第21話 イネちゃんとゴブリン被害の扱い再び

「んーあーたーらしーいあーさがきたー!おはよう」

 あの後ウルシィさんとミミルさんの二人と火の番を交代してぐっすり眠れたイネちゃんは、いつも通りの寝起きなのである。

「うわ、びっくりした……」

 丁度真横に居たのか、ミミルさんが驚ろいた言葉を発した。勢いよく立つのはイネちゃんの癖だから、ごめんね?

「イネさんは元気ですね……私はまだ野営になれなくて体のほうが痛くなっちゃって」

 キャリーさんが笑いながらも柔軟体操に似た動きをしている。確かに時折パキって音がしてるもんね。

「イネちゃんもあまり硬い地面での睡眠は得意じゃないけど、今回は結構柔らかい素材も多かったからね」

 イネちゃんはこんなこともあろうかと、担架を作るときに余った葉っぱを取っておいた……わけではなく、余った分は全部この広場に残しておいたんだよね。

 一応皆の寝るところには同じくらいに葉っぱを敷いてはいたんだけど……。

「そう、私はこっちのほうが寝やすいんだけど……まぁ途中から火の番であまり眠れなかったけど」

 とミミルさんは流石エルフってことかな?

 ……あれ、そういえば。

「ウルシィさんは?」

「ウルシィなら、ほら……」

 ミミルさんが焚き火のほうを指し示したので、イネちゃんたちがそっちを見ると。

「んー……もっとたべたい……」

 ウルシィさんが、タコ肉を抱きながらそんな寝言を漏らしていた。

「一応、ちょっと前までは起きていたんだけど……夜食兼朝ごはんだって焼いて食べ始めたら割とすぐに、ね」

 お腹一杯になったからおねむになっちゃったんだね、ウルシィさん。

 ちなみにウルシィさんの頭はヨシュアさんの膝に乗ってる。イネちゃんとしては硬そうと思うのだけど、どうにもミミルさんとキャリーさんが羨ましそうな眼差しでその光景を見ているのは、やっぱ恋とかなのかなぁ。

「ちょっと生臭くなりそうだから、ウルシィさんが抱き枕にしてるタコ肉をはがしてあげないと」

 イネちゃんがそう言って近寄ろうとしてところで、ミミルさんに肩を掴まれたから振り返ってみると、首を横に振っていた。あ、もう実行したんだね。

 そこまでされたらイネちゃんじゃなくても察することができそう。でもそれならまず、イネちゃんたちがやる行動は1つだね。

「よし、ごはんにしようか!」

 イネちゃんがそう言ったと同時……。

「ごはん!」

 ウルシィさんが飛び起きた。うん、もう腹ペコキャラで固定だね。

 飛び起きたウルシィさんにイネちゃんはいい笑顔を向けてから、タコさんが傷んでいないかを確認しながらお肉を切り分けてるために向かう。

 びっくりするほど生臭い感じの腐敗臭がなく、昨日切り落とした部位の切り口ですら傷んでいる様子が無かった不思議魔法生物ってすごいね。

「イネ!ごはん!」

「わ、びっくりした……ウルシィさん目が覚めてすぐだったよね」

「お腹が空いたから起きたんだし、ごはんの準備を手伝うのは間違い?」

 すごく立派な思考だとは思うけど、火の番していたウルシィさんは実際のところまだ寝ててもいいとイネちゃんは思うのだ。

 まぁ皆の食べる量を考えるとお手伝いはとても助かるけど。

「じゃあお肉持っていくの手伝ってくれるかな、持っていったら誰かにお料理して貰ってればいいから」

「わかった!焼いとく!」

 ウルシィさんはそう言って両手一杯のお肉を持って走っていった。新しい玩具を買ってもらった子供って印象かな、ドラマとかアニメでしか見たことないけど。

 イネちゃんも片手で持てる量を切り取って、ナイフを仕舞ってから焚き火のほうに戻ると、タコが焼けるいい匂いが漂っている。傷んでたらヨシュアさんが止めただろうし、うんイネちゃんの見立ては正しかったね。本当痛まないのは謎だけど。

「おかえり、もう食べてるよ」

「知ってる、匂いすごいし。ところで傷んではいなかったよね」

「うん、それどころか鮮度がまるで落ちてないように思えるね。燻製とかにしなくても大丈夫そうなレベルだね」

 イネちゃんの質問にヨシュアさんの答えが予想の斜め上すぎたかな、燻製にする必用もないってちょっと怖いんだけど。

「ディメンションミミックは生命活動を停止させると同時に、自己保存するために空間を固定しちゃうのよ。雇い主が廃棄を決めた理由の一つなんだけどね、機密の処分ができないって意味でもあるから」

 ジャクリーンさんがイネちゃんとヨシュアさんの会話を聞いて察したのか説明を始めた。そういえばこの人が運用してたんだよね。

 そして内容はうん、兵器としては確かに問題ありそうだけど……それって廃棄するまでのことかなぁ、少人数の隠密行動拠点としては使えそうだし。

「……まだ不満そうだね、まぁ軍事的に少数からの隠密作戦とかには運用できそうってことで、私がテストになったんでしょう。あれ、完成してからまだ1年も経ってないしデータは欲しいんじゃないかしらね」

「破棄するもののデータを?おかしくないかい」

 イネちゃんが聞くより先にヨシュアさんが聞いてた。廃棄するならデータもほぼほぼ必要ないもんね、最低『使えませんでした』ってデータがあればいいわけだし。

「いやぁ、実験中数匹逃げたらしくてね。生態調査中の事故だったらしいのだけど、自分とこの領内で被害が発生する可能性は否定できないわけじゃない?」

 しょうもない理由だった。しょうもない理由ではあるけど割と洒落になってないのはこの手の人工生命体ではよくあることだよね。

「まぁ繁殖能力は最初から意図的に無くしてあるし、そもそも他の種族に対してゴブリンみたいな害獣化はないんだけど……」

 ジャクリーンさんがそこまで言ったところでイネちゃん以外の皆の顔を明らかに暗くなった。うわぁ、気を使われてるのがはっきりわかる。

「ってあれ、なんでこんなに……私何か変なこと言った?」

「あぁうん、イネちゃんが昔ゴブリン被害の生存者だから皆気を使ってくれてるんだよ、多分、きっと」

「あ、その……ごめん……」

 あちゃージャクリーンさんもこうなっちゃった。いやまぁこっちの世界のゴブリン被害って、あっちの世界で言う化学兵器汚染とか放射能汚染とかと似たようなところあるけどさ。

「じゃああなたが自分のことを名前にちゃん付けなのも?」

 おっと、ジャクリーンさんは踏み込んだ質問してきた。

「んーイネちゃんが17歳っていう感覚はないんだよね。イーアが17歳っていうならイネちゃんも、うん、そうだね。ってなるんだけど……」

 あ、皆沈んじゃった……。

 ステフお姉ちゃんもイネちゃんがこう言うと暗い顔になっちゃうから、イネちゃん以外の人にとっては辛い思いになっちゃうんだろうってのはわかるんだけど、イネちゃん自身としてはあまり実感がないんだよね。

「イネちゃんのことを思って沈んでいるのはわかるし、ありがたいことだと思うんだけど、イネちゃんとしては皆の表情が暗くなるのはいやかな。だからこの話題は……聞きたいってなることもあるだろうから一旦終わりってことで!」

 別にイネちゃんとしては詳細を聞かれても答えられるんだけど、皆は絶対詳細は聞こうとはしないだろうからね、イネちゃんはそのへんを察することができる子なのだ。

「……そうだね、とりあえずごはんを食べよう。怪我人をつれて森を出て町に帰らないといけないわけだし、ちゃんと食べないとね」

 流石察して行動に移せる男ヨシュアさんだ、そうやって皆に言ってから率先してちょっと焼きすぎになったタコを食べ始めた。勿論イネちゃんもそのヨシュアさんの起こした話題の波に乗って食べ始める。うん、ちょっと焦げた感じ、でも美味しい。

「……でもそうだな、イネ本人がこう言ってるんだしウルシィたちが気にしすぎるのも変だもんな」

 ウルシィさんもイネちゃんたちに続いて食べ始めたけど、キャリーさんやミミルさんはやっぱり表情が暗いままで食欲も出ない感じ。やっぱりこの話題は控えるべきなんだよなぁ、今回の場合はしなきゃいけない流れだったから仕方ないけど。

 だけども今後は踏み込んだ質問されても濁そうかな、本人が気にしていなくても周囲が気にするってことは流石に何度も起きるとそのうち問題にもなりそうだし。

「じゃあとりあえず直近の問題としてさ、キャリーさんとジャクリーンさんの運搬だよね、怪我人を担いで森の中を行軍って結構な重労働だし」

「そういえば担架はディメンションミミックの小屋の中でしたっけ……」

 キャリーさんが思い出しながらって感じの口調で言う。

 うん、イネちゃんもうっかり焼夷弾にしちゃったから燃えちゃったんだよね。イネちゃんももうちょっと冷静な判断を常時できるようにならないとなぁ。

「あぁそれなら……ちょっと待ってて」

 そう言うとヨシュアさんがディメンションミミックの死骸の近くまで行ってから、少ししゃがんでゴソゴソ何かを探すような仕草をして、小屋まで二人を運んだ担架を2つ、取り出して戻ってきた。

 あぁうん、インベントリにしまってたんだね。

「お待たせ、担架なら僕が確保しておいて出すのを忘れてたよ」

 いや流石にどこに仕舞ってたのかとか出てきそうなんだけど、その言い方だと。

「流石ヨシュア、イネを助けるために残っただけじゃなく色々確保していたのね!」

 うん、まぁハーレム系主人公だもんね、ミミルさんのこの反応はある意味で必然か。

「でも、実際のところ短距離ならこれでもいいと思うけど、町までとなると流石に厳しいと思う」

「脱力した人間って意外と重く感じるからねぇ」

 持ち方が限られるから、場合によっては体重より重く感じたりするんだよね。

 大物家具の運搬とは違って技術で重量に対しての感覚をごまかすにも限界があるし。

「ふたりの総重量ってどうだろう、服とか装備で結構変わっちゃうと思うし……イネちゃんのマントにかかってる軽減魔法でもそんなに緩和できないからなぁ」

 とイネちゃんが言ったら、皆が驚いた表情で注目してきた。

「それ、マジックアイテムだったんだ……」

「あれ、言ってなあったっけ。お父さんたちがイネちゃんにって用意してくれたんだけど」

「その外套のサイズで効果次第では領地付きで屋敷が買えそうなんだけど……」

「んー発動を意識しないと発動しないし、重量の軽減率1割で結構体力消耗するから常時は使えないよ。永続的に使える触媒とかあれば使えるかもだけど」

 この会話でミミルさんは……。

「触媒があればいいのね、うん。じゃあイネにジャクリーンを持ってもらいましょう」

 そう言って、森に入って行った。

 戻ってきたときには2本の杖を持っていてイネちゃんに渡してきた後、こんなことを言った。

「永続は無理だけど、半日は持つから。よろしくね、イネ」

 そういえばドワーフさん以外にも、エルフさんが作った道具なら触媒になるんだったね、忘れてたよ。

 こうしてイネちゃんは一番重量のあるだろうジャクリーンさんを背負うことになったのでありました。

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