第10話 イネちゃんと晩ご飯

「熊がそんなに……誰かが襲われる前に駆除できてよかったです」

 イネちゃんたちが何匹いたかわかりやすいように熊の手をギルドに差し出すと、ケイティお姉さんが驚いた感じにそう言った。

 こっちの熊さんって、本当積極的に人を襲ったり……いや人だけじゃなく肉食なんだから大抵の動物を襲っちゃうのかな?

 そうだとしたら人が襲われなくても牛さんや豚さん、羊さんが襲われて大変だから優先して駆除していくって感じなんだろうね。

「ただ現地についた直後に襲われたので、依頼にあった哨戒はほとんどできませんでした……明日に持ち越してもいいでしょうか」

 ヨシュアさんがケイティお姉さんに聞いた。

 でも確かにそうだよね、依頼内容は2km範囲の哨戒……っていう名目の調査と害獣駆除だもんね。後者は熊さんの撃破で一応こなしているけど。

「むしろそんなに人里近くまで来ていた熊を事前に対処できたのなら十二分ですよ、流石街のほうで難しい依頼をこなしただけのことはありますね」

 ん、ケイティお姉さん何言ってるの。イネちゃんは初めての依頼だよ。

 ……いや、ヨシュアさんに対して言ってるのはわかってるんだけどさ、一体どんな依頼をこなしたんだろう。

 まぁそのうち聞けばいいよね、皆を見てるとなんとなく想像できるし。

「しかし丁寧に解体されたようで、皮のほうなんてすごく綺麗に熊ってわかるのがすごいですよね。頑張ってお値段付けますから待っていてください」

 ケイティお姉さんが両腕を構えるように前に持ってきて、よし!って感じに少し縦に振った。

 だけどイネちゃんは見逃さなかったよ、お胸を挟む感じですごく強調されていたのを。本当、大きい人はちょっとした動作がすごいよね。

「じゃあ僕たちは晩ご飯を食べていようか」

 ヨシュアさんが皆のほうに振り返ってご飯に誘う。

 もちろんお腹が減っているので断る理由はない。ないんだけど、支払いってどうなるんだろう。聞いたほうがいいよね。

「でもお支払いって割り勘でいいのかな」

 とイネちゃんが聞いたら。

「割り勘って何?」

 とミミルさんにキョトンとした顔で聞き返されてしまった。

 まずい、そういう概念がないのか……でも今日あった人に奢ってもらうのもなんか違うような気もするイネちゃんである。

「僕が支払うよ、出会いの記念ってことで」

 あぁ、ヨシュアさんはそういう人だよね、うん。

「んーだったらイネちゃんが半分出すかな、助けてもらったお礼に」

 さぁどうだ、イネちゃんとしては出会って24時間も経っていない人に奢ってもらう理由がない以上引けないぞ!

 イネちゃんのそういう気迫を感じ取ったかはわからないけど、ヨシュアさんが困った表情のままで。

「でも、ウルシィはすごく食べるから、半分ってなると結構……」

 うん、イネちゃんとしてはそこだけは心配。

 パンを食べた後に5皿くらいのお肉料理を平らげてたもんね、イネちゃんは多分2皿くらいが限界だから素直に凄いと思う。

 ただ、だからこそなのだ、だからこそお礼になる!

「うん、お昼の時片鱗は見てるから……20皿くらいで収まりますかね」

 でも少し及び腰になる辺りチキンハートなイネちゃんなのであった。

「そこまで覚悟は出来ているんだね……わかったよ、今日は僕とイネの二人で出し合う形にしよう」

 覚悟、完了……イネちゃんは少し控えめにしよう。

 イネちゃんが覚悟を決めながら、皆でギルド併設の飲食店のテーブルに座ると、ウェイトレスさんが注文を取りに来た。

「ご注文はお決まりでしょうかー」

 こっちもあっちも、こういうところはおんなじ感じなんだね。

 ただこっちのウェイトレスさんは、ギルドっていう公共施設併設の飲食店でも胸元を強調する感じの制服で生足ですよ奥さん。

 ボブお父さん以外が割と来たがってる理由はやっぱこれかなぁ、イネちゃんのお父さんたちはボブお父さん以外は独身だもんね、男の人だからこういうのが好きなのは当然。イネちゃんは理解のある娘さんなのである。

 そして今重要なことはそこではない、ディナーになる食事のほうが重要なのだ。

「えっと、メニューみたいなものはありますか」

 イネちゃんの『メニュー』という単語にウェイトレスさん……だけじゃなくヨシュアさん以外の3人も止まる。

「えっと、こういうお料理が出せますよーっていう一覧が書かれたもののことで」

 イネちゃんは色々察して追加で説明すると、ウェイトレスさんは納得した顔をしていっぱい頷いてから。

「あぁ、こちらになりまーす」

 メニューって言葉がわからなかったんだね、英語だもん。

 でもケイティお姉さんは割とあっちの言葉も理解してくれてるんだよね、やっぱ長いことギルドとかでお仕事すると自然とわかっちゃうのかな。

 でも今重要なのはそういうことじゃない、ご飯だ。

 羊皮紙……じゃなく植物繊維から作られた紙に書かれたメニューには、大半がお肉料理。一応お野菜メニューもあるけど、この辺は内陸地なのかお魚はない。

 ならばイネちゃんとしては概ね決めてある。

「今日のお肉盛り付け定食をお願いします」

 さて、狼さんか熊さんか……もしくは別のお肉か!とっても楽しみで上がったテンションを抑えきれない感じに注文をした。

 後は皆が注文をして、お料理がくるのを待つだけ……。そう思っていた時期がイネちゃんにもありました。

「……これとこれと、あ、これも!」

 ウルシィさんが絶好調に頼みまくって中々注文が終わらない。

 いや、ある程度は予想していたけどね……。

 結局ウルシィさんは15品、他の皆は1品なので合計19皿の注文になった。

 時間、かかりそうだなぁ。


 うん、やっぱり時間かかちゃったね、当然だよね。

 そして予想通りテーブルに料理が入りきらないっていう、漫画とかでお決まりな現象を目の当たりにしつつも、全員の注文した料理は一応来た。来たはいいんだけど。

「うまうま……」

 ウルシィさんが既に注文分の半分を食べきっている。はやい。

 このままだと他の人の分もうっかり食べてしまいそうなので、イネちゃんは自分の分をしっかりと美味しくいただくことにする。

「いただきまーす」

 こっちの世界で、いくら奇異な目で見られようともお料理になった材料さんやお料理をしたコックさんに感謝を忘れちゃいけない。ルースお父さんはお祈りするけど。

 うーん、見事に焼かれたお肉を見ただけじゃなんのお肉なのかわからないなぁ。

 まぁイネちゃん、牛さんと豚さん、鳥さんに羊さんと魚さん辺りしかお肉食べたことないけど。七面鳥は鳥さん。

 とにかくお腹も限界なので、左手のフォークでお肉を抑えて、右手のナイフでお肉を切り分ける。

 そして小さく切り分けたフォークに刺さったお肉をお口に入れると……。

「うん、ちょっと獣臭い♪」

 これはイネちゃんが今まで食べたことのあるどのお肉とも違うね、それは確実。

 となると狼さんか熊さんか、それが問題かな。

 正直なところ、イネちゃんはどっちの味や噛みごたえは想像できない。

「狼と熊、両方美味しいね」

 ウルシィさんが満面の笑顔でそう言う。

 あ、やっぱりその2種類が中心なんだね、でもどっちも筋肉質だから硬いと思うんだけど、結構柔らかい感じで程よく噛みちぎれる絶妙な食感。味はやっぱり獣臭さが残ってるけど。

 こっちの世界は塩コショウをはじめとした香辛料が貴重で高級品だから致し方ないけど、この獣臭さがうまいこと消せたらイネちゃん的に好きなお料理になりそう。

 備え付けのお野菜はコーンと……あっちには無い豆かな。

 この地域の主食はお米なのはイネちゃん的にグッド、玄米だけどむしろヘルシーな感じで栄養バランスに優れるし。

 流石定食メニューだね、なぜかこっちの世界にもそっと備え付けられたパセリさんは苦いけど、立派な毒消しとしてのメニューなのでイネちゃんはもしゃもしゃと頂く。でもやっぱりこういう定食なら最後に食べるのはパセリさんではなく、お肉だよね。

 正直なところ、獣臭さはあったものの味はしっかりとしていたから、貴重なお塩とかはふんだんに使われているメニューなんだと思う。獣臭さは素材の味と言い換えられなくはないし、噛みごたえを含めた食感は絶品だったからイネちゃんとしてはまた食べたくなる一品だったかな。

 さて、イネちゃんの頼んだ定食は全部食べ終わった、それなら次にやることはひとつ。

「ごちそーさまでした」

 コックさんありがとうございました、美味しかったです。

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