scene5*「チョコレート」
あなたを想うと私はばかになってしまい、
外れたことばっかり考えるようになってしまうみたいです。
【5:チョコレート 】
前に何かの漫画に書いてあった。
「チョコレートは体温でとけてしまう」って。
じゃああなたを思うだけで今の私はチョコをとかす事が容易いってことなんだろうか。
湯せんでゆっくりとチョコレートをミルクと一緒にまぜる。
波をこぐようにゴムべらはボウルの中でいったりきたり。
お菓子作りなんて柄にもない事をするのには、当然理由がある。
いつも憎まれ口ばかりの年上の幼馴染。
マンションで顔を合わせるたびに、2歳しか違わない癖に上から目線で偉そうに世話を焼く。
まさかそんな彼に焚きつけられるなんて思いもしなかった。それも今日の朝に。
朝学校へ行くのにマンションのエントランスを抜けたらちょうど彼がいたのだ。
どうやら大学の授業が朝から入っているらしく、朝イチで彼を見るのは久しぶりだったからつい子どもの頃を思い出して「あれ?朝からとかめっずらしー!」なんて風に声をかけた。
当然反応した彼はちょっとだけ気だるげに振り向くも、私の顔を見るとニヤリと意地悪く微笑み「朝から元気とか小学生かよ」なんて言った。
制服を卒業して私服姿になった彼は、やっぱり前よりも少しだけ大人っぽく感じて、不覚にも正直私の胸はどきどきしていた。
そんなきもちを見透かすみたいに、からかうような表情で私に突然言ったのがこれ。
「明後日のバレンタイン、もらってやろっか」
は??
何の脈絡もなく、いきなりの発言に目が点になっている私がよほど面白かったのか思い切り笑われた。
「だってお前あげる相手いなさそうだし。明後日バイトもないから俺ヒマしてるし」
うぬぼれんのもいい加減にしてほしい、とカチンときたので私は言ってやる。
「素直に欲しいなら、そう言えば?ダサいよ。非モテめ」
するとなんのてらいもなく言い返された。
「お前の作ったチョコが食べたいから意地悪く言ってみました」
「え?」
「だから、チョコ、作ってよ。俺に」
茶化す声とうって変わって、卑怯にも最後はマジメ顔。
急な手のひら返しに気持ちと頭がついていけずにパニクっていると、頭をポンと軽く叩かれた。
そして「バス、乗り遅れるぞ。俺電車だから。じゃーな」と、勝手なことを言うだけ言って私を尻目に彼はさっさと行ってしまった。
あっという間の出来事だ。
それが今朝のハイライト。
もちろんおかげで今日一日授業に身が入らず、先生に怒られたって頭の中は朝のやりとりがエンドレス。
密かに抱いていたはずの恋に、私はだいぶ浮かれている。
そんなわけで明後日のバレンタイン本番のための練習にチョコレートをせっせと作っている次第 。
ちょっと味見にチョコレート を舐めてみる。
舌の上をとろりと甘い味がすべっていく。
私の熱い口内でゆるりとほどけるようにあっという間にそれはとけた。
味はまさに幸福そのもの。
渡す時、この心臓はきっとすごくどきどきするに違いない。
どきどきするから体が熱くなる。
じゃあ、 もし彼の前で左の胸に、これを置いてみたら、どろどろにとけちゃうのかな?
「って、何を考えてるんだ!」
そう我に返ったところでダイニングテーブルに置いているスマホが光った。どうやらメッセがきたらしい。
画面に出た名前を見ると、まさしくちょうど今考えていた彼のものだった。
きっと私がこんなばかなことを考えてたなんて知らないんだろうな。
画面を見ている今も、ニヤニヤしているに違いない。
私だけが踊らされる悔しさに、もういっそ、焼きチョコにでもしてしまおうか。
チョコレートなんかよりもすっかり溶かされてしまっている私の心は、彼が思うよりもずっと甘くてスパイシーだ。
( 胸の上は熱くなっている )
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