scene8*「マグカップ」
がーん。
やってしまった。
【8:マグカップ 】
思わずそう呟いてしまった。
腹水盆に返らず。 落として割れたマグカップも元には戻らず。
「うわぁ~~~~!!ケンちゃんに買ってもらったやつなのに!!」
私はしゃがみこんで、破片と欠けたカップを手に取った。
割れた断面図を確かめてみる。さすがにこれを修復して使うのは無理があるし、子供の工作じゃあるまいし接着剤でくっつけて使うわけにはいかない。
丈夫だとは思っていたけれどやっぱり君も陶器だったのね……なんて思いながら両手のものを見つめる。しかも大好きな彼とのお揃いのやつだし、いくら迷信といえど割れるなんて心中は複雑だ。
どうしようかと思ってた矢先にインターホンが鳴った。私は玄関に行きドアを開けると、いた。
大好きな彼氏のケンちゃんが。
「よう」
「ど……どしたの?急に」
「近くにきたから寄ってみた。入れてくれないの?」
「あ……えーと……」
「どうしたの?何かあった?」
「そういうわけではなくは……ないけど……」
「誰か来てるん?」
「いや……」
「……あやしい」
しどろもどろの私が怪しいと感じたケンちゃんは、私が制止する間もなく勝手知ったるやの要領でサッと玄関にあがって入ってきた。
「なぁんか……隠してる……」
そう言って部屋を見渡してから、まるで探偵の捜査が難航している時のような難しい表情で私を見る。そんなに怖い顔しないでよ……私はどうしようかとグッと喉につまらせた。まぁそもそもやましい事は何もないし、必要のないややこしいことは避けたいので正直に話す事に決めた。
私はキッチンに行き、カップと破片を気をつけながらケンちゃんに見せた。
「……実は……わざとじゃないんだけど、お揃いのコレ、割っちゃった……ごめん……」
あぁ、正直に申告した途端なんだか悲しい気持ちになってきた。
さすがに泣きはしないけど、お揃いのものという思い入れのあるアイテムだから申し訳ない想いがムクムクと湧いてくる。しょうがなかったとはいえ戻らないものを改めて見ると今更ながらショックだなと思った。
私が黙っているとケンちゃんがため息をつくのが分かった。
「割れちゃったんだから仕方ないよ。それよりも拾う時怪我とかしなかったかよ」
「え?」
「怪我。危ないから没収」
そう言ってケンちゃんが私の手からカップと破片を取り上げたので咄嗟に言った。
「ケンちゃんが怪我したらどうすんの!」
「俺の手の皮はか弱いお前の手とは違って丈夫なのだ」
そして、フッフッフ、と何故か?得意げに笑った。そうは言っても手の皮の厚さなんて私とそう変わらない癖に、しょんぼりする私を元気づけてくれるのか、それともただカッコつけたいだけなのかやけに頼もししい。
でも、どうしよう。
好きになった欲目ってやつなのか、私はひどく簡単なもので今の言葉に少しキュンときちゃった自分がいた。
緩みそうになる頬を抑えてるとケンちゃんは「また一緒に買い物に出かける理由もできるしさ」と付け足す。
「こんなのとは言わないけど、いつでもお揃いの何かは買えるしさ。また一緒に買いに行こう?」
その優しい言葉に私は素直に頷いたけれど、初めて一緒に揃えたマグカップでもあったからやっぱりまだ少ししんみりしてしまう。
それが伝わったのか「でも、こういうのってやっぱり割れたものでも捨てにくいもんだよな 」とケンちゃんもしんみりとしたので思わず「じゃー……新しいのがくるまで、この子は置いとく」と言ったら、 「この子って何だよ」と、ツボに入ったらしく、カラッとケンちゃんが笑った。
あ、この笑顔。
隣でこの人が笑ってくれるだけで、悲しかった色がサッと変わった。隣でこの人が何かを言ってくれるだけで、後ろめたかった気持ちもどんどんやわらかくなって、まあるくなってくのがわかる。
「いいの!私はそう決めたんだから」
私がそう言うと、ケンちゃんはカップをシンクの窓辺の隅へとそっと置いた。
割れたカップなんて縁起が悪いし危ないかもしれないけれど、それすらひっくるめて愛おしい。
青くさい気持ちをもうちょっとだけ味わいたくて、しばらくこのマグカップを眺めていたいと思った。
( 本当は、カレはいつだってカノジョの行動にヒヤヒヤ。 )
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