第22話 イネちゃんと教会の治療魔法

「やっと、ついた……」

 町に到着と同時に、イネちゃんは背負っていたジャクリーンさんを降ろす。ちなみに狙撃用の武器2本は両方ともヨシュアさんに持ってもらった、重量完全無視のインベントリ超便利。

「えっと、できればもうちょっと頑張って欲しかったかなぁって……ほら、ここ石畳だし」

「ギルドの目の前だから、後絶対少しは動けるでしょ、機敏に動いたり悪路は難しいだけで」

「いやいやいや治療は受けたけど私、肩はともかく足も全力で潰されたんだけど」

「自業自得な部分あるよね、人拐いなんてしたんだから。ギルド通してないよね、そういうお仕事はギルド側が拒否するし」

 そこで文句を言っていたジャクリーンさんが苦笑いをしながら黙った。中立性を保つために人拐いだとかは絶対に拒否をするっていうのが大原則、それがギルドだもんね。こればかりは傭兵さんも冒険者さんも関係ないから、ジャクリーンさんはモグリってことになるわけで……。

「ギルドに突き出されたら私、護衛に切り替わった依頼が遂行できなくなるのでご勘弁ください、なんとか自分で歩くので」

 あらら、予想以上に謙虚になっちゃった。

「まぁ冗談だからね、流石にそこまではしないから。ほら、肩を貸すからね」

 イネちゃんがそう言うとホッとした顔をして、イネちゃんの肩に体を預けるけど……。

「……ちょっと体勢的に辛い」

「ちんちくりんでごめんね」

 ジャクリーンさんのつぶやきにイネちゃんは満面の笑みでそう言う。すると予想通りにジャクリーンさんはあわあわしてる、ちょっと楽しい。

 でもまぁ確かに身長差的に体勢が辛くなるのは仕方ないんだよなぁ、ジャクリーンさんがぱっと見た感じ170くらいで、イネちゃんは140くらいだから。後背中に当たってるぽよんぽよんがちょっとムカつく。

「イネちゃん!」

 先行して戻ってたヨシュアさんたちが呼んだのか、ケイティお姉さんがギルドから出てきた。同時にジャクリーンさんがすごく緊張してるのがわかる、関節動かないし汗がすごく出てるし。

「そっちの人が誘拐犯に捕まってたっていう別の被害者さんね」

 あ、そういう路線で行くんだ。

 あらかじめヨシュアさんたちが先行して、ジャクリーンさんのことをごまかす流れにしたんだけど、いくつか路線を考えていたのだけどもその1つが被害者扱いするってことだったけど、本当にするとは。

「あぁうん、そうそう。ヨシュアさんたちから聞いてると思うけど応急手当しかできてないから、ちゃんと手当してあげて」

「なんだか最初の方の応対が雑だったような気もするけど……わかったわ、とりあえうギルドの中に、教会のほうに連絡して神官さんに来てもらうから」

 ケイティお姉さんはそう言ってギルドに入っていった。流石にちょっと雑過ぎたかな。まぁいいや、とりあえずイネちゃんたちもギルドに入ろう。

「なんだかケイティさんがすごく複雑そうな表情して受付のほうに戻っていったけど、イネ、誤魔化しそこねたりした」

 ギルドに入ると同時にヨシュアさんが耳打ちしてきた、いやまぁ雑だったのは認めるけどそんなにひどかったかなぁ……。

「かなーり雑だったよ、私は緊張して何もできなかったけど」

 ジャクリーンさん、やっぱり緊張してたんだね。でも雑だと思ったんだったらツッコミとかして誤魔化すの手伝って?

「とりあえず部屋でいいのかな、女子部屋はベッド後1個余ってたし……余ってるだけならヨシュアさんの部屋もだろうけど、ミミルさんたちのこと考えるとイネちゃんたちのほうが無難でしょ?」

「あぁうん、それでお願い。階段は僕も手伝うよ」

 イネちゃんが聞いたらヨシュアさんは近寄ってきて、イネちゃんが持っていないジャクリーンさんの逆側を持つと、横目で見えてるミミルさんとウルシィさんの表情が忙しいことになっているのがわかった。というかそれなら二人のどっちかが手伝ってくれればよかったんじゃないかな、うん。

 ところでヨシュアさんでも身長は160前後っぽいから、どのみちジャクリーンさんは屈む形になる……っていうか更に変な体勢になっちゃったね、イネちゃん小さくてごめんね?

「とにかくベッドまで連れて行こう、教会から来る人もそっちのほうがやりやすいだろうから」

「そういえばイネちゃんは教会の人の治療、見るの始めてかも」

 イーアの時代ときはお世話になることがなかったし、イネちゃんはケイティお姉さんとあっちの世界のお医者さんにしかお世話になったことないから本当に始めてなんだよね。お世話にならないのが一番だけど、治療を見るのはちょっと楽しみかな。

「まぁ僕も見たことはないんだけどね、ヌーリエ教会の治療」

 ヌーリエっていうのはこの世界で一番信仰されてる女神さまのことで、大地と豊穣を司っていたんだっけ。割とあっちの世界の八百万の価値観に近かった気がするけど、貴族さんたちが弾圧しようとした歴史があるんだよね、その時ほとんどの農民さんと時の勇者様が貴族側に対抗したことが今の教会の始まり……って昔イーアの両親にご本を読んでもらった記憶がある。

「オーサ領では鍛冶の加護もあるとか言われてるわよ、実際のところ歴史に登場する数多の勇者だってヌーリエ神と出会ったって記録がないから、本当のところはわからないのよね」

 ジャクリーンさんも会話に混ざってきた。まぁこの手の話しって地域で色々違ったりして楽しいよね、あっちの世界のお話しでも妖怪のお話しとかイネちゃんは好きだったし、今度聞いてみようかな。

 そんな感じの雑談をしながら階段を登って、イネちゃんたちの部屋にある空いてるベッドにジャクリーンさんを寝かせると……。

「……って僕女の子たちの部屋に!」

 それ今更?

 でも別に下着が部屋干ししてあったりとかはしてないし、着替えが散らかしてあるわけでも……。と思ったけどウルシィさんのベッドがすごいことになってた、というか下着も見えてる気がする。

「ご、ごめん!僕はすぐ外に出るから!」

 まぁヨシュアさんとしてはそのへん気をつけてるだろうから、そうなるよね。

「いやぁミミルさんとウルシィさんは気にしない気がするけどなぁ」

 出会ってからの言動を考えるとむしろ喜ぶまでありそうだし。

「こういうのはきっちりとしないと、治療は見たかったけどね」

 そう言ってヨシュアさんが部屋から出ようとしたところで……。

「お待たせしました!私はヌーリエ教会の神官リリアと申します……っと」

 ぽよん。

 イネちゃんにはそんな効果音が聞こえた気がした。というか絶対にしたと思う。

 だって今入ってきた神官さんジャクリーンさんを超える長身で、その、なんというか……すごく大きい。どことはイネちゃんは言わないけど、虚しくなってくるし。

「ご、ごめんなさい!」

 あ、ヨシュアさん、身長的に丁度ぽよんだったから慌てて離れた。

「いえいえ、それより怪我をされている方はどちらでしょうか」

 すごい大人な対応……というよりは慣れている上に神官としての使命を果たそうとしている。って感じかな。すごくさばさばしてる感じだし。

「あ、そこのベッドの上に……」

 ヨシュアさんが真っ赤な顔でジャクリーンさんを指し示すと。

「はい、分かりました。それではこれから治療を行いますね」

 神官さん……リリアさんだったっけか。はそう言って足早にジャクリーンさんに近づいたら、慣れた手つきで包帯を剥がし……服を脱がせた。

「はい、治療だから恥ずかしくない。ってこの傷は見たことないなぁ」

 医療行為だからセーフかぁ、ヨシュアさんのほうは早々に後ろを向いて、更にそこにはウルシィさんの下着があったもんだから両手で目を塞いじゃってるけど。後傷跡に関してはごめんなさい、銃痕だからこっちの世界だと普通は見たことないよね。

「あぁでも姉……と言っても従姉妹ですが、こんな傷を負った盗賊を見たことがあるって言ってましたし、処置は変わらないとも聞いているので大丈夫ですよ」

 ……前例があるんだ。まぁヌーリエ教会は大陸全土に広がっているし、通信魔法機器もギルド同様に備え付けられてるらしいからそのへんの情報はしっかりしてるのかな、一応あっちの世界の各国政府とのやりとりもあるらしいし。

「えっと、まずは……あぁ体内に残留物はないみたいですね、なら治療魔法をかけますが、ちょっと痛みがあると思いますが我慢してくださいね」

 そう言ってリリアさんがジャクリーンさんの傷口にをくっつけると、擦り始めた。

「イタタタ痛い痛い痛い!」

 うん、イネちゃんもそれはすごく痛いと思うな。傷口に全力で小麦をすり込んでるわけだから。

「大地よりもたらされし恵みよ、その生命力をこの者に分け与えよ!」

 ばしーん。ばしーん。ばしーん。

 今度はすり込んでいた小麦を傷口に3回叩くとそう叫んだ。

 そして……。

「……あれ、痛みが」

 ジャクリーンさんの言葉に合わせて小麦で叩かれた場所が光って、傷口がみるみると塞がっていった。なにこれすごい。

「じゃあ次は足のほうですね、行きますよ」

 リリアさんの言葉の後、また同じやりとりがあってから……。

「はい、傷口の治療はこれで完了です。ただ自然治癒力を極限まで高めた影響でしばらくは倦怠感と疲労感が残ると思いますので無理はしないでくださいね」

 褐色の肌が少し汗ばんで艶が出てるリリアさんが満面の笑みで、汗を手で拭いながら言うとその言葉を証明するかのようにジャクリーンさんがベッドの上でピクピクしている。知らない人がみたらちょっと危ない光景かも。

「も、もうちょっと優しいのは無かったんですかね……」

 あ、ジャクリーンさんしゃべれる気力があるんだ。

「あるにはあるのですがその、倫理的に問題になりやすかったり、触媒そのものが貴重だったりするので……」

 うん?触媒のほうはわかるけど前半の倫理的にって何?やっちゃうの?

「出身地がわからないと厳しいかぁ……オーサ領ってヌーリエ教の信仰が薄いから余計にこの流れだったのかな……」

「オーサ領でも、トーカ領に近い地域でなら大丈夫なんですが……ごめんなさい」

「あぁいえ、こればかりは仕方ないかと。教会の成り立ち的にも出しゃばる形になるのを避けるのはわかりますし」

 リリアさんとジャクリーンさんの会話で、やっぱ政治と宗教って面倒なんだなってイネちゃんは思うのでした。

 特に誘拐した相手を保護、護衛とか貴族さんは本当よくわからないよね。

 その様子を見守ってからイネちゃんは部屋を後にした、うん教会の治療はすごかったよ。その分なんか見ているだけで疲れたけど。

 それにしても、何か色々忘れているような……思い出せないからなんとも言えないけど、こうなんだかもやもやする。

「何かすごい声が聞こえてきてましたけど、大丈夫だったんですか?」

 イネちゃんが部屋から出てきたのを確認したキャリーさんが……あぁキャリーさんだ!思い出した!

「キャリーさん、足は大丈夫?今からは……厳しいかと思うから検問所には明日でいいかな」

 キャリーさんは首を縦に弱めに振った。

「それで構いません、もう半年以上探しているのですから。ところでヨシュアさんは?」

 キャリーさんの言葉で、イネちゃんはもう1つの忘れていたことを思い出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る