第9話 イネちゃんと初めてのお仕事
「今ある依頼だとこれだけになるの、他は全部土木作業や雑用になるから……」
依頼掲示板を覗いた時には既に、ケイティお姉さんの貼ってた討伐依頼だったと思うものは無くなっていた。
それでケイティお姉さんに聞いてみたんだけど、それほどがっつりした依頼自体が土木作業員の募集くらいしかなくて、討伐系のものは町の周辺2km半径の哨戒依頼だけだったのである。
「でもまぁ、討伐依頼は少ないほうがいいよね。そっちのほうが平和ってことだし」
少なくともイーアのような子が増えないのはとってもいいこと。
事件のたびにイネちゃんのような運のいい助かり方なんて、そう起きることじゃないんだし。
「哨戒だけならそんなに危険は無いかな……皆はどう思う?」
ヨシュアさんが皆に聞いてきた、皆の意見を尊重できるなら聞くべきとは思うけど……まぁ特にそのへん考えてないような気もするけど。
「私は戦闘とか、重いものが運べないので……その」
キャリーさんが申し訳なさそうに言う。
最初から暗礁に乗り上げちゃうか!
「キャリーは後方で指揮を取ってもらってもいいかな、僕は前衛だし指揮を学んだことのあるキャリーにお願いしたいんだけど」
んーキャリーさんは指揮を学べるくらいの地位なのかな……でもなんで旅をしてるんだろう。
「キャリーの指揮は動きやすいから、ウルシィは賛成だよ」
あ、一人称が自分の名前になってる。
イネちゃんと話すときは、出会ってからあまりお互いを知る機会がなかったのと……多分だけど、なつき具合かな。
キャリーさんと話しているウルシィさんは、とっても近くに寄って、すごく、すごーく尻尾を振っているから、きっとそう。
「私はどちらでも、前衛二人をサポートするだけですし」
ミミルさんはヨシュアさんに摺り寄りながらそう答える。
ウルシィさんがすごく睨んでいてキャリーさんがあわあわしているところから、なんとなーく関係性を察しちゃうね。
「イネちゃんはこっちの世界を冒険しに来たんだから、とりあえずやってみたいかな。何でもはやらないけど、やれることはやってみたいお年頃なのです」
イネちゃんの主目的だもの、あぁでもいろんな人に出会える配達とかもやってみたいかも。
皆の意見を聞いたヨシュアさんは少し考えるような素振りをして。
「うん、やっぱりこの哨戒をやろう。僕たちが追い払ったとは言え狼の群れが半分くらい残ってたはずだし。僕らのほうが上だって学んだとしても空腹でまた来ないとは限らないからね」
あ、やっぱりヨシュアさんは受けること前提で考えてたね、これは。
キャリーさんの返答が消極的だったときも、誘う感じだったし。
「……わかりました、私にできることは少ないけど頑張ります!」
すごい一世一代の決意!って感じの勢い。
キャリーさんにとってはとても勇気のいる決断だったんだね。
「それじゃあ、これを受けます」
「はい、承りました……代表者のお名前をお願いします」
ヨシュアさんがケイティお姉さんに依頼を受ける旨を伝えると、手続き書類に署名……まぁ代表はヨシュアさんだよね、イネちゃんとしては誰が書いてもいい気はするけど。
そんなこんなでイネちゃんとしては始めてとなる依頼を受けたところで……。
「で、この森から半径2クロリール(2km)の範囲が今回の依頼範囲なのよね」
イネちゃんたちは街から伸びる南街道にほど近い森の前に立っているのでした。
あ、今のセリフはミミルさん。ちなみにあっちの世界の検問所がある森は北側の街道だから逆側だね。
「流石に範囲広くないかな、うん」
半径2km範囲ならそれほどでもないような感覚ではあるものの、5人のうち指揮はできるけど非戦闘員に当たる人がいるし、そもそも原生林に当たる森の哨戒を5人で全域カバーする時点であっちの世界ではありえないよね。前例がないわけではないけど。
「大丈夫よイネ、私は森の民であるエルフなのだから……お願い、教えて……」
ミミルさんが呟くと森の木々が一斉にざわめいた。
イネちゃんとしてはざわめいただけにしか見えなかったんだけど、どうやら何か起きてたみたい。
「うん、この地点から2クロリールの範囲にはいくつか大型肉食獣の巣があるみたいね」
「え、今の何!?」
ミミルさんの言葉にイネちゃんが驚くと。
「魔法よ、初めて見た?」
「森がざわめいたようにしか見えなかったけど、今のが魔法なの?私が助けられたときのドーンっていうのはなんだったのかな」
「あれも魔法……だけどとっさだったのでもう一度できるかどうか」
イネちゃんの疑問に答えたのは意外にもキャリーさんだった。
「へぇ、イネちゃんは魔法って学べる機会がなかったからちょっと羨ましいかも」
「まぁ人間の場合素養が必要だからそこはおいおい……あら、なんかこっちに寄ってきているような」
魔法って素養が必要なんだ……と今はミミルさんの言う寄ってきている何かに注意しないとね。
「少し街道に寄ったほうがいいかも、大型の生物が数匹近づいてきてるから」
「じゃあ皆街道のほうに行こう、魔法を使ったときのミミルの言葉は当たるからね」
ミミルさんとヨシュアさんが促すとイネちゃん以外が驚くほど早く動いた。
いや、そのこと知らないと普通に反応遅れるよね。
でもその一瞬の遅れがイネちゃんをピンチに陥れたのである。
「イネ!」
ウルシィさんが一番最初に気づいて、身を翻してこっちに飛ぶような感じに飛びかかってきたけど……。
それに反応してイネちゃんが振り返ると、おっきい熊さんが既に立っている感じでイネちゃんに覆いかぶさらんと威嚇していた。
流石に熊さん相手だとイネちゃんの現行装備じゃ分が悪いなぁ、とかむしろここまで近づかれた時点でショットガンくらいしかまともに対応できない感じなのに呑気に考えてると、ウルシィさんの飛び蹴りが熊さんの顔面に炸裂した!
イネちゃんより体格も体重も無いと思うウルシィさんの顔面キックは、熊さんに大ダメージを与えたようで勢いのまま倒れると、ウルシィさんはイネちゃんを掴んで走り出した。
「イネ、ぼーっとしないで!」
ウルシィさんの大きな声でハッとしたイネちゃんは、慌てて自分の足で走り出すと後ろの方から3・4回草をかき分ける音が聞こえてきた。
そういえばミミルさんは数匹って言ってたもんね、でも熊さんの速度から逃げ切れる気がまったくしないんだけどぉ!
補給した直後で使うには忍びないけど惜しんでたら抱えボムっていうし……熊さんに置きグレネードを敢行いたします!
そう思ったイネちゃんはマントのアタッチメントに保持していたお手製グレネード――ラメを貼り付けてとってもキラキラで可愛く仕上げました――の安全ピンを抜いて地面に落とす形で放した。
「ウルシィさん、前に飛んで伏せて!」
イネちゃんは叫ぶと同時に、指示した内容を自分でもやる。
イネちゃんが地面に伏せたタイミングで、置くように放したグレネードが爆発して周囲に爆発で着火したゲル状の燃焼材が巻かれる。
「よし、走って!」
今度はイネちゃん主導で呼びかけると、ヨシュアさんたちのところまで走った。それはもう全力で。
ここで悠々と爆炎をバックに歩ければ、すごーくカッコイイとは思うのだけどイネちゃんはまだそこまでの胆力はないのである、命大事に。
「到着っ!」
ヨシュアさんのところまで走って振り返ると同時にP90を抜いて構える。
正直なところP90の火力じゃあっちの世界の熊さん相手でも怪しい気がするから、うまいこと外皮の薄いところとか顔を狙わないといけないよねぇ、軽機関銃と考えれば貫通力はある方だけどやっぱりライフル弾を使うアサルトライフルには負けちゃうのは仕方ないけど、その分装弾数と取り回しは上だから一長一短だしね。
お手製の焼夷グレネードのおかげで熊さんは足止めできたみたい、これで迎撃態勢がちゃんと取れるね!まぁ遅れたイネちゃんが悪いんだけど。
「大丈夫?」
ヨシュアさんが心配そうに聞いてくる。
「反応遅れちゃってごめん、魔法って初めてだったしあそこまで早く来るとは思わなかったから」
「自然を舐めすぎじゃないの!?」
ミミルさんに怒られた。
でも今回は反応できなかったイネちゃんが悪いのは確かなのでここから本気だす。
「イネさんも爆炎魔法を……」
あ、キャリーさんがグレネードを魔法だって思っちゃったみたい。
大丈夫だよーこれ魔法じゃないからアイデンティティは守られるよー。
「キャリー!今は指示を!」
「え、あ、はい!ではヨシュア様とウルシィさんは前衛、イネさんを中衛とし私とミミルさんで後衛で対応してください!」
とヨシュアさんに促されて急いで指示をするけど、キャリーさんが言うより早くその陣形になっていた。
これはキャリーさんがどうとかいう以前に、お互いの役割をしっかり認識していて仲間への強い信頼があるからって感じがする。イネちゃんは初めてこのパーティーでやるお仕事なんだけどさ!
でもそれはそれで信頼してくれてるのかなーと思うのでちょっと嬉しいイネちゃんなのであった。
「でも熊さんって臆病じゃないんだねぇ、積極的」
「熊が臆病ってどこの話し!?肉食で獰猛だから人里近くまで来たのは積極的に駆除しないと家畜まで食べられるわよ!」
ふとしたつぶやきにまたミミルさんに怒られてしまった。
「あっちの世界でも熊さんは強いけど、慎重で臆病なくらいなんだよ。イーアのときは熊さんのお話は聞いたことなかったから、イネちゃんの熊さんイメージはあっちの世界のだよ、あっちでは雑食性でどんぐりとかも食べるんだよ」
イネちゃんは今回は説明をするのだ。
そして説明をしながら焼夷グレネードを避けて走ってきた熊さんに射撃を行う。
ピンポイント狙撃なんて直線で走ってくる熊さんくらい大きな的でも難しいと思うし、弾は気にせずにフルオートでいいよね。
イネちゃんが引き金を引くとP90からフルオートで熊さんに弾が飛ぶ。
座射なので軸が安定して、殺しきれなかった反動分のブレは目を瞑るにしても概ね全弾命中したんだけどー……。
「うん、予想通りあまり有効打にならないね。距離の問題もありそうだけど」
とは言えアサルトライフルの有効射程くらいで撃ったのだから、多少はダメージが入ってくれること期待はしたんだけどなぁ……。
イネちゃんがそんなことを思ってリロードをしていると、ウルシィさんが。
「ううん、多分結構効いてるよ。走る速度は遅くなってきてる」
と言ったのでリロードを手早く終わらせて、2射目を撃つ体勢に移って熊さんの方に視線を移すと確かに走り方がぎこちない感じになっていた。
「んーじゃあイネちゃんは後続を撃つので、その子は任せていいのかな」
「うん、僕たちに任せて!」
イネちゃんが聞いたらヨシュアさんが気合の入った返事をしてくれた。
男の子が任せてと言い切ったのなら、女の子としては立ててあげないといけないよね。まぁイネちゃんはそういう女の子に憧れてるだけなんだけど。
そういうわけなので、イネちゃんは公言した通り後続を走っていた熊さんに今度は指切りをしながら射撃をする。
さっきは全部叩き込んだけど、もしかしたらそんなに撃ち込まなくても大丈夫かもしれないと思い、イネちゃんはピンポイントショットをこともあろうにP90で試みるのであった。
しかしながら熊さんも仲間がやられたのを見て学習したのか、絶妙なサイドステップをしながら前進してくる、びっくりだよ。
回避自体はされていないのもの、狙った頭部には一発も当たらないのは流石にまずい、なーのーでイネちゃんは今度は予測射撃を試みてみるのだ。
「お願い!」
そして試みようとしたところで、ミミルさんが叫んだ。
お願いって何?もしかしてそれが魔法の詠唱だったりするの?
とイネちゃんが思っていると、狙っていた熊さんの少し前方部分の地面から石柱が盛り上がり熊さんが激突した。
「射線がっ!」
「もしかして完全に直線にしか攻撃できなかったの、ごめんなさい!」
思わずイネちゃんが叫ぶとミミルさんが謝って来た。
銃はまっすぐにしか飛ばない。イネちゃんは跳弾技術は未習得だから動かない事実なので仕方ないのだけど、謝られるとちょっと申し訳なくなるね。
石柱で射線が切れちゃったイネちゃんは、仕方なしに熊さんが左右どっちから顔を出しても大丈夫なように……と思ったけど更に後ろにいた熊さんを狙う。
ちょっと熊さんが固まりつつあるし、もうちょっと一箇所に固まったら炸裂グレネードをぽいっと投げちゃうかなぁ。
でもまだその状況じゃない、時期尚早なのでP90による射撃を、今度は熊さんが一箇所に集まるように誘導する形で牽制射撃を行う。
「煌々と煌く炎よ、我が呼び声に……」
今度はキャリーさんの声でなんだか壮大なフレーズが聞こえてきた。
あれ、こっちはちゃんと詠唱っぽい。
もしかして魔法っていろんな系統があったりするのかな?
「キャリー、大丈夫なの!?」
ミミルさんが驚いて聞くけど、詠唱は止まらない。
多分止められないんだと思うけど、イネちゃんは知識がないからまるでわからんぞ……。
「我が道に立ち塞がらんとするものに鉄槌を!」
壮大だったけど、詠唱自体は10秒くらいの長さで、最後は自信満々な感じに言い切った!
だーけど熊さんの周辺でいくつかの火がそれこそ『ぽん』って音を立てて破裂しただけで、イネちゃんが助けられたときみたいな爆発は起きなかった。
「……失敗、です」
あ、でも今の破裂音で熊さんが固まってくれたみたいだね。
魔法不発だったかもしれないけれど、結果的には問題無いくらいに固まってくれたからだいじょぶじょぶ。
そう思ったイネちゃんはすかさずマントからグレネードと、長い距離を安定して飛ばすためのグレネードピストル――市販のじゃなくてルースお父さんの自作品だけど――に装填して発射!ちゃーんとこのグレネードはお父さんたちの自作だからこのピストルと手投げの両方に対応しているすぐれ物なのであーる。
イネちゃんの発射したグレネードは、熊さんたちが大体固まった場所の少し上で爆発すると、その爆風で熊さんたちを地面に叩きつけた。
「貴重な弾さんだったけど、キャリーさんの魔法で絶好のタイミングになってくれたから使っちゃった。これでもう落ち着いて対処できるね」
「で、でも貴重なら私使わせてしまったことに……」
「でも熊さんは倒せるんだし、結果おーらいだよー」
爆風に巻き込まれた熊さんたちはもぞもぞ動いてはいるものの、既に機敏さを失った熊さんたちは、ヨシュアさんとウルシィさんに止めを刺していた。
それはもう容赦ない感じで、こっちの世界の熊さんはどんな存在なのかって思い知らされる感じがする。いやまぁ害獣扱いされたらあっちの世界でも容赦なく銃で撃たれるんだけどさ。
こういう経緯で、イネちゃんの初依頼は終わったのである。
まぁこれから熊さんの血抜きとか解体でそれも大仕事だったけどね、うん。
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