第24話 イネちゃんと勇者様

「あーたらしーいあーさがきたー!おはよう!」

「あ、イネおはよう」

 イネちゃんが起きるとウルシィさんのが落ち着いた感じに挨拶を返してくれた。もう皆慣れた感じだね。

「今日は最初に検問所に行ってから、町に戻って教会で情報収集にするってキャリーとヨシュアが言っていたから準備して」

「はーい」

 二人はもう起きてたんだね、まぁイネちゃんは毎回最後に起きてる気がするし、しょうがない気がするけど。

 まず検問所ってことはイネちゃん必須ってことだし、井戸で顔を洗って来るかな。ちなみにイネちゃんは濡れタオルで体を拭くだけにしてるからお外で濡れ鼠状態にはなってないからね!

「もう、皆食堂でごはん食べてるからね、本当に早くしなさいよ」

 え、ミミルさんちょっと待って。今何時?

 慌ててイネちゃんは時計を確認してみると、あぁなんだ8時……じゃないほぼ9時だ。

 イネちゃんは慌てて服を来てマントを羽織り、持っているものを指差し確認。いやこの指差しが本当大切なんだよね、これやってて忘れ物したことないし。あっちの世界で学校に通ったことはないけど。

 置いていくものも確認してからイネちゃんは短く。

「よし!」

 と言ってから部屋を出る。これはムツキお父さんから叩き込まれたんだよね、どんなに急いでいる時でも持ち物の確認は大事だって、まぁムツキお父さんはじえーかんだからやらないと国民に怒られるんだよって言ってたけど。

 イネちゃんが部屋から出てきたのを確認したのか、ヨシュアさんが声をかけてくる。

「イネ、こっちだよ」

 うん、いつもの……っていうには短いかもだけどここ数日毎回座っているところにいるのは見えてる。部屋から出たらすぐに見えるんだもんなぁ。お料理の匂いで寝ていてもちょっとお腹が減るんだよね。

「今行くよー」

 イネちゃんはそう返してから2階から飛び降り……はしないで階段を駆け下りる。流石にごはんを食べるところでそういうのはダメ、絶対。

 イネちゃんがテーブルのところまで着くと、朝なのにテーブルの上には既に空になったお皿が積み上げられていた、まぁウルシィさんのところだけだけど。

「もう皆食べ終わっちゃったわよ……まぁイネを起こしに行った私はまだ少し残ってるけど」

 あ、ミミルさんだけ部屋に居たのはそういう理由だったんだ、ごめんね?

「ごめんごめん、とりあえずイネちゃんは簡単に済ませちゃうから……そういえばコーイチお父さんのパンって残ってたっけ」

 数日経ってるからバケットとかじゃないと少し傷んできてる気がするけど、あぁでももしかしたらヨシュアさんのインベントリにしまってあって、その中に入れてあれば劣化しないとかありそう。

「あぁあのパンか……ごめん、これしか残ってないよ」

 うん、ウルシィさんが頻繁に食べてたしもう無いかなとも思ってたからイネちゃんは数は問題にしないよ、数は問題じゃないけど、イネちゃんの見間違いじゃなかったらそれ、鯖サンドだよね、傷みやすいパン料理の筆頭だよね。

 イネちゃんの動きが止まったことで察したのか、それとも最初からそう思っていたのかはわからないけど、ヨシュアさんが近づいてきて耳打ちしてきた。

「大丈夫、インベントリの中は時間止まっているみたいだから」

 うん、予測はしてたからそこはいいんだけど……3日前の鯖サンドを食べるという心理的な点でちょっと勇気がいるよね。

 まぁ食べるけどね、ヨシュアさんが嘘を付く必要もないし、イネちゃんが今受け取った鯖サンドは傷んでいるようには見えないからね。

「んーイネちゃんは食べながらでもいいから、出発する?」

 ちょっと大きめの鯖サンドを口に運びながら皆に聞く。

「ゆっくり食べなくても大丈夫?」

「うん、サンドイッチって元々片手間で食事を済ませられるように生み出されたお料理だし、歩きながらでも大丈夫だよ」

 サンドウィッチ伯爵夫人の発明だよね、手軽で美味しく栄養補給できるお料理。

 まぁミミルさんの問いにイネちゃんが答えている間にも既に大半食べ終わってるんだけどさ、久しぶりのお魚美味しいです。

「あぁうん、大丈夫だったみたいね、もう食べ終わるみたいだし……飲み物は?」

 ミミルさん行きたくないのかな、なんか色々勧めてくるけど。

 まぁ鯖サンドだけだと喉が渇くからいいんだけどさ……。

「じゃあお水でいいかな、イネちゃんはお酒飲めないし、ジュースは味が合わないから。でもミミルさん時間稼ぎしてない?」

「な、なんのこと!?」

 テーブルの上にあったお水のポットからコップに水を注いでいたミミルさんは笑顔のままあわあわしてる、ちょっと可愛い。

「いやぁ、もしかして行きたくないのかなぁって」

「うっ……だって、血を抜くんでしょう?」

「うん、キャリーさんだけね」

 イネちゃんも血液検査してもいいんだけどね、キャリーさんたち怖がりそうだし。

 ちなみにこっちに来てあっちに戻る場合でも簡単な検疫を受けるだけでよかったりする。ゲートが開いてから10年の間にある程度調査が完了して、未知の病原菌はないって学者さんが言ったかららしいけど、まだ研究は継続中らしい。

 まぁ生物じゃなく植物とかに影響するのがないかとか、検体数が少ないゴブリンとかにはわからないことがあるかもしれないっていう念のためらしいけどね。

「うぅ……でもでも!」

 涙目で駄々をこねるミミルさん可愛い。

 でもまぁ採血の概念がない人が始めて採血の現場を見ることになるんだから、ミミルさんの言動も理解できなくはないんだよね。

「ミミルさん、見たくないのでしたら先に教会のほうで調べていてくれてもいいんですよ……私は大丈夫、ヨシュアとイネさんを信じてますから」

 キャリーさんはキャリーさんで弱々しい笑みでミミルさんにそんなこと言ってるし……もう、本当命どころか激しい運動じゃなければ日常生活に支障ない程度なんだけどなぁ……でもDNA検査ってどのくらい採血したりするんだろう。

 もしかしたら血液じゃなくてもよかったりするかもだからなぁ、イネちゃんやったことないし、どういう検査するのか調べたこともないから。

「とりあえず行ってみよう、もしかしたら別の手段でもいいかもしれないしね」

 ヨシュアさんナイス、でも言い方的に知ってたりするのかな。

 ミミルさんのほうもヨシュアさんの言葉で覚悟が決まったみたい。

「えぇわかったわよ!行きましょう!もう……なんで自分から血を差し出さなきゃいけないのよ」

 差し出す……まぁ表現的には間違ってはないのかな?

 テンションの下がっている面々に対して、イネちゃんとヨシュアさん、そして以外なことにウルシィさんがいつものテンションで先導する形で出発することになった。いや本当大丈夫かな……。


「はい、そんなわけで到着しましたっと」

「イネは誰に向かって言ってるんだ?」

「あぁちょっとね、自分自身に言うとこう、着いたー!って感じになるから」

 イネちゃんの独り言にウルシィさんがツッコミをして答えていると、ロッジのバルコニー部分で座っていた職員さんが近づいてきた。

「こんにちわ、今日も補充かい?」

 前回と同じ人だったっぽいね、まぁ簡単に説明しちゃおうか。

「補給はーまぁついでにやってもいいけど、今日の用事のメインはこの子のことなんだよね」

 イネちゃんがキャリーさんをずいっと前に押し出しながら言うと、職員さんが不思議そうな顔をする。うん、わかるよ、だってこっちの世界の人間が検問所に用事があるなんて普通じゃありえないもんね、存在自体もほぼ知らないわけだし。

「用事って、その子はこっちの世界の人だよね?」

「そうだけど、とりあえずお話しを……」

 聞いてって言おうとしたところで、横槍が入った。

「アナタ達!ここで何をしているのですか!」

 街道側から聞こえたその言葉に皆が振り返ると、綺麗な青髪の同じ顔立ちをした女の人が二人、そこに立っていた。

「ここは立ち入り禁止の森です、狩猟も禁止されているはずですよ。なのに何故入っているのですか!」

 ショートカットの人がハキハキとした声で問いただしてくる。あぁこれは勘違いされてるパターンだねぇ。

「えっと、僕たちは……」

 え、ヨシュアさんが説明しちゃうの?それ地味に火に油な気がするんだけど。

「貴方は冒険者ですね、ならばギルドから注意を受けていたのではないですか?」

「確かに受けましたけど、僕たちは……」

「言い訳は後で聞かせていただきます。抵抗するようでしたら……」

 おっと、ちょっと強引な流れで不穏な空気だ。仕方ない、ここはイネちゃんの出番だ。

「すたぁぁぁぁぁっぷ!」

 コーイチお父さんがプレイしてたゲームの衛兵さんのような制止をして割り込む。

「な、なんですか!」

「ココロおねぇちゃん、この子、多分あっちの世界の人だと思うよ」

 ショートカットの人が言い返そうとしたところで、ロングヘアの人が止めた。というかすぐに止めたってことは最初のほうからイネちゃんのこと気づいてたよね?

「え、あ……あぁ、なる程。確かにこの子はあちらの世界の人のようですが……ヒヒノ、気づいてましたね?」

「いやぁココロおねぇちゃんはいつも最初に突っ走るだろうから、状況を見て止めようかなって」

「気づいていたなら止めてくださいね、勇者様?」

 イネちゃんがそう言うとヨシュアさん達が驚く。

 いやだって昨日リリアさんから聞いた情報と完全に一致してるでしょう、この二人。

「……私たちが勇者だと何故わかった」

 あ、今度は警戒してる。まぁわかるけど。

「昨日町のほうでリリアさんから今代の勇者様は二人で、こっちの地域に向かってきていると聞いていましたので」

「あ、リリアちゃん元気なんだ。私はヒヒノ、こっちはココロ。貴女の言うとおり双子の勇者様だよ」

 自分で様を付けちゃうんだ……。

 ともあれ本来の用事を一旦保留して、勇者様への自己紹介が始まったのであった。

 それにしてもキャリーさん呪われてたりしないよね、ここまで目的が進行しないのって……。

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