提案②

 ある時は、こんなこともあった。


 その日ルシフェルが、神がになっている部屋に入ると、そこには鎧を着込んだ男がいた。


 それは屈強な若者なのだが、神と同じようにルシフェルが来た事にも気付かずに、パソコンをカチャカチャとやっているのだった。そして、ルシフェルはその男の姿に、どうも見覚えがあるような気がしてならないのだ。


「……その格好はどうなされたのですか」

「おお、ルシフェルか。どうだ? 似合うか?」

 男はルシフェルに気付いて立ち上がり、大変誇らしそうに自分の鎧を見せつけるようにポーズをとった。


「ええ、大変ですとも。それで一体その格好は?」

「おお、わしもな、いいかげんあの年老いた体も飽きてきてのう。たまにはこういう若くて勇ましい姿と言うのも悪くないじゃろう」


 そう言って、ウィンクをしながら両手を広げていた。その神の姿は、声も格好も若いのだが、喋り方があいかわらずなものだからどうもちぐはぐな具合にルシフェルは思った。


 そしてそれ以上に、

「それは結構ですが」

 ルシフェルはちら、とモニターを覗き見た。

 もう当たり前のように表示されているゲーム画面には、ちょうどその男と全く同じ格好をしたキャラクターが棒立ちになっていた。言わずもがな、神の使用しているプレイヤーキャラクターである。


「なんじゃ。またなんぞ文句でも言うつもりか。良いではないかこれくらい。お前はいちいちひとのすることに目くじらを立てるところがあるが、そりゃ悪いくせじゃぞ」

「……姿を変えるのは構いませんが、他に選択肢は無かったのですか。それではまるで野蛮な戦士ではありませんか。天界の最上位にあるのですから、私としてはそれ相応の格好を……」

「それが口うるさいと言っとるのが分からんか。わしがいいと言っておるんじゃから、これでいいんじゃ」


 ふん、と拗ねたようになって、若い姿をした神は、またパソコンの方を向いてしまった。

 が、急に何か思いついたようで、にんまりと笑うとまたすぐにルシフェルの方を向き直した。


「ま、しかし、お前の言うとおり、威厳がないのは確かかもしれんのう。わしのことを見た天使が、わしを神だと分からなかったら少々困る」

「……まあ、そういう意味でもありますが」

「でな、わしは考えたわけじゃ」

 嫌な予感。


「ほれ、下界の人間がわしらを絵に描く時というのは、大抵何か、その印が描かれているものじゃろうて」


 古い宗教絵には、確かにそういうところがある。神が描かれることは少ないが、天使や聖人たちの絵にはその崇高な魂を表すものとして、後ろから光がさしたようなシンボルが使われることが多かった。天使の記号として光の輪が頭の上に浮いているのも、この光を簡略化したものである。


「それをまねてみて、こういうのはどうじゃろう」


 神は、手をちょちょいと動かすと、その神通力でもって、ちょうど天使の輪が置かれるような高さに、白抜きの文字列を浮かび上がらせた。

 その文字は、人間の言葉でこう書いてある。



☆ 唯 一 神 ☆

と。



「これなら誰が見てもわしだと気付くじゃろ」

 ルシフェルは、もはや怒りの言葉も出なかった。


「あの、それは……あの、あれ、ですよね?」

 ルシフェルはうまく言葉が見つからず、とりあえずゲームの画面を指した。


 ゲームの中の、神と同じ姿をした男の頭上には、キャラクターネームを現すものとして、全く同じように「☆唯一紳☆」という文字が浮かんでいた。


「うむ。本当はのう、星なしでただの『唯一神』にしたかったんじゃが、どごぞの不届き者が先に取得してしまったようでの。仕方ないから星をつけてみたんじゃが、これもなかなか悪くないもんでのう」


 神は妙に上機嫌にカッカと笑っていた。

 鉄の鎧を身にまとい、巨大な拳を背負って、頭の上に自らの名前を浮かばせているその姿は、ゲームのなかのキャラクターをそのまま外に出したようだった。

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