ぶどう酒①
「なるほど、苦労してるみたいだな」
ルシフェルの隣で、六枚の羽根を持った天使が言った。彼はミカエル。ルシフェルと同じく天使たちをまとめる立場の大天使である。ミカエルはほろ酔いの赤に染まった顔で、手元のグラスを傾けていた。
「お前にそそのかされた私が馬鹿だったのだ。あんなものを許可しなければ、私だってこんな苦労は……していない」
ルシフェルも、いつもよりだいぶ赤に染まった顔だった。
ふたりがいるのは、天界の片隅にあるバーである。そのカウンター席に二人は並んで座って、グラスを傾けている。客の大半は名もない木っ端天使たちで、みな楽しそうに酒を飲んだり、談笑したりしている。
「そうか、神様がねえ。まあ確かにああいったゲームというのはよくできてる。人間が作ったにしては上出来だ」
「なんだ、やったことがあるのか」
「ものの試しに、ね。なかなか面白かったよ。
誰も俺のことを天使だなんて思わないしな。あの世界では、自分が操作しているキャラクターが全てだ。本当のそいつなんて一切関係ない。
神様もきっと、人間たちと、垣根なく平等に接せられるのが楽しくて仕方ないのさ。そうでなかったら、人間たちが自力で新しい世界を作り出したことを純粋に喜んでおられるのか」
「あれが人間の作ったもの? 私には悪魔の所業に思えるよ」
ルシフェルが疲れきった表情で言うと、ミカエルは何やら楽しそうに、ははは、と笑った。
「そうやっていちいち一生懸命になるから疲れるんだよ。変わったものはしょうがないんだから、諦めて受け入れればいいのさ」
ルシフェルは、このミカエルという天使の、妙に考えが軽いところが、どうもよく分からなかった。ルシフェル自信が、天使たちをまとめるという立場上、常に下の手本となるように身を置いていると言うのに、同じ立場であるはずのミカエルが、どうしてこう適当に物事を考えられるのか、いまいち理解に苦しむのだ。
「お前のようなやつがいるから、天界も下界も、おかしくなってしまうのだ。風紀は乱れ、やる気は無く、みんな遊んでばかり、ゲームゲームゲーム……」
「カタいねえ。いいじゃないか少しくらい。みんな、もの珍しくて夢中になってるだけなんだから。そのうちに、熱もひくよ」
「お前は、そうやって良いように取りすぎるんだ。もう少しことを深刻に受け取れ」
「はいはい」
ミカエルは、相変わらずに笑い、酒を愉しんでいた。グラスの中に注がれているのは、ストレートのウィスキーである。一方、ルシフェルが飲んでいるのは、飲み口優しいぶどう酒だ。
ここには古今東西、ありとあらゆる酒が用意されている。それというのも、設置を提案したミカエルの趣味が大いに反映されているからだろう。
ルシフェルは、すっかり酔っ払った様子で、カウンターをばん! と叩いた。
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