第19話 イネちゃんと未知の食材
動きを止めたタコさんは、完全に陸に打ち上げられた上にモリで突かれて動きを止めた海岸のタコそのものの状態になり、ヨシュアさんが戻ってきて皆の無事を確認する。
「大丈夫か、皆」
「まだ頭がぐわんぐわんしてるぅ……」
「目がー目がー」
「ダメみたいですね。まぁとりあえず……ちょっと試したいことがあるんだけど、皆いいかな?」
フラッシュバンの影響を訴える二人を横目に、イネちゃんはお腹ペコリンな状況で思いついてしまったことを切り出す。
「えっと、あのタコさん、食べられないかなって」
「あれを!?食べる!?」
あ、うんわかってたけどヨシュアさん以外にドン引きされた。
「調味料はほとんど無いけど、とりあえず茹でてみてさ。お塩を少し振って……ダメ?」
「……私たちは食べないわよ」
うん、タコさんは食べる食べないではっきり分かれるのは知ってたからそれで十分ぶん、さっそくイネちゃんはタコ足部分をナイフで切り分けに向かうのであった。
でもイネちゃんとしては、こういう未知の食材との出会いも冒険の醍醐味だと思うのですよ、食べられるのかわからないけど。
タコ足にサバイバルナイフを突き刺して、イネちゃんが食べる分だけなのでちょっと小さめに切り落とす。小さめと言っても元の大きさが小屋より大きいから、今イネちゃんが切り落とした部位だけでも50個くらいたこ焼きが作れそうな気はするけど。
切り落とした部位を持って、鼻歌交じりに皆のところに戻ると皆は焚き火を囲んで干し肉を焼いているところだった。
「んーこれはイネちゃんの調理は後回しのほうがいいかな、結構なお肉の量だし」
「いや、イネの持ってきたのはちょっと時間かかりそうだし一緒にやっちゃおう」
そう言ってどこから持ってきたのか、ちょっと大きめのお鍋を取り出した。もしかしたらゲームのインベントリみたいに大容量の空間に仕舞ってたりしてるのかな。
ヨシュアさんから受け取ったお鍋には底も見えるほど澄んだ水が半分くらいまで入っていた、ちょっと舐めると少ししょっぱい。
イネちゃんがお鍋を受け取ったのを確認したヨシュアさんは、棒を4本ほど焚き火の横に差し、2本の棒をイネちゃんに見せてきた。うん、サバイバルどころかキャンプとかで焚き火調理する時の基本だからわかる、けどまずは……。
地面にお鍋を置いてから、中に先ほど切り落としたタコ足の一部を鍋にどーん。こぼれないように入れたからどーんではないか。
その状態でヨシュアさんから木の棒を2本受け取って、鍋の取っ手に通す。あ、この鍋の取っ手は上の方にちょっと飛びてて、棒を通してカマドとかで温めることができる感じ。よくあるキャンプ用品でもこんな感じだからイネちゃんは見覚えがあるのだ。
そしてヨシュアさんが手伝ってくれて、焚き火の上に鍋をセット。後は煮込むだけだね。
「白い……白い肉……」
ウルシィさんが何やらつぶやいてるけど、白いお肉は珍しいのかな。まぁ基本魚介類か脂身だし、ウルシィさんの反応のほうが普通か。
でもよだれを全力で我慢できないのは普通じゃないってわかるよ、相変わらずミミルさんとかお鍋の中身見てドン引きしてるし、ジャクリーンさんも引き気味。
この辺は内陸だし、魚肉自体がまず目にできないから本当に仕方ない……よね?
「でも、お魚のお肉もこんな感じに白くありませんでしたっけ」
ここでイネちゃんに援軍、キャリーさん。でもキャリーさんって内陸領の元貴族さんだよね?
皆の視線に気づいたのか、キャリーさんは慌てて。
「あ、いえ……お兄様たちに連れられて、川で釣りをさせていただいた時に食しまして」
「うん、ちょっと思い出させちゃってごめん……でもお魚でも色がついてたりするんだよ、赤とか橙とか」
無論マグロと鮭である。色がついてるのは基本的に赤身って言うけど。
「海の魚だね、運動量が多いから脂が乗ってて美味しいんだよね」
ヨシュアさんがフォローを入れてくれる。流石は元地球人。
話している間にまずは干し肉に火が通り、我慢できなかったウルシィさんがむしゃむしゃと食べ始めたところで、イネちゃんはマントに忍ばせていた白い粉をお鍋に入れる。この白い粉とは勿論お塩である。
「なぁイネ、これはまだ食べられないのか?」
「んーどうだろう。イネちゃんが知っているタコさんなら、新鮮な状態なら生でもいけるらしいけど……陸上をうねってた魔法生物だとか言ってたしなぁ、もうちょっと火を通さないといけないかも」
ウルシィさんの言葉にイネちゃんはそう答えたけど、これまたマントに忍ばせておいた刺し串で少しタコ足を刺してみるけど、弾力が強くてこれ以上煮込むと固くなりすぎるかもしれない。
美味しくいただけるチャンスを取るか、お腹の安全を取るか、イネちゃんは今まさに究極の選択を迫られている……!
「えぇいままよ!我慢できねぇ食べるぞー!」
以前読ませてもらったお父さんの漫画のモブさんのセリフを言いながら、イネちゃんはナイフでタコ足を食べやすい大きさにいくつか切り分けて、串に差して口に運ぶ。あ、ウルシィさんも食べたがっていたから串を1本渡してあげた。
ウルシィさんとほぼ同時に口に運んだそのタコ足は、塩水で茹でただけなのにしっかりとした『これぞタコ!』って感じの味が広がる。お肉の弾力は普通のタコさんの比じゃなくぷりっぷり。なにこれ美味しい。
「うーまーいー!イネ、もっと茹でよう!焼こう!」
「うん、確かに美味しいけどちょっと待ってね、まずはお鍋の中にあるのを……」
「もうウルシィが食べた!」
「早い!」
イネちゃんとウルシィさんのそんなやりとりをしていると、ドン引きしていたはずのミミルさんがチラチラとこちらを見ている。なるほど、これが仲間になりたそうにこちらを見ているという感じなのかな。
「じゃあイネちゃんは新しく取ってくる!」
「待って、ウルシィも手伝う!」
こうしてイネちゃんとウルシィさんによるタコパーティー、所謂タコパを全力で楽しもうとしたとき、それは起こったのだ。
「……私も食べて、いいでしょうか」
キャリーさんが仲間になった!どうぞどうぞ、美味しいし。
「ねぇヨシュア、薬用意したほうがいいかしら……」
うん、ミミルさんはまだ警戒してるね。
まぁお鍋の大きさ的にも調理自体はそこまで量できないし、ウルシィさんの食べる分を考えると仕方ないよね、まぁ材料は大量にあるけど。
「イネ!こんな感じでいいか!」
イネちゃんが向かうまでもなく、ウルシィさんが既に結構な大きさにタコ足を切り落としていた。そういえば焼くとも言ってたし、その分かな。
「うん、ちょっと多い気もするけどまぁ大丈夫かな。煮込む分と焼く分だよね」
「うん!早く焼こう!食べよう!」
走ってきたウルシィさんが一度こけかけたけど、食材を持っているためかすごいバランス感覚を見せ跳躍し、焚き火の傍に着地した。
「よし大丈夫だ、食べよう!」
「はーい、ちょっと待ってね。まずは切り分けてお鍋に入れるのと焼くのに分けないと」
ウルシィさんからタコ足……いやもうブロック状だしタコ肉でいいか。タコ肉を受け取ってお鍋の上で一口大に切り分けてそのまま煮立っている塩水の中に落としていく。お鍋が一杯になったのを確認してから、次は残ったタコ肉に金属串を等間隔に差して、それぞれが一本になるようにナイフで切り分けて焚き火の周りに差していくと……。
「もううまそうな匂い……食べちゃだめ?」
「流石に早いかなぁ、美味しそうな匂いなのは同意するけど」
ウルシィさんがそわそわして聞いてくるのはイネちゃんもとってもよくわかる。だって今すごくタコさんの……というよりは磯の香りなのかな、すごく広がっている。
焼きタコの方も一面だけではなく、定期的に向きを変えて満面なく火が通るようにしていると尚更、匂いを嗅ぐからさっき食べたのにまたお腹の虫が鳴き始める。
うぅ、よだれで口の中が大洪水。今お口開けたら決壊して大変なことになりそう。
「もうこれは食べていいよな!」
ウルシィさんはそう言いながらお鍋で煮込んでいるタコに串を刺してすぐに口に運ぶ。
「あっち、あちあち……」
それは熱いよね、煮立ってるお鍋から直接だもん。
「舌をやけどしちゃうから、少し冷ませたほうがいいよー」
と言いながらもイネちゃんはちょうどいい焼き具合になった一本を取って、ふーふーしてから口に運ぶ。
「熱っ……はふはふ、んー煮込んだのとは違ってほどよく口の中で組織が解けていって……味付け忘れたのにしっかりとした味で、美味しい!」
少し淡白かなとも思うけど、それを補ってあまりあるくらいに食感がいい。
「ふー、ふー……あ、本当にこれは、すごく美味しい……」
キャリーさんも食べ始めたようで、感想を漏らす。うん、たーんとお食べ。
「これ、本当に大丈夫なの?」
ミミルさんはヨシュアさんに向かってそう聞いてる。いやまぁ複数人が声を揃えて美味しいって感想しか述べてないから普通に興味が出るよね。
「僕が調べてみたところ、毒物はではないかな。なったとしても傷んだところを食べちゃってお腹が痛くなるとかそのくらいだと思うよ。……だから食べても大丈夫だよ、ミミル」
「そ、そんな!食べたいなんて一度も……」
いや、あれだけチラチラ見てたら誰だってそう思うよね、イネちゃんだってそう思ったし。
そしてヨシュアさん、いつの間にか調べてたんだね。まぁゲーム的に物事が見えてそうなんだよなぁ、インベントリとか完全にオンラインゲームとかのそれっぽい感じだったし。
そうじゃなくてもきっと調査系の魔法とかスキル持ってるんだろうなぁとは思うけど、発動している様子がなかったからね、多分イネちゃんの想像通りにゲーム的な何かなんだと思う。
と、そんな風にイネちゃんが考えている間に、ヨシュアさんの太鼓判が出たためかミミルさんとヨシュアさんも食べ始めていた。
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