scene86*「思い出」


「あ、うちらの卒業アルバムはもちろん持ってくから」


電話口で、恥ずかしそうに笑った声。

それだけでも私を嬉しくさせた。



【86:思い出 】



元彼と都心の駅ホームで偶然会って会話が弾んで、そんで高校の同窓会でもまた会った。

そしてその時にお互い「やっぱり好き」と確信して、私たちは再び付き合い始めた。


つまりはヨリを戻したわけで、ゼロってわけじゃないけど一番最初から始めようか。そういう気持ちでいる。

それでもって、二人の年齢も考えていっそ同棲してみようかってことになった。

今日はいわゆる「引越し日」だ。



多少高くても日当たりのいい部屋がいい!って私がワガママを言って、お部屋を二人で頑張って探し、たどり着いた「我らの城」 は立地も状態も文句なしの良物件。

引越し屋さんが去った後に、さっそく部屋を作るか!って意気込んでみたものの、なかなか片付かないダンボールの山。

生活するに最低限な家電とベッドとカーテンの設置はとりあえず早めに終わらせて、今はとりあえずしまえそうなものから手をつけている状態だ。


「ねぇ、これどこがいいかな」

「んー。あそこらへんでいいんじゃね?」

「了解ー。あ、これはサイドボードに入れとくね」

「おー。これは……」

「あ、それはあっちの棚にしよう」


何だこれ。以心伝心?

久しぶりとは思えないくらいに息がピッタリだ。

とにかくずーっと作業していて……日が暮れはじめる。

お腹もすいたし、ちょっとそこのコンビニまでお弁当買ってこよう。

あ、でも近くに美味しそうな居酒屋あったし、ささやかな引っ越し祝いにしてもいいかも。

もうこの初日で全てが片付くわけないんだし。


「ごはん、食べにいかない?」

「晩飯、食いにいかねー?」


何というタイミングに思わず噴き出してしまった。2人して顔を見合わせて笑い出す。


「行こっか」

「そだな」

私たちは、財布とケータイと鍵を持って、いい歳ながらも手をつないで玄関を出た。


歩いている途中に何となく考える。

どうして私たちは別れたんだっけ。


そうだ、お互い環境が変わって遠恋になって、すれちがいが多くなったからだ。

それで私はノブのことが分かんなくなって不安で泣く事が多くなった。

ノブもそんな私にどうしていいか分かんなくなって……11月の寒い雨の夜に「俺ら、別れよう」 そう言われたんだ。


会いにいけるほど近くもなく、お金も無く、時間も作れなかった結果。

だけど、嫌いになって別れたわけじゃなかったから、あの頃はしばらくの私は元気なかったなぁ。

その後は恋愛がなかなか出来なかったし、出来てもうまくいかなかった。

いつも心のどこかで、ノブを求めてしまってた。


一緒にいても離れていても、やっぱり私にはこの人なんだ。


そう思い出したら、繋いでる手が不思議なように思えた。

隣を見ると大人になった、大好きなノブの顔がある。

やっぱり不思議な気分だった。

そんな私に気づいてか「何?」とノブが笑ったことに、何だかキュンとなる。


「んーん。なんか、うれしいなって」

「なんだそれ」


そう言って笑った。

すごく好きな気持ちで、いっぱいになる。

やっぱりこれだよ!って風に心が満たされるってのがすごくわかる。

繋いだ手が、あったかい。


「あ、すげー夕陽きれい!」

「ほんとだ!夕日見るの、久々かも……」

「そうなの?俺、普段でも何となく気にして、見て癒されてるタイプ」

「じゃーあたしもそうしよっかな」

「真似っ子め」

「良い所は学ばないと!」


そう、いつも私の気づかないところを、ノブは気づいて教えてくれる。

夕陽を前にしたノブの笑顔が、すごく嬉しそうで、私も嬉しくなる。


「だいすき」

「え?」

「なんでもなーい」

「聞こえてたよ。……俺も同じ、だし」


嬉しいことがたくさん重なると幸せに繋がるんだなって心から思う。

その証拠に、ノブが嬉しい顔すると私も自然と嬉しい顔になって幸せな気分になる。

幸せとか嬉しさって共有するともっと嬉しい。


叫びたいくらいに幸せだけど、その幸せな気分を自分だけの中に閉じ込めて浸っていたい気持にもなってしまう。

繋いだ手から私の今の幸せがノブに伝わればいいなぁ。


昔のことも、今日のことも、二人笑い合って話せる日が続けばいいと思う。

今この瞬間はすぐに思い出になってしまうけれど、どうせ思い出を作るなら楽しい思い出を増やしたい。

大好きな彼と、ずっとこの先も歩いて行きたい。


手にほんの少し力をこめると、それ以上にぎゅっとしてくれて、私の心はもっと「ぎゅっ」となった。




( 素敵に一日重ねていって年をとれたらいいね。 )

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