scene75*「野生化」
今はこんなに可愛いのに、ワイルドになってっちゃったらどうしよう。
……まぁそうなっていきそうだけど。
【75:野生化 】
時刻はもう夜の7時。そろそろ彼が帰ってくる時間だ。
お風呂の準備はもちろん、お味噌汁もご飯も焼肉のたれを絡めた豚肉の焼肉も、ポテトサラダも煮物も準備オッケー。
私は雑誌をめくりながら、はじまったばかりのゴールデンタイムの番組を眺めた。
するとタイミングよく、ケータイの着信音がして送信者の名前をみるとやはり彼だった。
≪今から帰るv(>∀<)≫
この絵文字を見るといつも、若いなぁ、とふけってしまう。
15分後から明日の朝まで賑やかになるんだろうなぁ。
そう、今日は週に1回だけの私の家でのお泊り日。
なぜ週1なのかは、彼は社会人ではあるけれど未成年だからという理由。
高校中退したと思ったら、今は土建業でとび職として働いている。
まぁ留年もしてるから高2で中退したとはいえ、既に18歳だから青少年育成ナンタラには大丈夫だと思うけれど、さすがに5歳も離れているとなるとオカン的目線になってしまう。今ですら騙されているかもしれないと思うのだ。
18歳なんて言ったら同い年ぐらいの女の子とイチャコラしてるのが 一番楽しいだろうし、若い子のほうが喜んでエッチなことも受け入れてくれるだろう。
……そう、最後の最後まではOKしていないのだ。
そんな時、インターホンが鳴った。そして私が出る前にドアが開いて「ただいま~!」と、まるで小学生が遊んできた帰りみたいな声がした。
「おかえり。お疲れ様。お風呂はいっといで」
「せっかく4日ぶりに会えたのにチュウしてくんないの!?」
「ガキがオヤジみたいなこと言うな!風呂入ってから言いな!」
ピシャッと言うと、ぶーたれながらも脱衣所に入っていった。
さっさと脱いで風呂に入ったのか、仕事着が裏っ返しのまんまで、おまけにポッケに何でも入れるから小銭だのライターだの(!)を出さなければならない。
やってることは母親と同じだよなぁと思う。
あんまり子供扱いするのは悪いと思いつつ、まだまだ子供なのに頑張ってるのが分かるから汗と土と埃まみれで汚くなった作業着を見るのは愛しい。
自分って世話焼くのは意外と嫌いじゃないということを、彼と付き合い始めてから分かった。
私は衣服やタオルやらを洗濯機に放り投げると、スピーディーのボタンを選択する。
洗濯機は水音とゴウンゴウンという音が同時にして、まるでやや獰猛な生き物のようだ。
すると彼がいつものようにバスルームから話しかけてきた。
「あ~~~。まじ風呂気持ちいいっす~~。寝ちゃいそう」
「風呂で寝たらそのまま死ぬよ」
「ナオミも一緒に入ってくればぁ?」
「やだよ。だってあんたすぐ触ってくるから」
「当たり前じゃん!」
「このエロガキ!私はもう入りました!」
風呂のドア越しにするやり取りも好きだ。
そうして、ちょっと浸かるとすぐ熱いって出ちゃうんだからカラスの行水だ。
「ご飯よそうけど、いっぱいでいいね?」
「へーい。ありがと~」
気持ち良さそうな返事を聞いた私は風呂場から離れ、ご飯の準備をするのに台所へ向かった。
「でさぁ、タカさんが貢いじゃって皆で心配してんだよ」
「ひゃー。でもその子、出稼ぎでキャバクラなんでしょ?いつか国帰っちゃうんじゃないの?」
「いや、タカさん結婚する気だって」
「まぁ本人たちがシアワセならいいんだろうけど」
ご飯を二人で囲んで色んな話をする。
相手が仕事を始めてから恋人同士になったので、当然職場の人の話が多い。
元々私は人の話を聞くのは好きだし、話をするときの顔が何だかんだすごく楽しそうだからずっと見てたいほど。
作った料理もあっという間に平らげて、さらに冷凍のシュウマイもあっためたくらいだから、もしかしたらあんまりお昼がとれなかったのかもしれないなと思った。
ご飯のあと、彼はゴロゴロしながらテレビを見る。
歯磨きもいつの間に済ませたのか、ウトウト眠そうにしていた。
「やべ、ねむくなってきた」
「いいよ。先に寝てな。明日も早いんだから」
「せっかくナオミと一緒にいるのに、もったいない。まだ寝たくねぇな」
そんな可愛いことを言われてしまうと抱きしめてキスしてあげたくなってしまう。
けれど、そんなことをしたら私のほうが歯止めがきかなくなりそうなのでグッと抑える。
もう18歳になってはいても、やっぱりブレーキかけてしまう。
当然彼よりも私のほうが年齢の事を気にしていて、またそのコンプレックスを彼はちゃんと分かっている。
それで何度も喧嘩したことはあるけれど、いっぺんも「別れよう」なんて切り出してはこなかったから、そういう部分で彼を信用している自分がいる。
「洗濯物畳んだら私も寝るね」
「うーん……」
彼がごろりとベッドに横たわる。
坊主頭にスウェットなんか着てると、本当にヤンキーにしか見えない。
そんな彼の好きなものは予想通りにエグザイル、マンガのワンピース、好きな言葉は「絆・仲間」だから余計に期待を裏切らない。
今はこんなに可愛いのに、職場の先輩につられていかつくワイルドになってっちゃったらどうしよう。
まぁそうなっていきそうだけど。
……まさかこんな関係になるなんて、出会った頃は思いもしなかった。
前のバイト先によく来ていた高校生だった。
今の時代に学校を辞めたと思ったら作業着姿で現れて、人懐っこい笑顔は相変わらずでやんちゃで可愛いなと思っていて接してたら、愛の告白をいきなりしてきた。
当然、最初は本当に子供にしか思えなくて、悪い冗談だと思った。
けれど何回も何回も来ては「貴方のこと本気なんです」って一直線に言われて、とりあえずってカタチで交際がはじまったわけなんだけど……
洗濯物をたたんで、明日の朝ごはんの下ごしらえを済ませてから ベッドを見ると、彼はすっかり寝入ってしまってたらしい。時刻は11時にすらなってない。
すごく疲れてるんだろうなぁ。
口を半開きにしてる寝顔は本当にあどけなくて本当のお母さんみたいな気持ちになってしまう。
頑張ってるんだよね。
動かすのが忍びないけれど、ベッドを占領されては私が寝られないので、端っこに寄せるとうーん、と唸ってまた寝てしまった。
電気をそっと消して、添い寝する。
いつもならこんな時間に眠くならないのに、彼がくると一緒に眠くなってしまう。私の安眠材料だ。
彼が身を粉にして働くのは、学校が嫌になって辞めただけでもなく、
ただお金を稼ぎたいわけでもないのを後になってから知った。
家族の為だ。
「結婚っつーか、嫁にするのはナオミしか居ないって思ってるから、ナオミとの結婚のために稼いでるだけだって。マジで。あと免許もとりたいし車も乗りてーし!」
そんな風に調子良く言ってるけど、本当の一番の理由は家族の為。
暗いことはあまり言わない彼だけれど、何度かちょっとだけその話に触れたことがある。
彼はすぐ誤魔化したけど、お母さんと中学生の弟と小学生の妹を大事に思ってるということは伝わった。お父さんはずっと前に出て行ったきりらしかった。
それに比べて私は何にも背負ってないなぁ。
そう思うたびに、年下のこの子がグッと大きな男に見えてしまう。
そしてキスして頭を撫でて抱いてあげたくなる。
思い出していると、モソモソッと動くのがわかった。
「ナオミ……?ごめん、俺寝ちゃってたぁ~……」
「いいから。私ももう寝そうだし」
「寝ちゃうの?」
「寝ないの?」
すると、ふふっと可愛く笑って彼が言った。
「いや、ちょっとエッチなこともしたいなって」
「エロガキ」
「成長期、成長期」
あ。とつぶやいてしまう。
触られた背中がザワザワして、必然と背中にまわした私の腕がきつくなっていった。
やっとするキスも、吐息も、指の滑らせ方だって全部私が教えたものだけれど、オトコになったなぁと思う。
なんか悪いオネーサンと思われそうだ。 そう思うたびに体の奥が熱く疼いてしまう。
もうそろそろ、我慢するのはやめようか。 だってもうすぐ──……
「いいよ」
「なにが?」
「御解禁」
「……といいますと」
「ちょっと早めの誕生日プレゼントだからね」
腰に手を滑らせて、グッと私に密着させる。
あぁ、熱いなぁもう。若いなぁもう。
私は悪い女だなぁ。
「ナオミさん。ヤバすぎ」
正直、その後はあまり覚えてない。
だってあんまりにも翻弄されすぎたから。
あぁ、若いって本当に疲れ知らずだなぁ。
そんなんで明日仕事になんの?と息も絶え絶えに聞くと、ぴかぴかに輝くような笑顔なんだから、もしかしてとんでもない事を許してしまったのでは……と、思ったには遅すぎた話。
( 先の事を考えるのはとりあえずやめといて、ぐっすり眠るあどけない顔にキスをした。 )
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