scene13*「月」
本当はずっと好き、だったんだよ。
でもね、いえなかった。
【13:月 】
高校の同級生だったナオキと会ったのは本当に久しぶりだった。
「あれ、お前こっちに帰ってきてたの?」
「偶然じゃーん!そうそう、大学卒業してこっち戻ってきたんだ!」
再会したのは地元ショッピングモールの中にある本屋。
ナオキとは高校2、3年生の時に同じクラスだった。
結構仲良くやっていてたくさん遊んだりしたけれど、当時のナオキにはくりっとした目の可愛く小柄な後輩彼女がいた。私はその彼女ちゃんとも仲良かったんだけれど、本当の気持ちはナオキのことが少し好きだった。
高校卒業して、ナオキは地元の大学、私は地方の大学に進学。ついこの春に卒業して、恥ずかしい話、私は就職が決まらなかった。
就職浪人するにも両親はいい顔をしなかった。というのも実家が商売をやってるもんだから、人手も足らないのもあって「家に戻ってきなさい」って母親の言葉に思いっきり甘えてしまったってのが本当のところだ。
どんだけ甘ちゃんだよ!って言われるのもちゃんと気づいてるだけに心は痛むけれど、私が家に戻ってきて安心してる両親の顔見たら、こういう道もありなのかなぁって思ってしまう。
ナオキのほうは地元で就職したらしく、会社近くに部屋を借りて一人暮らしをしているみたいだ。
ナオキと偶然会ったついでに、立ち話もなんだからちょっとお茶していこうとなった。
穏やかな土曜日、季節は初夏をちょっと過ぎた頃だった。
「へぇー。んじゃ家にいるんか」
「大学まで出してもらっていい年して恥ずかしいよねぇ……まったく」
ナオキはアイスコーヒーを一口飲んだ。私はアイスティーをオーダーしていた。
氷の入ったグラスは汗をかいていて、既にコースターをしっとりとぬらしていた。ついついもう一口飲んで喉を潤す。やけに喉が渇いてしまう。バレバレかな。
「ナオキは仕事どう?」
「やっと慣れてきたとこだけどな」
そういって苦笑した。
あぁ、変わらないなぁこの笑顔。
ちょっと困ったふうに笑う感じが、すごく幼く思えて、私はこの時の顔がすごく好きだった。
このときの顔が好きで、ずっと見ていたかったから友達を続けた。
もうこっち帰って来てたのに会わなかったのが珍しいねとか、高校の時の事とか、大学の時どうだったとか最近何があったとか、誰がもう結婚したとか色んなことを話した。
「そういえばナオキ、ユカリちゃんとは卒業してからどうなったのよ?」
「あぁ、ユカリ? う~ん、やっぱさ、俺が大学行ったら自然と高校生とは生活が違っちゃうっつーか……大学地元だけど、大学の友達とかサークルとか優先になっちゃって、だんだんユカリとうまくいかなくなっちゃったんだよね。まぁ、俺が悪いんだけど……」
お互いの環境が変わっての自然消滅なんてよくある話だ。例に漏れず大学生のナオキと高校生のユカリちゃんカップルもそうだったようだ。
「ホラ、あいつ寂しがりじゃん。だから、振られたっつーか。俺も好きだったけど、あのまま付き合ってるほうがユカリにも悪い気がしたし…俺も話し合おうとしなかったからよくなかったんだけど」
「そっか…高校生からしたら会えない1年って長いもんね…色々あるわけだよね…。今は?」
「付き合って2年の彼女がいるよ。同じ大学のサークルの」
ちょっと照れながらも、幸せそうに笑った。
照れ笑いするときに鼻を触る癖、変わらない。そんなとき、今更ながら右手薬指に指輪を見つけてしまった。
わかってたことだけどちょっとあたしの胸は痛んだ。チクッて。
「そーゆーお前こそどうなのよ?え?オニーサンに言ってみなさい」
「ふっふっふっ。あたしは付き合って3年目がいるのさ。 あんたよりは長いわよー。でも向こうの大学の人だったから遠恋」
そう、私だって実は恋人がいる。だから傷つく資格も無い。
今の彼氏だってすごく好きだし、ちょっと早いけどでも家庭をもし持つなら、やっぱり今の彼氏しか考えられない。
だからナオキはただの「淡い片恋」でいい。今の彼氏は「心からの愛情」だって確信してる。
「遠恋かぁー。連絡はまめにとんねーと駄目だぞ~」
「それって脅し?」
「助言だ助言」
「なんだかなぁ~」
気がつけば2時間以上もそこの喫茶店に居座ってた。時計を見たら6時をすぎてしまっていた。
「ナオキ、時間大丈夫なの?ごめんね、なんか長話になっちゃった」
「別にいーって。俺も今日暇だったし。 もしお前が大丈夫なら時間も時間だし、これから夕飯にいくか?」
「うん!今日あたし休みもらってる日だしちょうどいいかも」
「んじゃ行くか」
そう言って喫茶店を後にした。
地元だったから歩きで居酒屋まで行く。地元は海が近くでお店の窓から海が見えた。
陽が落ちるのが遅くなったから、久々に海に沈む夕日を見れて気持ちが和んだ。
そこで焼き鳥やら焼きうどんやらビールやら色々頼んで、いつもよりお酒が早く回るのを感じた。気持ちのいい酔いだった。
「あ―――――――!!!きもち――――――っ!!!!!」
「うるせ―――――!酔っ払いが!!」
「お酒さいこ――――――――っ!!!」
居酒屋が海岸沿いにあるから、酔い覚ましということもあって砂浜を歩いた。
耳によく馴染んだ海の音が聞こえる。周りにはだれもいなくて気持ちがいい。
あんなに昼間は熱かったのにな、すごく涼しいんだ。
「……なんかここにくるのってすげー久々かも」
ナオキがしんみりと言った気がして、その声がやけにクリアで私はふと我に返った。
「来そうで中々こなかったりするもんだからね……でも私はよく学校帰りに寄ったよー。チャリ通だったし」
ここから見る夕日は本当に綺麗で、その度に自分の恋が切なくて苦しくなって、何度も「もう想うのはやめよう」って想った。
なのに心は言う事をきかないものだから、結局その繰り返し。
波の音が私を落ち着かせてくれるようで好きだった。 その時想ってた相手と私は、今ここにいるなんて変な感じだ。
満月をちょっと過ぎた月は、ほんの少しだけ欠けていた。
海と風の音しかない世界。静かすぎる。でもそれがとても自然に思えた。
「あたしたち、もう大人なんだね……」
「そうだな。早いよな」
「高校生に戻りたいなぁー」
「コスプレになるぞ?」
「もう!違うの」
だって、あの時の私だったら、もしナオキと一緒だったら。
好きっていってしまえたかもしれない。
私は最低だ。
今の彼氏が好きなはずなのに、こんな気持ちになるなんて。
どこかでふんぎりがついてなくて、ずるずる好きでいて。たまらなく、悲しい。
戻りたい、戻りたい。
戻れない。戻れない片恋。
好きってずっと言いたかった。
本当は言いたかった。
「……歩けない……」
「え?」
「気持ち悪い」
「飲みすぎたか?」
「そうかも」
違う。もう酔いはさめてる。悲しくて歩けないだけ。
私は、私たちはあの時にもう戻れない。 そう気づいたら足が動かなくて寂しくて悲しくて。
(すき)
(やっぱりすき)
(今の彼氏とかそんなん考えなくて、すき)
(だいすきなのよ)
「お~い、大丈夫かよ?」
完全にしゃがみこんでしまったあたし。ナオキは多分困った顔をしているだろう。
「しょうがねぇなぁ。ホラ」
ナオキは私におぶるように言った。私は「うん」とそのまま素直におぶさった。
初めてこんなに近くに触れた。ナオキの背中はあったかくて、細身のくせしてやっぱり「男」だった。私の好きだった人の背中。ずっと好きだった人の背中。
「ごめんね」
「いーって」
私は月を見た。満月じゃなくなってる月を。それが余計に気持ちを寂しくさせた気がする。
さっきよりやけに光が眩しいなって思ったら頬に雫が伝わった。
海の音とすりぬける風がけっこう冷たくて、泣いてるのにも関わらず私の意識は結構冴えていた。
「また飲もーぜ。今度はお前の彼氏連れてこいよ。な?」
私はコクンと頷くだけだった。
好き。
そのたった一言が言えなかったのは、本当に大事だったから。
私に無邪気に笑いかけてくれる笑顔を、失いたくなかったの。
好きだった人の背中で、静かにポロポロと涙を流し続けた。
( ずっと、こうしてみたかったの。 )
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