scene81*「裏切り」

もし、そんなようなことやったら、あたし包丁もちだすかも……



【81:裏切り 】




「ただ “生理が遅れてる。デキてたらどうしよう”って」

「ふーん」


「ただそう言っただけなのにその彼氏ね、メアドも番号も変えて姿くらましたんだって」

「最悪な男だな、そりゃ」


「まだデキた訳でもないのに、そう言っただけなのに、だよ」

「んで、結局そのまんまなんか?」


「うん。もうそれ以来、その子男性不信になっちゃった。酷くない?それとも男の子ってそうしちゃうの?逃げちゃうの?」

「人によりけりじゃねーの」


「男って逃げるだけなら簡単じゃん。女の子はそういうこともできない。やっぱり、自分が妊娠するわけじゃないからそうできるのかな。ダイはどう思う??」



一体なんでこんな話になったんだ。


あ、ただの友達の話でこういう流れになったわけか。

彼女との放課後デート。

目の前にはドーナツとアイスティー。俺はジンジャエール。それなのに話す話題は殺伐としている。


一つのテーマで話していたはずなのに、連想ゲームのごとく色んな話題にジャンプするというのは、女子と付き合うようになってビックリしたことの一つだった。


男とは違う話の二足飛びの展開にはじめは目を白黒させて、一つ一つ真面目にアドバイスしていた。

けどそれは正直頭が疲れたし、後で女の子に言われたけれどアドバイスなんてのも野暮だったらしい。

ただ女の子はその話題に対して「ただ聞いてほしい」だけなんだそうだ。

なぁんだ、という肩透かしな気持ちと、女の子の話題のアンテナってすごいなぁと感心してしまった。


だから正直、彼女には悪いけど話半分に聞いていた部分があったので、今みたいに最終的に意見を聞かれると内心「まずっ」という気分になる。

けど俺の返答を待たずに目の前の彼女はバクバクとドーナッツを食べる。

それを見て、小さい体でどんだけ食うんだと思う。

昼飯なんか一体どんくらい食ってんだか想像もつかない。


俺は彼女と同じ学校じゃないから、放課後とか休みにしか会えない。

まぁ、女子校だから男の陰は逆に安心してるんだけど、彼女と付き合ってからは女子校へのイメージが見事に崩れた。こっぱみじんなほどに。


そんなことを思ってる俺をよそに、彼女はアイスティーのストローをくわえている。

こうしてると、正統派美少女って感じなんだけどなぁ~。


ブレザーの制服に、胸元には赤いリボン。チェックのプリーツスカートからはすらりと見える足。

染めてるでもない天然のこげちゃの髪は肩下まであるサラサラのロング。

前髪からのぞく、ぱっちり二重の瞳に長い睫。

中学時代の友達からの紹介で出会った。はっきり言って俺の一目惚れ。

ダメもとでアタックしたら意外とすんなりOKしてくれて、あっという間に付き合って4ヶ月。

しかしながら、彼女に対してハッキリ断言できることがある。


『見た目と中身は余裕で相反する』


そうなのだ。

彼女の性格は見た目に反して結構「男っぽい」

それと女子校ってのはきちんとしてそうなイメージあるけど、そうでもない。

彼女曰く、どうやら男子がいないと心の開放度がはんぱないらしい。

ちょっとだけ口が悪くサバサバしているところがある。

果たしてその理由が女子校だからなのかは謎だけれど。


「あたし、そいつマジでぶん殴ってやりたいよもう!」

「まぁ、最低な男には違いないな」


彼女の趣味は野球観戦でプロ野球中継を見ること。関東人だけど阪神のファン。

好きなもの食べ物は……塩辛とせんべい。甘いものも好きだけど激辛も好きらしい。

未成年だからまだ分からないけど、家族全員酒豪らしいからおそらく彼女もそうだと思う。

あと、時代劇も好きって言ってたな。

おじいちゃん子なうえにファザコンらしい。


「……ダイは、もしダイだったらどうする??」

「え?」

「もし、あたしがそう言ったらどうするかって聞いてるの」


まっすぐと俺を見る目。

まるで心を鷲掴みにされて動けなくなった気分だ。

しかし悲しいかな、俺はこの勝気な目が好きなんだ。


「俺は……」

「俺は??」


もし、子供ができたら……?

学校は?将来は?金は?


そもそも無事に産めるのか?命がけって言うじゃん。

そもそもそんな事になったら、こいつの爺ちゃんと親父が黙ってないだろう……殺されるんじゃないだろうか。

でも実際問題考えて……堕ろすってなったら、絶対にお互いが傷つくしその先もずっと一緒にいることなんて難しいような気がしてしまう。


「まだ、俺たちからしたら実際の話じゃねぇし、現実味が感じられねぇけど……お互いの事や家族も考えて、正直に話したいとは思ってる。どうしたらいいか、何がお互いの未来に一番いいのか、考えて話し合う。かな……」

「……そっか」


言葉少な、テンション低めに頷いた彼女の反応に少し不安になってドキドキしてしまう。


「……え、もしかして俺なんか変なこと言った?」


「ちがう。もし、わかんねぇー、とか、知らないとか。そんな無責任なこと言ったら、どうしようかと思った。それに私だって今言ってて実際の話じゃないから、あんまり現実味ないしね。でも好きになった男が『わかんねぇー』で終わらす奴だったら、どうしようかと思ってた」


「俺、そんなふうにテキトーに付き合ってるわけじゃないんすけど?」

「あはは。ゴメンゴメン。でも、もしそんなようなことやったら、あたし包丁もちだすかも……」

「えぇ!!!??」

「あ、これはたぶん、ホント。あぁ!!もうこんな時間!帰んなきゃ」

「何かあんの?もしかして帰りが遅いとかオヤジさんから何か言われた?」


まだそんなに遅い時間じゃないのに何事かと思う表情と言葉だったから、思わず心配してしまった。

そんな俺の心配をよそに、彼女はこう答えた。


「今日は鬼平犯科帖の再放送スペシャルなのっ!!!」


もう一度言う。

女の子というものは、見た目と中身は余裕で相反する。





帰り道、駅まで一緒に歩きながら彼女が言った。


「さっき、テキトーに付き合ってるわけじゃないって、結構嬉しかったよ」

「照れくさいから言うなって」

「やだ。言うもん。んで、ちょっと本題。さっきの言葉は本物だよね勿論?」

「そうだけど……な、何?」


いざそんな風に言われるとドギマギしてしまう。

俺の緊張をよそにキッとこちらを見た彼女。うっ、怖いけどちょっと見蕩れる。


「今週末、うちのパパと会ってください!」

「えぇ!!?」


俺はだいぶ素っ頓狂な声をあげたかもしれない。


まぁ、いずれ挨拶はしなきゃって思ってたし……それにいつか彼女ができたら「お嬢さんとお付き合いさせていただいております!」ってやつ、一度言ってみたかったんだよなぁ……って今現実にそうなるんだけど!

いや、たしかに……そうなんだけど……たしかパパって警察官に柔道とか教えてるって聞いたような気がする。


「彼氏ができた事パパにまだ言ってなかったんだけど、日曜のデートとかでパパが気づいちゃったらしくて……それでもし良ければうちに遊びに連れておいでって昨日言われたんだけど……」


そういう事か。


やんわりとした言葉の中に「うちのお嬢と付き合うどこぞの馬の骨の品定めをしてやろうじゃないか」という意識がビシビシ感じてとれる。


できればこのまま長く付き合って、いつかは彼女と結婚できたらなぁなんて青臭い夢を思ってるけど、それにはまず彼女の父親が一番の理解者なのが理想だ。

もちろんテキトーな恋愛じゃないし、むしろ俺が一目惚れ。後ろめたいことなんて一つも無い。

第一、二人はどこまで進んでるって話も正直キスまでしかしてないし!

たしかもうちょっと進めそうな時もあったけど、あんときは確か…… 。

「特番の剣客商売は、家でおじいちゃんと見るのが通例だから、今日は早めに帰る!!」って、帰られたんだけど……。


可愛い顔で、中身がオヤジくさくたって、そこが味に思えてきたこの頃。

目の前で笑う彼女がやっぱり可愛いと思う気持ちも本物。


たぶんどころじゃなく、絶対に裏切れないな。

それくらい彼女にベタ惚れな自分。


見た目と中身が余裕で相反する彼女を、どこまでも愛している。青臭い子供なりに。

それを分かってもらおうじゃないか。


「オヤジさんに伝言お願いしてもらっていい?」

「えっ……」


俺は自然と、首を縦に頷いて言った。



「お手柔らかにお願いしますって」




( 本気で好きなら、俺よ、男をあげろ。 )

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