第17話 イネちゃんと応急処置とホラー展開

「よし、これで……」

 ヨシュアさんが持ってきた麻袋と角材で担架を2個作り終えたところで、丁度ミミルさんが戻ってきた。

「薬草は見つけたけど、直接じゃちょっと……調合するにももう暗くなるわよ」

 うん、そこはちょっと想定していたけど実際になっちゃったなぁ、日暮れ。

「今から町に戻るのは危険だね……仕方ない、キャリーが捕らえられていた小屋まで二人を運んで、そこで一泊しよう」

 ヨシュアさんがそういう。灯り無しで原生林と街道を移動するのは流石に危険すぎるし。

「あ、小屋だったんだ。雨風防げるならそっちのほうがいいよね、野営準備してなかったし」

 灯りどころか野営準備もせず原生林に突撃する辺り、イネちゃんもだけど皆慌てすぎだったよね。まぁ小屋があるなら原生林ではないかもだけど。

「少し補修すれば数日滞在することもできそうだった、ただ暖炉は使わないほうがいいだろうけど」

「なんで?」

 ヨシュアさんの言葉にウルシィさんが、ローブの人を担架に乗せながら聞いた。

 うん、それは多分イネちゃんでも答えられる。

「暖炉ってことは煙突があるわけで、数日滞在に補修が必要なんだったら煙突の中は?って感じかな。詰まっていたり、枝や葉っぱがあったら火事になる危険もあるからね」

 なのでイネちゃんが答えてみた。

 ヨシュアさんが首を縦に振ったから正解だったね、イネちゃん、しばらくロッジで暮らしてたからそのへん知ってた。まぁ電気の暖房器具とかもあったけど。

「へぇ、そうなんだ。ヨシュアとイネは物知りだな!」

 へへん、イネちゃんは物知りなのだ。どやぁ。

「と、とりあえずその小屋まで移動しようか。担架が必要なけが人が二人もいるわけだし。補修出来る場所はちゃちゃっとやっちゃいたいもんね」

 イネちゃんの提案に反対意見もなく、キャリーさんのほうをヨシュアさんとミミルさんが、ローブの人をイネちゃんとウルシィさんが担当する形で運んだ。ウルシィさんがずっと文句を言ってた。

「ここがキャリーが捕らえられていた小屋、床も腐っている場所があるから注意してね」

「それはちょっとの補修の範疇じゃない気がするなぁ……」

 ヨシュアさんの説明にすかさずツッコミを入れてしまった。まぁ担架の前の部分を持ってるのはウルシィさんだし、きっと野生の勘で回避してくれると思うけど。

 そしてヨシュアさんたちが先行して小屋に入って、その後ろをイネちゃんたちが続いたからウルシィさんの野生の勘を発揮するまでもなかったけど。

 でもこの小屋、検問所にあるロッジに作りが似てるなぁ。お父さんたちが意図的にこっちの世界に違和感なく溶け込むようにしたのかもだけど。

 そう思いながら小屋の中に入って担架をゆっくり降ろして顔を挙げると……。

「うわ、同じだ……」

「ん、何がだイネ?」

 おっとうっかり口に出ちゃった。

 この小屋、あのロッジと間取りとかが入口から見える範囲だと完全に一致……いや家具とか机とかは流石に違うけどさ。

「もしかして、イネが装備を取りに行った場所のことじゃないかな」

 ヨシュアさん、察しいいなぁ。こういうところが主人公なんだろうねぇ。

「うん、あそこにあるロッジ、お父さんたちが10年前に作ったんだけど……ここと間取りが一緒なんだよね」

 まぁ流石にあっちの世界と通じているゲートは無いし、こっちのカウンター裏にロッカーは無いだろう……あった。

「……ちょっとイネちゃん怖くなってきたなぁ」

 そう呟きながらも、ロッカーを少し調べてみる。

 防腐処置の施された金属製のロッカー、これって銀行とか信用金庫とかの貸金庫にも使われるもので数百年大丈夫とかいうものなんだけど、しっかりと、こっちの世界には不釣り合いというか景観を損なうレベルのものが鎮座していた。

「イネ?」

 ヨシュアさんがロッカー室の入口辺りから声をかけてくる。

「ちょっと待ってね、確認だけしちゃうから」

 ロッカー自体は、簡易的な鍵だしお父さんたちに教わったピッキングで開けられるし、今開けた。勿論、開けたのはロッジでイネちゃん名義のロッカーのある場所。

 そしてこのロッカー、実は中に貴重品とかを入れておく金庫があって、こっちは結構複雑に作られたアナログの鍵でしか開けられないようになってる。そういう代物も今イネちゃんの目の前にあるのだ。というかいくつか金庫の外だけど弾薬箱もあるし……。

 もう限りなく状況は黒なんだけど、イネちゃんは念のためセーラー服の胸ポケットから鍵を取り出して、金庫の鍵穴に差し込んで回してみる。

 カチャ。

 いや、本当その音が鳴っちゃったんだって。

 恐る恐る金庫を開けてみるとそこには……。

「……うわぁ、この中閉めたら真空になるからだろうけど、お手紙と写真が綺麗に残ってるぅ」

 というかイネちゃんの持ってる鍵で開いたってことはそれはもう、真っ黒じゃなくてビンゴだよね、今イネちゃんの考えてること。

 中に入ってたお手紙の封を開けて、内容を確認する。

「えっと……『イネが行方不明になったと聞いていてもたってもいられず、お父さんたちの反対も振り切って私はこっちに来ました。』ってこれステフお姉ちゃんの字……はいアウトー!ヨシュアさん、ここから速くでよう!今すぐ出よう!」

「ちょ、ちょっと待ってイネ。いきなり……」

「この手紙の内容!ヨシュアさん後ろから見てたから金庫から取り出したってわかるだろうし見て!」

 そう言ってイネちゃんがヨシュアさんに明らかにおかしいお手紙を渡した時、小屋全体が揺れた。

「ちょ、なんでここに!私まだ死にたくないわよ!」

 とロビーのほうから聞き覚えのある、ローブの人の叫び声が聞こえた。

 イネちゃんとヨシュアさんが急いで戻ると、外の景色が少しづつ歪んでるように見える。

「ディメンションミミックの餌になるなんていやぁぁぁぁ!」

 ディメンションミミックって何、素晴らしく嫌な予感しかしないネーミングなんだけど!

「何か知っているのか!」

 ヨシュアさんがそう言って駆け寄ると首を縦に振って。

「知ってるもなにも、私の雇い主が飼ってる魔法生物!この世界に存在しているものを模倣し、過去と未来からいくつかの可能性を引っ張ってきて罠として置いておくの!その罠は本物と同一だから、大抵騙されて……」

「弱点や対策は!今はそっちのほうが重要なんだ!」

「ディメンションミミックは夜行性で……罠の中に大型生物が5体以上、目が覚めた時にいたのならそれを捕食する性質なのよ!」

 ヨシュアさん、キャリーさん、ウルシィさん、ミミルさん、イネちゃんにローブの人。うん6人。

「弱点や対策は!」

「聞いてない!敢えて言うなら5人以上で入らないくらいしか知らない!」

 強キャラムーブしていたローブの人が、これでもかってくらいに取り乱しちゃってるなぁ、いやまぁイネちゃんもローブの人がここまで取り乱してくれなかったら絶叫の1つもあげたくなるけど。

「無駄かもしれないけど、抵抗してみる?」

「しない理由は無いね、皆!とにかく攻撃だ!」

 ヨシュアさんの号令に合わせて皆で攻撃を始める。始めるけどどうにも手応えを感じないのは流石はディメンション。今回の場合ディメンションミミックで、起きてる現象を考えたら次元擬態だもんね。空間そのものが敵と考えるとちょっと無理があるかぁ。

 と2マガジンほどP90を撃ち終えたところで、イネちゃんはちょっと閃いた。

「……これ夜行性で、罠として本物と変わらない物質を置くって言ってたよね?」

「イネ!手を止めて何を……」

「ちょっと待ってて、それならロッカーに……」

 そう言って再びロッカー室に駆け込んだイネちゃんは、ロッカーの中に鎮座していた頑丈なケースを取り出して、開けた。

「うん、あった……特殊弾もちゃんとあるね!これがダメだったら別のも試す!」

 急いでケースから取り出したXM109を組み立てて、焼夷弾を装填し、ロビーに向けて銃身を固定させてから叫ぶ。

「皆!こっち側に!」

 イネちゃんの声を聞いて、担架の二人も飛び込む感じにロッカーの近くに来たのを確認してから、引き金を引いた。

 発射された弾頭は入口のある壁の一面に当たって爆ぜると、炎が一気に広がった。

「ちょ!流石に無茶しすぎ……」

 ミミルさんが批難の声を上げた瞬間、歪んでいた空間が少し安定し始めた。

「火……というより明るさかな。夜行性って言ってたし、小屋の木材が本物ならすごく明るくなると思って」

「でも流石に……これは僕もやりすぎじゃないかなって。出入り口が」

 うん、慌ててたからうっかりやっちゃったけど、ヨシュアさんの言うとおり出入り口が火に巻かれて別のピンチが訪れちゃってるね、ごめんなさい。

「でも火のようなものは有効……でもこれ以上やるのは」

 ヨシュアさんが呟いた直後、再び外の景色が歪み始めた。

「時間稼ぎにしかならなかった!?仕方ない……直線に逃げ道を作るから、キャリーさんとローブの人は皆お願い!」

 徹甲弾を装填して、ロッカー室の横の壁に向かって引き金を引く。当然壁が吹っ飛んで外が見えるようになる……と同時に。

「グギャガギャギャギャ」

 小屋の外から耳を塞ぎたくなるような叫び声が聞こえてきた。

「今のは……これを生み出した奴の悲鳴か?」

 ヨシュアさんの冷静すぎる感想に、ローブの人が叫ぶ。

「とにかく外へ!ディメンションミミックの範囲はこの小屋とほぼ同じだから、外に出れば抜け出せる!」

 その叫びにローブの人をウルシィさんが抱え、キャリーさんをミミルさんが抱えてまずは飛び出した。

 イネちゃんもそれに続かねば!

 と思って立ち上がろうとしたところで、XM109に足を引っ掛けた。

「イネ!」

 飛び出す寸前だったヨシュアさんが振り返って叫ぶ。

 あぁ、イネちゃんが行方不明ってそういう……。

 イネちゃんが覚悟を決めて、いっそXM109を支えにして立ち上がったところで……。

「大丈夫か、イネ」

「ちょ、ヨシュアさん逃げないと!」

「イネを見捨てていけない!」

 あぁそうだ、割と中身イケメンだったの失念してた。

 だけど今まさに外の歪みが強くなって、既に脱出した4人の姿がほとんど確認できなくなってきている。

「……イネ相手なら大丈夫かな。イネ、冷凍食品とかってわかる?」

 んーこの状況で突然何を聞いてるんだヨシュアさん。

「いやまぁ、あっちの世界には一般普及してるけど……この状況で聞くこと?」

「やっぱり、イネは僕のことをこっちの世界の人間だって認識は無いみたいだね。今の質問に驚かないでそんな感じに疑問を返したってことは……」

 あぁ確認用か。まぁイネちゃんの装備とか技術は完全にあっちの世界のものだからね、異世界転生物の主人公やってるヨシュアさんにとったら重要人物になるか。

「まぁ、多分異世界転生とか召喚されたチートな人なんだろうなぁ程度には思ってたけど……もしかしてなんとか出来る能力とかあったりするの?」

 イネちゃんの返答にヨシュアさんは頭を抱えた。

「できるだけそういうのは伏せてたんだけどなぁ……まぁ今はここから生還することだけを考えよう」

 ヨシュアさんはそう言うと、目を開けたまま止まり、右手の人差し指でいくつかの空間をちょんちょんとしてから、もう一度イネちゃんのほうを見て。

「イネは他に何が出来る?」

「そうだねぇ、柔道合気道、サバイバル術に……近代歩兵携行兵器なら概ね使えるかな。後はスニーク技術……つまりは現状打破の手段は無い、かな」

「……閃光手榴弾とか、そういうのは無いのかい」

 おぉ、そういえば夜行性に対して明るさだけならそっちのほうが確かにいいよね。イネちゃんうっかり。

「一応手持ちが2個……ロッカーには~あ、あった。合計5個だね」

「わかった、じゃあ1個……今燃えているところに向かって投げて見てくれないかい」

「わかったけど、フラッシュバンだから耳も気をつけてね」

 イネちゃんは耳栓をしながら言って、ピンを抜いて投げると同時に目も閉じる。

 爆音と同時に瞬間的に閃光が走る……当然目を閉じててもわかるくらい強い光だからね。

「そっちじゃないのか。じゃああそこが喉元と考えると……次は2階に向かって投げてくれないかな」

「変化……一応あるけどちょっと歪みが減った程度だったんだね。了解、投げるよー」

 ロッカー室から顔を出す形で、2階に入るようにフラッシュバンを投げ入れてから横に開いた穴を注視する。今度はフラッシュの範囲じゃないからね!

 そして爆音がした直後……。

「グギャァガギャァァ」

「今だ!」

 ヨシュアさんはそう言って、いつの間にか手に持っていた銃を天井に向けて数発撃ち込んだ……明らかにビームだったけど、チートさんだし持ってても不思議じゃないか。

「ギュォガォォォォ……」

 叫び声が小さく弱々しくなるにつれて、外の歪みが無くなっていき先に出た4人の姿が見えるようになってきた。あ、これならXM109持っていけそう……ついでに弾薬箱も頂戴しようっと。

「イネ……たくましいね」

 持っていこうと持ち上げたイネちゃんを見て、ヨシュアさんが呆れた感じに言ってきた。15kgと重い銃でゆっくりとした移動にはなったけど、ちゃんと小屋から出て皆と合流することが出来るくらいに余裕だった。

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