第13話 イネちゃんと誘拐事件
「あーたーらしーいあーさがきたー!」
目を覚ましたイネちゃんは勢いよく、日課になってる文言を叫びながら飛び起きた。いや、野営中とかでは控えるつもりだけどね、うん。
「な、なんなんですの!?」
既に起きてたキャリーさんがすごくびっくりしながら聞いてきた。
「あ、これは起きたよーって元気よく自分と周囲に知らせる感じで……」
「なんというか、豪快ですね……」
んーイネちゃんとしてはこうやって起きるとお父さんたちがヒャッハーとか言って喜んでたし、そうするものかと思ってたけど……でも、よくよく考えるとイーアの時はやってなかったし、やっぱお父さんたちのテンションがおかしかっただけかな。
「ん、そういえばウルシィさんとミミルさんは?」
部屋を見渡すと、荷物はあるけど姿が無い。
もしかしてもう水浴びとかご飯に行ってるのかな。
「えっと、あの騒ぎで本当よく眠られてましたよね……」
え、どういうこと?
「いつものことなのですが、その……ヨシュア様の部屋にお二人が乗り込んでいって……」
えっと、それは夜這いって奴なのかな。
「んーイネちゃんはお父さんたちのいびき大合唱でも眠れるからなぁ。身の危険には飛び起きられるように訓練してたりするし」
ムツキお父さんに身につけておくと便利だからって、叩き込まれたんだよねぇ。
殺気とか人の気配とか、すごくお腹を空かせてる動物さんの気配とか。特に最後のはとっても大事。
「でもあの二人、そんなにヨシュアさんに飛びかかっていくようにはあまり見えなかったけど、何かあるのかな」
「お二人は種族のためにその、伴侶を探しているらしく……」
「あぁうんもう察した。ヨシュアさんに求婚してるんだね」
イネちゃんの察した答えにキャリーさんは首を縦に振った。
言動である程度判ってはいたけど、そうかぁあの二人は完全肉食系女子だったんだね。
「さてと、疑問は解決できたしイネちゃんも日課しないと」
そう言ってからイネちゃんは寝巻きを脱いでインナーだけになる。
「きゃぁ!イ、イネさん……一体何をなさるんですか!」
あぁうん、いきなり服を脱いだらそうなるよね、ごめんね。
「ちょっと筋トレをね、やっておかないとすぐに装備の重さに対応できなくなっちゃうから」
説明しながらイネちゃんはまず腹筋を始める。
本当ならじっくり1時間くらいかけて筋トレフルコースを3セットづつやるんだけど、皆に悪いし30分2セットくらいのハイペースにしておこう。
「あ、じゃあ私は水浴びをしてきますね。ギルドの裏にある井戸でできるらしいので」
「はーい、いってらっしゃいだよー」
腹筋をしながらキャリーさんを見送ると、今日の予定を考える。
まずはヨシュアさんにキャリーさんの妹さんの手がかりがわかるかもしれないからってお話ししないといけないかな、パーティーリーダーだし。
多分断られることは無いとは思うけど、万が一の時はキャリーさんと二人で行くかな、検問所まで30分くらいの距離だし。
腹筋を終わらせて腕立てを始めようとしたところで、ウルシィさんとミミルさんががっかりした顔で部屋に戻ってきた。
「ヨシュアさん、まだ早いだなんて……」
「本当だよね、ウルシィたちはちゃんと成人してるのに」
ミミルさんはなんとなくわかるけど、ウルシィさん成人だったんだ……人狼族は成人早いんだなぁ、ウルシィさん確か12歳だったはずだし。
「ってイネ、何をしてるの……それにキャリーは?」
あ、また説明しなきゃダメなのかな。
「イネちゃんの日課の筋トレだよー、サボるとすぐ装備が重くなっちゃうから。後キャリーさんは裏の井戸で水浴び……」
イネちゃんがそこまで言ったところで。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
キャリーさんの叫び声が聞こえてきた。
直ぐに装備をそのままの形で準備してあったマントをインナーの上に羽織ると部屋を飛び出す。金属パーツが肌にあたってちょっと痛い。
「今のは……」
ヨシュアさんも剣だけ持って部屋を飛び出してきたのを確認したイネちゃんは教える。
「裏の井戸!水浴びに行ってたから!」
イネちゃんの声にヨシュアさんは躊躇いなく階段を降り始めた。
「ちょ、ちょっと。一体何が……」
ウルシィさんはようやく反応できたのかようやく部屋を飛び出してきて、廊下から見える部屋の中で、ミミルさんはまだ何かを準備しているのが見えた。
「とりあえずイネちゃんたちも裏に!」
イネちゃんはウルシィさんに向かってそう言うとヨシュアさんを追いかけた。
よく考えると靴も履いてなかったから足の裏が結構痛むけど、今はキャリーさんに何があったのかを確認するのが優先!手伝うって言った翌日にできなくなるとか冗談きついし!
階段を降りきったところでケイティお姉さんに話しかけられた気もするけど、今はキャリーさん優先、ごめんねケイティお姉さん!
ギルドの裏口に当たる扉は既に開け放たれていたので、P90を抜きながら飛び出して構える。昨日部屋に戻る前に井戸の場所を聞いてたからそちらに向かって構えてから状況を確認する。
「何が目的だ!」
ヨシュアさんが、少し服のはだけたキャリーさんを脇に抱えているローブの人に向かって叫んでいた。
「ふん、この娘に自由に動かれては困る人がいるんでね。悪く思わないでくれよ」
ローブの人は女の人の声でそう言うと高く飛び上がってギルドの屋根の上に乗った。
ここで撃つと、キャリーさんが屋根の上から落ちちゃう……むぅ、撃つのが遅れた!でも構えておくけど。
「キャリーを返せ!」
いや、ここで言うのはそれよりも一体誰のことだ!とかじゃないかな、確かにそれも必要な言葉だけど。
「返せと言われて返したら、私のような人間は失業しちゃうもの」
そう含み笑いをしたところでウルシィさんとミミルさんがギルドから飛び出してきた。
「と、これ以上増えられたら逃げられなくなっちゃいそうだし。私はこれにて……できれば追ってこないでね」
ローブの人がそう言って、キャリーさんを隠すようにローブの裾をファサーって感じにした次の瞬間、二人の姿が消えた。
具体的には強い風と落ち葉が舞って、それが目隠しになる感じだったんだけど……一瞬で消えるってどういう手品なんだろう。
「……だめ、匂いも追えない!」
ウルシィさん、匂いで追えないってむしろいつもはわかるの!?
「……魔法でなら少しは追えるかも、やってみる!」
ミミルさんが詠唱を始めたところで、ふとローブの人が立っていたところに何か落ちてるのを見つけた。
井戸の近くに落ちていたそれを、イネちゃんはしゃがんで持ち上げるとヨシュアさんが近づいてきて肩口から覗いてきた。
「それは、キャリーの持ってた首飾りのロケット……」
ヨシュアさん、説明ありがとう。
イネちゃんはロケットを開くと、そこには家族が描かれていた。
こっちは写真じゃなくて、絵画をポートレートとするからね。あっちの世界も昔はそうだったらしいけど。
描かれている家族のうち、一人は見覚えがある。というかキャリーさんが持ってたのなら、ほぼ確実にキャリーさんの家族だよね。
「昨日、妹ちゃんを探すの手伝うって言ったのに……」
「以前から何か人の気配を感じることはあったんだけど、キャリーのことを狙っているのまでは……ってイネ、その格好!」
イネちゃんはできる限りのシリアスにしたんだけど、ヨシュアさんがイネちゃんの格好を見て叫んだ。
今気づいたんだね、イネちゃんが下着マントであることに……まぁ下着と言ってもスポブラスパッツなんだけどさ、スパッツの下に本当の下着あるし。
「あぁこれ?筋トレしてる時に悲鳴が聞こえたから」
「い、いや……その、目のやり場が……」
正直これ、トレーニングウェアも兼ねてるからトレーニングジムでもこんな感じだったし、特別恥ずかしがるものでも無いと思うのになぁ。
でもイネちゃんの感覚を押し付けるのもアレかな、仕方ない着替えてこよう。
「んーヨシュアさんが恥ずかしがるんだったら着替えてくる。これ、キャリーさんの……イネちゃんは追跡技能はあまり得意じゃないし、ウルシィさんとミミルさんに任せても良さそうだから、いつでも出発できるように準備してくるよ」
イネちゃんはペンダントをヨシュアさんに渡してギルドに入ると、ケイティお姉さんが。
「えっと、何が起きたの」
そりゃそう思うよね、結構叫んでたし。
「キャリーさんが誰かに拐われた。イネちゃんも昨日あったばかりだから詳しい事情は知らないけど、ヨシュアさんは何か知っていそうな感じだったから後で聞くつもりだけど……」
イネちゃんがそこまで言ったらケイティお姉さんが裏口から飛び出して言っちゃった。まぁギルドの敷地内で起きた誘拐事件だから、色々把握しないといけないんだろうなぁ。ともあれイネちゃんはまず着替えと準備だ、部屋に戻らねば。
まぁ事件発生した上にまだ早朝もいいところだから、何事もなく部屋に戻ることが出来たのはいいんだけども……。
「なんでこんなところにお手紙置いていくかなぁ……」
宛先が書いてない、立派な封蝋印が押された見覚えの無い手紙が、これまた開けた覚えのない窓のところに置いてあった。ちょっとイネちゃん封蝋で誰からとか判断できないんですけどー。
「とりあえずこれは……」
窓を閉めて手紙を元の場所に置いてから、ちょっと汗ばんだ下着も合わせて着替えたのだった。
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