冥主

 さて、天界を離れ、地獄へとやってきたルシフェルは、その白い羽根を黒い翼に換え、頭にねじれた角を生やし、悪魔としての職務についた。


 もっとも、悪魔殺しのルシフェルとして、地獄でも名の知れたルシフェルである。

「よお、お前が新入りだな。噂は聞いてるぜ。仲間を散々ぶっ殺してくれたみたいだなあ!」


 地獄にやってきた早々に、赤黒い体をした巨大なデーモンがにやにやと笑って話しかけてきた。おそらく、相当に位の高い悪魔だろう。他の木っ端悪魔たちは、遠巻きに二人のようすを伺っていた。

 しかし、ルシフェルは気遅れることもない。


「そうだが、何か用か? 私は貴様のような醜いものと話す口は持ち合わせていない」

「ぐははははは。いいねえ、その感じ。そうじゃなきゃやっていけねえ。ここじゃ、舐められたらお仕舞いだからな」

「舐められる? 私が? こいつらに?」


 ルシフェルはあたりに散らばる悪魔どもを見渡し、鼻で笑った。


「ふん、馬鹿馬鹿しい。このような雑魚ども、相手にするのもくだらない」

「ぶはははは。分かってるねえ。さすが悪魔殺しのルシファーだ。そうこなくっちゃな、ぐはははははは」


 デーモンは、大口を開けて笑いながら、ルシフェルの肩に巨大でごつごつした手を置いた。ルシフェルは、それをぺいっと手で払った。


「汚い手でさわるんじゃない」

「おおう、おっかないねえ。それでこそ落としがいがあるってもんだ」

「言ってろ」


 ルシフェルは、冷たく言い放ち、息をつきながら腕を組んだ。

 まったく、地獄と言ったところでどいつもこいつも大したことはない。しょせん、ルシフェルからすれば一薙ぎで粉砕してしまえるような連中だ。ここで名をあげるのも、そう難しいことではなさそうだ。


「ところで、ここではどうやって位を決めるのだ。私はとっとと上へのし上がりたい。こんなところでくすぶっている暇はないのだ」

「ほお、さすがだねえ、向上心のある悪魔なんて、そうそういるもんじゃあない。感心するねえ」

「良いから早く教えれば良いのだ。やはりあれか? 血を流して決めるものなのか? それならば簡単だ。私が貴様らに負ける要素はひとつもない」

「血を流すっつーと、決闘ってことか」

「そうだ」

「あー、一昔前ならそうだったんだがな、それじゃあどんどん悪魔が減るばっかりだったんでな、最近やり方が変わっちまってなあ」

「ほお、どんなやり方なんだ」

「ぐははははは。見りゃあ驚くぜ。ありゃあだからなあ」


 デーモンが案内したところは、奇妙な所だった。ひとつの部屋に、たくさんの機械が並び、その機械にひとつずつ、悪魔たちが張り付くようにして座っているのだ。悪魔たちは皆必死になって、その機械の前にあるボタンを操作していた。


 どこかで見たような光景。嫌な予感とともにルシフェルがのぞくと、その機械には、見覚えのあるゲームの画面が映っていた。


「こいつでな、強いヤツがえらいって事になったんだ。どうだ、悪魔らしいだろう。遊びながら偉くなるんだ。こいつのおかげで俺たちも痛い思いをしなくてすむようになったってもんだ。頭の良いヤツもいたもんだぜ。ぐははははははは……ん? どうした?」


 ルシフェルは、軽いめまいを感じながら頭を抑えていた。地獄まで逃げてきたというのに、ここでもこれか。


「ほら、これがお前の席だ。偉くなりたいんだったら、どんどん戦うことだな。ああそう『☆唯一神☆』っつーのには気をつけろよ、ありゃあとんでもねえバケモンだ。適うもんじゃねえや。ま、最近は見なくなったけどなあ」


 ルシフェルはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、ぶつぶつと何かつぶやくと、飛びつくように椅子に座った。

 その目には、悪魔らしい狂気が浮かんでいる。


「…………くそったれ! どいつも! こいつも! ぶっ殺してやる!」

「ぶはははは。その意気だ。がんばれよ、新入りぃ」



 その後、ルシフェルは地獄の冥主サタンとして君臨することになるのだが、それもはるか遠い日のことである。

 なにしろ、ルシフェルの苦労はまだまだ始まったばかりなのだから。


【終】

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