光あれ②

「何じゃ何じゃ。やかましいやつじゃのう。今いいところだと言うのに」


 ヒゲををなでる神の姿に、ルシフェルは胸の前でにぎりこぶしを作って、体をわなわなとふるわせながら、

「私だって、こんなことは言いたくはありませんよ。

 しかし、しかしですね、このところのあなた様のお姿を見るに、まったく神様らしい事などしていらっしゃらないではないですか。

 毎日毎日、ゲームにネットに、ろくに部屋から出てこようともしてこない。

 そういうのを、下界では何と言うか知っていますか?

 ニートと言うんですよ、ニート。

 引きこもりのニートでヒキニートと。

 ああ、もう、私はなげかわしいのですよ」


「お前がなげくような事ではなかろうに。だいたい、わしだってそれなりに節度を持ってやっておるつもりじゃしのう」

「五年……五年ですよ?」

「何がじゃ」

「神様が、最後に奇跡の力をお使いになってから、もう五年になると言っているんです。その間はずぅっとゲームゲームゲーム!」


 バリン。


「何じゃ。たかが五年くらいの事で。気の短い奴じゃのう。お前、自分のことを一体いくつだと思っておるんじゃ」

「私たちにとってみれば、たかが五年ですむ話かもしれませんがね、下界の人間たちの五年と言えば、世界の動きも大きく変わっているのですよ?

 それをずっとほったらかしで……! 神の奇跡と同じだけの働きを、我々天使の力だけでまかなうのに、どれだけの労力をさかねばならないか、お分かりなのですか!」


 バリン。バリン。バリバリン。


 はぁはぁと肩で息をしながら、ひとしきり言い終えたルシフェルは、こほん、とせきばらいをして息を整えた。ついでに、壊れた花瓶も元通りに復元しておいた。


「失礼。さすがの私と言えど、口が過ぎました。お許しください」

「ううむ。ま、わしもそろそろ時期かもしれんと思っておったしのう」

 そう言うと、神はよっこらと椅子から腰をあげ、両手を下に向けると、祈るように目を閉じた。


「おお、それでは」

「うむ。久方ぶりに見せてやろうではないか」

 神が奇跡の力を使おうと言うのだ。


 ルシフェルはとっさに身を低め、片ひざをつき、右手を胸の前においた。神の偉大な力に対する経緯を表しているのである。が、その心中は複雑な喜びに満ちていた。ようやく、やる気を見せた神に対する安心したような気持ちと、これだけ苦労してようやくここまでたどりついたという疲労した感情と、ごちゃごちゃになってため息がひとつほっと出た。


 神がムゥっと力を込めると、その手のひらに、目には見えない力が集まっていく。そして、神はカッと目を見開き、天地創造の時と同じ言葉を口にした。


「光あれ!」


 その言葉とともに、手のひらからまばゆい光が放たれて、部屋の中は一瞬にして白一色に満たされた。ルシフェルも、圧倒されるような凄まじい力を感じていた。力の流れは、神の手の中で自在に操作され、その奔流は光の粒となって足元の雲へと吸い込まれていった。


「おみごとにございます」

 ルシフェルは感嘆の声をあげ、天界の窓から下界の様子を見下ろした。千里をのぞむ天使の目は、その窓から世界のあらゆるものを見ることができる。

 神の力が地上のどこへ奇跡を与えたもうたのか。ルシフェルはそれを見つけようと、地上のあっちやこっちへと目をやったが、そのような跡は……地上のどこにも……


「あの、神様、一体どんな奇跡を起こされたので……?」

 ルシフェルがおそるおそるたずねると、

「うむ。ここの回線をな、光回線に変えたのじゃ。このところパーティメンバーにもWi-Fiじゃラグが多いと言われておったもんでなあ。そろそろ換え時かと思うてな」


 そう言いながらも、神はすでにパソコンに向かってマウスをいじっているのである。


「おお、やっぱり光は違うのう。こりゃあ快適じゃあわいの」

 喜んでいる神のうしろで、ルシフェルはただただ、頭を抱えるばかりである。


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