ぶどう酒②
「だいいち、私はこんな場所を作るのも、そもそも反対だったんだ。それを、そう、あの時もお前が勝手に話をすすめたんじゃないか。
天界に、酒など……、まったく、何を考えているんだ。そうやって小天使たちを甘やかしてばかりいるから……」
ルシフェルの口調はまさしく酒の入ったそれで、ときどきろれつが回っていない。
「ま、そう言うなよ。ここだって、何も悪いことばかりじゃないだろ。そりゃ確かに、ここは酒を飲ませる場所だけどさ、酒を飲むだけじゃない。天使たちが、今日の働きをねぎらいあって、明日も頑張ろうという気になっているんだ。
そりゃ最初はなんだかんだと言われたけどさ、良い傾向じゃないか」
「ネットも同じだと、う、言いたいのか?」
「そーゆーこと」
ルシフェルは、むぅ、とうなって口を閉じた。
「悪いところばかり見るからいけないんだ。もっと心を広く持って、長い目で見ればいいのさ」
そう言ってミカエルはくっとひと口、酒をあおった。
その、どこか余裕そうな姿が、今のルシフェルにはどうしても我慢ならなく思えるのだ。
「そうやってのんきにしているから、だんだん事態がおかしな方に向かっているんじゃないか。私はお前ほど気楽に物事を考えるわけにはいかないんだ。分かるか、私の、私の苦労が」
ルシフェルは、自分のグラスをぐいっとあおった。酒が熱いかたまりになって、喉の奥を焼いていくような感覚がした。
「お前は、お前は何もわかっちゃいないんら。そうやっていつものらりくらりして、何が目的なんだ。新しいものばかり取り入れようとして……天使たちを堕落させたいのか。ほうか、はてはほれが目的なんらな……。分かったぞ、この
「おい、人聞きの悪いことを言うなよな。俺だって、一応世の中のことを考えて……」
「うるひゃい!」
ルシフェルの大声に、店中の目がこちらを向いた。その視線に刺されたようになって、ようやくルシフェルは自分がなんという恐ろしいことを言っているのかに気が付いて「すまない」と小さくなった。
やはり酒はよくない。頭の中がくらくらする。思ってもいないことが口に出る。自分が何を考えているのか分からない。自分のいる場所がわからなくなる。だから酒は嫌なのだ。
しかしミカエルは、そういう酔っぱらいも慣れっこのようで、ちっとも気にしている様子もない。
「ま、そう毛嫌いしてないで、相手に合わせてみるのも手じゃないか? 『汝の隣人を愛せ』と、神様の息子さんも言っているじゃないか」
「汝の隣人を、……」
「ああ、もちろんこの隣人も、愛してくださって構いませんよ」
ミカエルがおどけて両手を広げると、ルシフェルはばっと立ち上があり、不機嫌そうに席をたった。そして「帰る」とつぶやいて、ふらつく足で外に向かった。
店から出る間際ルシフェルはわざわざ振り返り、赤くなった顔を向け、ミカエルを指差し、できるだけ冷たくこう言い放った。
「私は、お前のそういうふざけたところが大嫌いなんだ」
「俺はそういうお堅いのも、嫌いじゃないよ」
ミカエルのほうは、一向にこたえもしないようで、相変わらずへらへらと笑うのだった。
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