷属になったりとかは……」
「しません。私たちの世界では今のは立派な医療行為ですからね」
「でも、これで本当にいろんなことがわかるんですか……?」
恐る恐るやっては見たものの、思いのほか簡単に終わったから少し不安になってるんだね。
「大体の健康状態がわかりますね、今回はDNA検査がメインだからそこまでの検査はする予定が無いのだけども」
「それはどういう……」
「それを説明するには専門的すぎるかな、こっちの世界で言うなら魔法の術式をゼロから説明するようなもの、と理解してもらえればいいわ」
更なる質問に対して白衣のお姉さんが見事な先読み。別に秘密ではないけど説明するには時間が必要っていうのがよく分かりそうな説明だと思う。
「教会の神官やギルドの幹部の人たちもちんぷんかんぷんだったからねぇ、実際にそれで命が助けられるのはいろんな情報を見せられたからこそ知識ではなくて事象として理解しただけだしねー」
ヒヒノさんが補足した。別に理解できなくても恥ずかしくもなんともないって意味だね、多分。
「それで、今後私はどうすれば?」
「検査にかかるお金の支払いをして、検査結果と妹さんがいるかどうかの調査結果を待っていてくれれば問題ないですよ」
あ、お支払いどうしよう。無保険は確定だしなぁ……。
そんなイネちゃんの考えを表情から読み取ったのか、白衣のお姉さんは。
「こちらの通貨でお支払いされる場合は保険適応時の金額で問題ないですよ、まぁDNA検査は例外処置だけどね」
「それはどっちの例外ですかね……」
「適応されるってほうね、本来されないけれど難民たちが家族と出会える可能性を考えてハードルを低くしているの」
あ、なら多分大丈夫かな。一昨日の素材の換金分で多分足りると思う。
「おいくらでしょうか」
あら、ヨシュアさんがイネちゃんより早く聞いちゃった。
「あぁえっと……明細を出しますのでちょっとお待ちくださいね、血液も検査かけますので」
白衣のお姉さんはそう言って奥の部屋に入っていく。
まぁそうだよね、ここは一応日本の範疇だし明細書で出してくるよね。
「明細……ってことは結構な高額なものだったのでは……」
あぁキャリーさんが心配そうな表情で……。
あっちの世界は小額でも明細って出るんだよーって教えてあげたい、コンビニのレシートだって立派な明細なんだし、本当鳥串焼き1本とかでも出るしね。
ただDNA検査とかはイネちゃんもお値段知らないからなぁ、10万とかはしないと思うけど……どうなんだろう。
まぁ、いざとなったらお父さんたちのツケにしてもらおう!
そして待つこと数分、特に会話もない沈黙が長くなりそうかなって思い始めたところで白衣のお姉さんが戻ってきた。
「はい、これが明細でこっちが検査結果。ご家族を探す際にはこちらのデータを参照させてもらうから、一応同意書も書いてちょうだい」
そう言って3枚の書類をテーブルに置いた。
ヨシュアさんとイネちゃんが気になるのは明細書だけど、他の皆はやっぱり検査結果の紙が気になるみたいで覗くように確認してる。
「……本当に結構安いですね」
「日本円との比較が見えるのがわかりやすいなぁ」
明細書にはいくつか検査をしましたと表記してあり、一番下に合計ポイントと金額が表記されていたんだけど、その金額が日本円で1万くらいだった。想像より安いね。
「……これがあちらの世界の文字、なんですか?」
日本語で表記されている検査結果を見てキャリーさんが不思議そうに呟く。
あぁ確かに何故かこっちの世界のこのあたりは日本語とほぼ一緒なんだよね、筆記面は。流石に通貨とか、数字単位とかは違うけど。
「そうですね、少なくとも我々の国で使われている母国語です。不思議なことにトーカ領周辺の筆記文字は言葉の意味に至るまでほぼほぼ同一なんですよ」
白衣のお姉さん説明ありがとうございます。
「世界が違うのに、不思議ですね……」
「ところでこれの意味って何なんだ?」
キャリーさんが不思議がっている横でウルシィさんが検査結果の数字を指差して聞いた。うん、正直イネちゃんにもわからない内容が多いからね、血液検査の表記って。
「血液の状態がこうですよーとか、免疫能力はこうですよという感じと思ってくれればいいわ、あっちの世界なら誰でも調べれば詳細を見られるんだけど……こっちの場合ここみたいな場所じゃないと難しいかな」
「私の場合は……」
「異常なし、というか健康そのもの」
不安そうなキャリーさんに白衣のお姉さんは笑顔で言った。
「じゃあ貴女のご家族が私たちの世界に来ているかの調査には数日の時間がかかると思います、健康状態の検査はしているもののそれ以外のデータは無いのよね……こういうところは本当お役所仕事なんだから、家族が探している場合をとか言うならあらかじめ……」
なんだか愚痴が始まった。
「まぁ、今回のキャリーの件からすぐに照合できるようになればいいと思いますし……あ、これ代金で問題ないですか」
ヨシュアさんが愚痴を止めつつ代金を支払ってる、後で何か奢らせてもらおう、イネちゃんの提案でかかった費用だし。
「あ、ごめんなさいね。はい、お釣りもなしでピッタリですね」
そんなこんなで騒がしい感じで血液検査が終わって、お茶を飲んでから町に戻ったのでした。……勇者様も一緒にね。
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