第5話 再会
守護司の寮で短い仮眠を取った輝更義は、直属の部下を一人だけ祈宮に残し、モンザイの町に向かった。
モンザイは、祈宮に拝観に訪れる人々が宿泊したり、土産物を買ったりする町で、温泉も沸いている。朝に到着してみると、多くの人々が訪れてにぎわっていた。ナイロよりも洗練された雰囲気で、祈宮の門前町であるという矜持が感じられる。
「輝更義さま!」
町で聞き込みをしていた守護司が、輝更義に気づいて駆け寄ってくる。
「お疲れさまです! 刃凪茂さまは、下手人の足取りを追っています。今は町にはいらっしゃいません」
「そうか。行き先の見当はついたのか?」
「東に向かったのを目撃した者がいるとか。でも、細かいことはわからないようです」
モンザイから東には、二つの街道がある。両方を探っているのなら、時間がかかりそうだ。
その時。
ひゅうう――――――ん……と風を切る音がして、輝更義の頭にスコンッと落ちてきたものがあった。
「痛って! ……あっ! 矢立!」
輝更義は頭を押さえながらも、目の前に浮いている銀色のものに声をかけた。
矢立はすでに、懐紙をひらりと開いていた。すらすら、と文字を書く。
一文字目は、『遥』。そして二文字目は、『来』。
輝更義は目を見開いた。
「……水遥可さまが、おいでになる……!?」
急に、彼の胸は締め付けられるように苦しくなった。
水遥可が狐ヶ杜を出て行って、ほんの数日である。しかし、その喪失感は例えようもないものだった。
それでも、自分で自分をごまかすようにして、落ち込むことなどないように振る舞っていた輝更義だが、いざ会えるとなったとたん――
「今会いたい、すぐ会いたい! 水遥可さま!」
声に出てしまう輝更義である。
(あの時のように……この腕に抱きしめたい! そして、それから……)
一瞬、とんでもない想像をしてしまい、輝更義は「わあああ」と叫んだ。
伴侶選びの儀の頃は、水遥可にとっての自分が少し特別であればいいと、それで満足だと思っていた。それが、阿幕佐の出来事や、それからのあれこれを通して、独占欲が湧いてきてしまっている。
(水遥可さまを、俺だけのものにしようだなんて!)
輝更義は、焦った。
「矢立っ、俺を殴れ!」
スコンッ。
「即座かよ! でもありがとう!」
彼は気持ちを引き締め直す。
「水遥可さまがいらっしゃるまで、情報を集めるぞ!」
そして。
その日の昼過ぎ、モンザイの町外れの川縁に、大きな白い狐と茶色の狐が現れた。背中にそれぞれ、人を乗せている。
火鈴奈の背に乗っているのは、水遥可。るうなの背に乗っているのは、レイリだ。
「……輝更義……!」
急いで火鈴奈の背から降りようとして、水遥可はよろめく。
「あっ」
「水遥可さま!」
輝更義は、そのしなやかな身体を抱きとめた。
水遥可は小雪野の実家で、別の装束に着替えていた。やや厚地の手鞠柄の上衣に袴、細い帯を前で結び、髪を結い上げて銀のかんざしを挿している。
輝更義は言葉もないまま、腕の中の水遥可を見つめた。水遥可は目を潤ませている。
「輝更義……あの……来てしまいました」
「さすが水遥可さま……どんな装束もお似合いです」
「あっ、これ、ごめんなさい」
水遥可はあわてた様子で、髪のかんざしを引き抜いた。狐族は金属をほとんど身につけないので、輝更義が嫌がるだろうと思ったのだ。
はらり、と顔の横の髪が肩に垂れ、よけいに色気が増した水遥可に、輝更義は膝から崩れ落ちそうになる。
「ああ……この尊さ、もはや事件だ……」
「そう、事件について教えてください! 絵……佳月さまは!? わたくし……」
白い顔の水遥可は何か言いかけ、火鈴奈たちを一瞬見た。そして、輝更義の胸に身を寄せたまま伸び上がると、彼の耳元でささやいた。
「佳月さまは、祈宮ではない建物の中にいます。ご無事ですが、見張られているようです」
輝更義は「ありがとうございます!」とうなずくと、川縁の岩の上に水遥可を座らせた。
そして、これまでの経緯を説明する。火鈴奈とるうな、レイリも、黙って話を聞いていた。
「佳月さまに、刀をつきつけて……」
水遥可は口の中でつぶやくと、はっと息をのんだ。輝更義をまっすぐ見つめる。
「わたくし、白尾城で聞いたのです。最近、モンザイで研ぎ師の仕事が増えていると。関係あるかはわかりませんが、男たちが刀を持っていたなら、その刀を研いだ者がいるかもしれません。話を聞けるかも」
「まあ、輝更義さま! 水遥可さま!」
研ぎ師の館を訪れると、そこの主人の元で素氏の娘が働いていた。彼女はにこにこと出迎える。
「こんなところでお会いできるなんて。覚えておいでですか、白尾の研師選抜に参加していた者です! おかげさまで、モンザイに働きに出てこれたんですよ!」
「覚えていますとも。外で働きたいと言ってらしたもの、ようございましたね」
水遥可は微笑みかけ、輝更義は尋ねた。
「こういう人相の者が、仕事を依頼してこなかったか?」
佳月を連れ去った男たちの、人相だけを説明する。すると、娘はうなずいた。
「ああ、私、たぶんその方の刀を研ぎましたよ。ひと月ほど前かしら」
「確か、モンザイで研師の仕事が増えているとおっしゃってましたね。それは、もう少し前からのことなのですよね?」
水遥可が聞く。娘は再びうなずいた。
「そうです。少しずつなんですけど、毎月の仕事が増えていたそうです。私もここに来てから、毎回、違うお客様の刀を研いでましたね。今ってそういう世の中なのかな」
輝更義や火鈴奈と、顔を見合わせる水遥可。娘は顎に手を当てた。
「ただ、今おっしゃってたお客様は、これから祈宮で働くんだと話してて。祈宮には守護司がいるのに、何でこの人が刀を研ぐ必要があるのかな、とは思いました」
「…………そうか。ありがとう、助かった」
輝更義が礼を言うのを聞いて、水遥可も娘に微笑みかけた。
「お元気で、お仕事に励まれてくださいね」
「はい! 水遥可さまも大事なお身体、お気をつけて!」
娘の笑顔に見送られ、一行は研師の館を出る。
輝更義はつぶやいた。
「男たちは、祈宮で働く前から、今回のことを計画していた……ということか」
「佳月さま……」
水遥可は心配そうに、拳を胸に押し当てる。
そこへ、一頭の小柄な黒狐が走ってきた。祈宮に残していた、輝更義の部下の狐だ。
『輝更義さま!』
ざざっ、と輝更義の前で止まり、水遥可がいることに目を丸くした後、すぐに輝更義に耳打ちする。
「佳月さまが見つかったと、刃凪茂さまから連絡が。ヤエタです」
「何?」
「佳月さまは、ヤエタ領にいらっしゃるとのことです」
輝更義は振り向いた。
火鈴奈と水遥可が、そしてその後ろでレイリとるうなが寄り添うようにして、輝更義の言葉を待っている。
「……水遥可さま。俺はヤエタに向かいます」
「わたくしも連れて行ってください」
すぐにそう言った水遥可を、るうながあわてて引き留めた。
「水遥可さま、少しはお休みにならないと! 昨夜からずっと狐の背にいらしたのですもの」
「それに、お顔の色が」
レイリが冷静に指摘する。
輝更義は一瞬、迷った。水遥可の千里眼は重要な助けになるが……
「……水遥可さま、ちょっと」
輝更義は部下や火鈴奈たちから離れ、水遥可と二人、建物の陰で向かい合った。
「あなたのお力は、体力を奪うものなのでは? レイリが顔色を心配していましたが」
「何度も使えば、多少は。でも、わたくしもそれは考えて気をつけておりますから。いざというときに使えない力では、なんのために持って生まれたのかわかりません」
「では、お願いがあります」
輝更義は声を低める。
「気になっていることがあって……佳月さまが、紙をちぎって滝に流していたと、女官に聞きました。それが文だとしたら、俺が水遥可さまから聞いていた佳月さまと、人からの文を破く佳月さまが、どうにも一致しなくて。破くのはよほどのことではないでしょうか。……伴侶選びの儀の時、水遥可さまは確か、時間をさかのぼって力をお使いになっていましたよね?」
水遥可は戸惑いながらうなずく。
儀式が始まるのを待っているとき、力を使い、輝更義の目を通して刃凪茂との戦いの様子を見たのだ。その戦いは、儀式の前の晩の出来事だった。
「あれ、できますか?」
「どうかしら……。あの時は、すぐ前の晩でしたから。佳月さまの様子を何日もさかのぼって見るとなると、あまりはっきりとは見えないかもしれません」
「重要なことだと思うのです。それを見て、そして、すこしモンザイで休んではいただけませんか? また必要になるかもしれませんから。俺、先にヤエタに行って様子を見ます」
輝更義の意図を悟って、水遥可は唇を噛んだ。
彼は、危険があるかもしれないヤエタに、いきなり水遥可を連れて行くことを危惧しているのだ。
水遥可としても、足手まといになるのは本意ではない。そして、ここしばらくの佳月の様子は確かに気になった。
「わかりました。見てみます」
水遥可は、すーっと深く息を吸い込み、そして宙を見つめた。
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