scene6*「読書」
あたしの恋人は本なの。
あとちょっとの間だけは。
【6:読書 】
「アズ、ねえ。アズってば。かまってよ~せっかく俺部活休みなんだからさ。アーズー」
彼氏の部屋で絶賛読書中だ。
ベッドを背に二人並んで仲良く座るも、あたしは読書。彼はつまらなそうにゲームのレベル上げをして待っている。
かなり退屈なのかときおり私に寄りかかり、無理やり甘えてくる。
けれど、そんな彼氏をよそにあたしはひたすら読み続ける。だって本がすきなんだもん。
第一、続きに夢中な時に声をかけてくるのが悪いのだ。
読書に熱中しているあたしに、彼氏が猫のようにじゃれついてくる。
「まぁ俺のほうが日ごろ部活ばっかでいそがしいし構ってやれないけどさ、でも、俺がさみしいってば。アズサ~」
何の反応がないと分かるや否や、私に聞こえるようにブツクサと抗議した。
ごめんねアサクラ。
今のあたしの恋人は本なんです。
あともうちょっとで読み終わるの。それまでの我慢。
アサクラの言い分だってもちろん分かっている。発言のとおり、アサクラはいつも部活で忙しい。
彼の所属するバレー部は強いので、練習とか試合とか半端無くてデートとかなかなかできない。
今日だって、ものすごく珍しいことに日曜日にも関わらず部活が休みなのだけれど、外は生憎の雨で映画館に出かけるのも億劫になり、結局どこにも出かけることなくアサクラの部屋でのんびりデート。
ごめんね、読み終わるまで本当にあとちょっとなの。
普段部活で忙しい彼の穴を埋めるべく、あたしは本の虫なの。だから本が恋人。
その穴埋めの恋人が終わってから本物を堪能するの。って言ってもアサクラはわからないとぼやく。
外の雨音がほどよいBGMになって、本を読む静かな行為なのに私の心はアドレナリンが出ているみたいにやめられない。
あとちょっと、ちょっと、ちょっと。
ようやく最終頁にしおりの紐を落とし、パタンと本を静かに閉じた。
そして、一呼吸置くとたまっていたアドレナリンを言葉にして思いきり放出した。
「おわった――――!!読み終わった、やっと!!」
「マジで!?待ってた!!」
本を投げ出して今度はあたしのほうがアサクラに寄りかかる。 まるでご機嫌な猫みたいに。
読んでたのはちょっと推理要素を絡ませた複雑な恋愛物語だった。
アサクラはあたしの態度に満足したように、手をあたしの肩にまわしてキスをおとした。
物語の中じゃなく、ぬくもりのある本物のキスだ。
「……がまんできねーわ。……ごめん」
「……男ってスポーツで性欲発散できるっていうけどどうなのあれ?」
分かりやすい行為と展開に呆れつつも、素直な言い分に思わず呆れ笑いしながら疑問に思っていた事を口にする。
「今日はスポーツしてねーもん」
「あんたは毎日盛ってんのか……?」
了解を出す前に、既にいたずらな手は背中を撫で回している。
あたしは背中がとくに弱くって、くすぐったくて笑ってしまう。
けれど時おり肌が粟立つようにビリビリとした心地よさも一緒に走るので、本の中に出てくる「性感帯」とかってのは、きっとこういうことを言うんだろうなぁなんて考える。
くすぐったいのからちょっと変わって吐息がもれた頃、もうこれがあたしの合図だってことはアサクラは熟知してしまっている。
「……お母さん、帰ってきたらどうする?」
「あぁ、なんかパート終わったらそのまま出かけるらしいから平気だって。親父は単身赴任なうだし」
「けどわかんないじゃん……急に帰ってくるかもよ」
雨はまだ降り続けている。
心臓と同じリズムを刻んでいるみたいだ。
「ってか久々すぎて俺の声がご近所まで漏れちゃったらどうしよう!」
「生々しいこと言わないでよ、ばか」
あぁ、もうこのマイペースさ。
馬鹿だなぁと思うのに、すきですきでたまんないのだ。
ねぇ。本の寂しさからあたしを引き上げて
本物で「あんた」を堪能させて。
あたしのからだのなかいっぱいに。
抱きしめた先のにおいと熱。
本には無い本物に、勝てっこなんかないのかもしれない。
ぼんやりと思いながらあたしは目を閉じた。
( 物語にない熱を感じさせてよ )
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