第23話 イネちゃんと世界のこと

「酷いよイネ……」

 ヨシュアさんがそんなことを言いながら部屋から出てきた後、イネちゃんは謝ってから食堂でごはんを注文していた。ヨシュアさんは目を閉じていたからリリアさんに促されるまでそのままだったらしい、案外うぶなんだね。

「そうなんですか、皆さんは全員別の出身なんですね」

 そして何故かリリアさんが一緒のテーブルでごはんを食べている。イネちゃんの両サイドがリリアさんとミミルさんっていう大きい人に挟まれて、周りの人の視線がイネちゃんたちを比較しているのがわかるんだけど。

「はい、……ところでリリアさんは出身はどこなんでしょうか」

 おっと、今度はヨシュアさんが質問してる。でも確かに気になるかも。

「私はヌーリエの出身ですよ、こちらで開拓事業があるとのことで両親と弟と共にこの地で教会を建立させていただいたんです」

「ヌーリエって……女神の名前で、聖地の名前でもありましたか。とういうことは教会の総本山からの出向なんですね」

「そうなりますね、ですが私と弟はもうこの町での暮らしの方が長いのでこっちのほうが故郷という気持ちですけど」

「ということは開拓初期から」

「はい、ギルドのケイティさんと同期ということになりますね」

 ヨシュアさんとリリアさんがまさに雑談!って感じの会話してるね。それにしてもリリアさんもケイティお姉さんとこの町を造ってきたんだね。でも身体的特徴からは年齢わからないよなぁ。

「リリアさんは何歳なんですか?」

 普通なら失礼な質問だと思うよミミルさん、確定で最年長だからこそ多少マシだとは思うけどさ。

「今年で18ですよ、今年でようやく収穫祭の巫女長の役割を任せてもらえるのが楽しみで……」

 あ、リリアさん気にしない人なんだね。それよりも収穫祭かぁ、こっちの世界は女神様の司る分野なのもあって盛大なんだよね。

「ところで皆さんは今後この町に滞在なさるんですか?」

「今は人探しがメインですので、情報の有無がわかるまでは滞在する予定ですよ」

 リリアさんの質問にヨシュアさんがそう答える。うん、人探しはキャリーさんのことだもんね、誘拐騒ぎで行けなかったから明日行かなきゃ。

「それはもしかしてあちらの世界の?」

 え、リリアさんなんで知ってるの?

「え、リリアさんはあちらの世界のことを?」

 あ、ヨシュアさんとちょっと違うけど思っていることが被った。

「ヌーリエ教会はこの世界では、ある意味で最大の派閥ですからね。あちらの世界もそういう理由で接触してきているでしょうし、手を取り合えて自然と共に生きて下さるのでしたら、教会側が反対する理由はございませんので、ギルドの方々と同程度には周知されていますよ」

 あぁうん、大陸全土に広がる宗教派閥だもんね。

 ヌーリエ教は自然信仰に似たものだけど、過度なものでなければ開拓や開発にも寛容的だし、あっちの世界で騒がれてる生物多様性っていうのを重視する。まぁゴブリンはその多様性には含まないけど。

 単純に自然を大事にすれば大抵OKって感じなんだよね、ちょっと森を切りすぎたとしても少し植樹しておいてくださいって通告した上で担当者を送ってくるだけだし、その上で狩猟も否定しない。獲り過ぎなければ問題ありませんってことで毎年教会から狩猟量の目安が発表されたりする。まぁ動物の子供を狩ることは禁忌とされてたりするけど、普通に考えればわかるから問題になったことはないらしい。

 と今はそれよりもリリアさんがあっちの世界をどれだけ知っているかだよね。

「まぁ私は神官の端くれなので、そこまで詳しくは知らないんですけどね」

「じゃあ文化レベルや文明レベルがどうとかは」

「極めて高い。程度ですね、ただあちらの世界は自然が大切であるという価値観があるのに、その量が少なくなっているとも……その割には植樹技術は神の御技とも言うべきレベルでしたが」

「見たことあるの?」

 リリアさんとヨシュアさんの会話に、イネちゃんも参戦する。

 多分それなりに知識が正しいのかを判断できるのってイネちゃんだけだろうし、皆が勘違いしないようにね。

「はい、イネさんがいらっしゃるので言いますが北東の森にあるゲート検問所周辺はこの町の建設などで伐採が進んで少し過剰気味だったのですが、あちらの世界の技術で行われた植樹で5年ほどで大分元の森の大きさに戻りましたから」

「……イネちゃんがあっちの世界で暮らしてたのって、言ったっけ」

「あぁ、イネさんの詳細を知ったのはケイティさんから聞いた話しでですが、最寄りの町ということもあってこちらの世界に来られる方が居た場合、ギルドと教会にあちらの世界から連絡が入るんですよ」

 なる程、人の流入はちゃんと管理されてるってことだね。

「……あちらの世界にメリットってあるんでしょうか、こちらの世界に資源採掘もろくに行えないわけですし」

 ヨシュアさんが今の会話で疑問に思ったんだろうことを口にした。まぁ確かにあっちからしたらこっちは資源っていう宝の山だからなぁ。

「教会の者は定期的に検問所まで出向くのですが、私が行って同じ言葉で質問したときには安価な食料品の確保と、雇用と検問所の方は言っていましたね」

「雇用って……」

 納得していなさそうなヨシュアさんに、イネちゃんが補足しよう。

「検問所職員に、食料品の買い付け……は教会との話し合いだからあまり雇用促進って感じじゃないけど、前者は立派な雇用でしょ?後はイネちゃんみたいにこっちで生活基盤をって考える人もいるからね、その上で規制範囲内の貴金属をあっちの世界に売ることは許可されてるんだよ」

 そしてそれが割と高価だったりする。

 まぁメインは近代兵器で害獣討伐した報酬でやりくりするんだけど、こっちの世界の通貨で武器弾薬にお薬と、検問所では買えるし。

「それだと今度はこっちの世界のメリットが薄い感じに……」

 まだ疑問になっちゃうかぁ、いやまぁ今の説明だとあっちの世界のメリットがまだ薄いとか言われると思ったし予想外だけど。

「私たちの世界出身の傭兵や冒険者の監視の意味もありますよ、あちらの世界から来られる方々は、あちらの世界で審査などを通して来た方々で教育水準も高いこともあって、人の生命が危険になるようなもの以外は基本的にギルドや教会の指示に従ってくださいますから……中立性を保つ上でギルドと教会にとっては大変助かっています」

「あちらの出身者全員がそれとは限らないのでは?」

 うん、ヨシュアさんのその質問は予想してた!

「やらかした人の情報はギルドと教会を通じて即時あっちの世界に伝えられるからね、その場合検問所での買物どころか逮捕。武器弾薬があちらの世界のものである以上弾が尽きたら大抵の場合は終わりだから、十分抑止力にはなってるんだよ」

 たまに素手とかで力量を試したいとか、俺より強い奴にーとか言う人もいるらしいけど、許可が降りないか降りてもあまり活躍しないし、要監視対象としてギルドとかから随時報告されちゃうから、今はいなかった気がする。

「相互協力関係なのか、でもあっちの世界にはそれを良しとしない国がありそうだけど」

 ヨシュアさん、今度はイネちゃんを見ながら疑問を口にした。まぁその情報出せるのイネちゃんだけだからね、仕方ないね。

「それはゲート自体が穏健的対応を推進している国としか開いていないからだよ、こっちとあっち、両方が平和的な対応で話し合いからスタートしてるからねぇ」

「それとこちらの世界には勇者様がいらっしゃいますから」

「あ、それニュースになってた。不満を持った国が少数精鋭の破壊工作員を送り込んだけど二人の女の子にフルボッコにされたとか、ガセだっていう人のほうが大半だったけど、ニュースが報道された後からその国の態度が急に軟化したからやっぱり事実なんじゃとか……イネちゃんが来る直前でも議論になってたよ」

「いやはやお恥ずかしい……実は今代の勇者はうちの従姉妹である双子なので……」

 勇者様の身内だったのか、リリアさん。

 今の情報は皆衝撃の事実って感じだったんだね、あいた口が塞がらないって表情で皆止まってる。まぁイネちゃんもだけど。

 確か勇者様って世襲じゃなく、女神様に選ばれた人が世界の安定のために神託をさずけた人だったはずだけど……双子なんだね。

 イネちゃんはそう思う感じで納得したけど、ミミルさんたちは違ったみたいで……。

「ゆ、勇者様の血縁!?」

 まぁ、驚くよね。イネちゃんだってあっちの世界でニュース聞いてなかったら信じられない感じだし。

「ヌーリエ教会の歴史からすればあまり珍しくはないんですけどね、私の従姉妹のように双子……つまりは二人の勇者ということも少なくないので。記録にある中には最多で20人ということもあったらしいですしね」

「いやいやいや、エルフの私からしても珍しいですから」

 ミミルさんが割と必死な感じ。むしろ長命だけどあまり森から出ないエルフさんは知らなくて当然な可能性があると、イネちゃんは思います。

「でも今は魔王とかも騒がれていないし、どうして勇者様が生まれたのですか」

 今度はキャリーさんが純粋な眼差しで聞いてる。でもまぁ、神託で生まれる勇者様だからその辺気になるよね。

「別に動乱でなければ勇者様が生まれないというわけではないですよ。この世界には常に最低でもひとり以上の勇者様が存在しますので……後魔王というのは、王侯貴族が異民族に対して付けるレッテルのことも多いですから、教会ではあまり使われませんね」

「ですが魔族を率いている魔王の存在は、歴史的にいましたよね」

「それは……はい、ですが魔王というのは決して亜人種に限定したものではないということは覚えていてほしいのです。魔族であっても、人と共存をしている方々もいらっしゃいますので。例えば、私の祖母はサキュバスでしたしね」

 ……イネちゃんとしては勇者様の身内というより、そっちのほうが驚愕の事実だったかな。身内にサキュバスだから抜群なスタイルなんだね、きっと。

「教会はそのことを?」

 ヨシュアさんの問いにリリアさんは笑顔で首を縦に振って答える。

「当然、知っていますよ。教義を理解し、遵守される方であるのならヌーリエ様は差別をしませんから」

「教義を信じない方々には、教会はどのような対応をするのですか」

 おや、突然キャリーさんが真剣な表情で聞いてる。

「……ヴェルニアの事件は知っています。オーサ領当主から教会に打診があり、調査のために勇者様が派遣されましたから数日中には何かしら情報が入ると思います」

 リリアさんが察したのか、色々すっとばした返答をしてる。

 というかリリアさんはキャリーさんがその貴族さんの生き残りだって知ってるんだね。……ってちょっと待てよ。

「リリアさんはキャリーさんのことを知っているんだね」

 イネちゃんが言うと皆がハッとする感じの反応をする。気づいてなかったんだね。

「はい、ギルドと同様に教会には色々と情報が入ってきますから。ただギルド経由で領外に逃げたキャリーさんの妹さんのことは……ごめんなさい、少なくとも私は知らないです」

「……そうですか、でも教会に行けば情報があるかもしれないということですよね」

「はい、先ほども言いましたが私は神官の端くれですので。神官長である父さ……父が何か知っているかもしれません」

 今言い直したよね、どうでもいいことだとは思うけど父さんから父って言い直したよね。ということは今までの口調も、ちょっと猫かぶってたりするのかもね。

「キャリーさんの件は教会にしても、検問所にしても明日だね。今はとりあえず……ごはん食べよう!」

 イネちゃんの言葉に、皆首を縦に振ってちょっと冷めちゃった料理を口に運んだのだった。炒め物だったけど冷めても美味しかったよ、うん。

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