Special Story #1 「メイドと天才ハッカー」


 惑星ラズール、アザルナ共和国昼時の国営放送にて。

 モニターに映し出されているのは、司会者からのインタビューに答える少女の姿。ラズール惑星大統領となり、今や時の人となった、ミーティア・ハイネマンである。


──ハイネマン閣下は休日、いつもどのように過ごされていますか?


『医療関係の視察したり、養護施設を訪ねています。たまにお友達を呼んでパーティを開いたり、それが無い時は部屋で読書を……』


 これをエイブラ星系から遥か遠く離れた場所で、放送を退屈そうに眺めている者がいた。今は椅子に座っているのでわかりにくいが、身長は1m程度。頭、胴体は驚くほど真ん丸で、手足は短く、まるで着ぐるみの様である。


「いやー、ほんとに星の代表になっちゃうなんてねー。はー、あたしと同じ身の上なのに、五体満足で羨ましい限りだぁね」


 椅子に座りながら、そう独り言を呟く謎の人物。実は彼女とミーティアは、メールフレンドの間柄だったのだ。


 元はひょんな思い付きで、スペースネットにパズルを投稿したことが切っ掛けだ。かなり難解で意地悪な内容だったので、正解者が現れるまで早く見積もっても数日はかかるだろう、と彼女は考えていたのだ。

 ところがこのパズルは投稿してたったの20分で解かれてしまう。驚き調べてみると、自分と同じアザルナ共和国出身だというではないか。更には自分が通信制で卒業した大学の後輩だという事がわかり、もう一度驚かされた。


「あの時は本当に驚いたよミーティア。このクッキー・ベリー様の超難解パズルが、いともあっさり解かれちゃったんだからさ。ふっふっふっ」


 惑星大統領の選挙結果が発表された時、驚かせるためにスペースハッカーであるクッキー・ベリーの名で祝辞しゅくじを送ろうとしたが、やめた。メールフレンドに嫌がらせするのは気が引けたし、同じデザイナー・チャイルドとしてもっと活躍して貰いたいと考えたからである。

 だがこうして世間から脚光きゃっこうを浴び、自分とは遠くかけ離れた存在になってしまったかと思うと、胸にふつふつ嫉妬しっとめいた気持ちが沸き起こってくる。ちょっと簡単なクラッキングでも仕掛け、ビックリさせてやろうか。そう考えていた時、壁際にあった別のモニターから通信が入った。


「む、豚魔女キャンベラの屋敷からだ! 誰だ? ……なんだ、ロゼか。オース、暫くじゃん」


『ごきげんよう、クッキー。体の調子はどう?』


 クッキー・ベリーはキャンベラお抱えのハッカーだったのだ。口調からして親し気だが、同僚であるロゼとは一度しか会ったことが無い。自由奔放なクッキー・ベリーは傍若無人なキャンベラと反りが合わず、終いには離れた惑星にある、この窓一つない部屋へと左遷させんされてしまったのだ。それでも本人は特に気にしていないようで、たまに来る仕事を自分のペースで自由にこなしている。理由はキャンベラに借金をしているからでは無く、自分が好きでやっていることだからだ。


「まぁまぁかな。今日は晴れてて健やかに過ごせそう」

『そう、それはよかったわね』


 モニター向こうのロゼは、自分から通信してきたにも関わらず、何やら忙しそうに動いている。どうやらキッチンに居るみたいだ。


「……ねぇ、何作ってるの?」

『フルーツケーキよ。そうだ、一切れ余るけど食べる?』

「寄越せっ!」


 すると、通信モニター下部に設置されていた機械の扉が開く。中から出て来たのはフルーツケーキではないか。


 転送装置である。この機械はどんな物も超長距離を一瞬で転送させることができるのだ。肝心の転送方法だが、アナログ転送とデジタル転送の2つに分かれる。

 アナログ転送はワープ現象で周囲の空間ごと物体を移動させ、デジタル転送は物体をデータ化させた後、送受信を行い移動させる。余りに巨大な物体や、スキャン時にデータ解析不能な物に関しては、まだアナログ転送に頼っている節がある。

 この転送装置、誰でも所持できるものではない。本来特定の業者しか所持しておらず、利用者は料金を払ってサービスを受けるのだ。クッキー・ベリーやキャンベラの屋敷で保有しているのは、業者から横流しを受けた中古のアナログ転送装置。無論、非合法であり、見つかれば警察に没収されてしまう。


 ホクホク顔でケーキを取り出そうとする、クッキー・ベリー。と、ケーキと一緒に紙が転送されてきたことに気付く。


「なんじゃこれ? …ローゼー、まさかこのクッキー・ベリー様に、仕事をさせる気では無かろうね?」


 口をへの字に曲げてモニターを睨むも、当の本人は素知らぬ顔だ。


『あら、何か混ぜて送ってしまったかしら』

「嘘付け! 絶対何かさせる気だろ! たったケーキ一切れでっ!!」

『あらあら、材料が余ってしまったわ。今度はミートパイでも焼こうかしら』


(ピクッ)


「やればいいんだろーっ!! 丸ごと全部寄越せよ!!」

 

 誘惑に負けたクッキー・ベリーが飛び上がってそう叫ぶ。これにようやくモニター越しのロゼが手を休め、やっと正面を向いたのだった。


『あら、何かしてくれるの? なら私が送ったとわかるようにしておいてね』 

「絶っ対っ! 約束だぞっ!」


 ロゼは手を振りながら、通信を切ってしまった。うまいこと使われてしまい、内心やれやれと紙を見る。


(ロゼって前はあんな感じだったっけ? ……まぁいいや。……これは豚婆ぶたババアが誰かに宛てた依頼みたいだ。……あーこりゃ凡人には無理だな。誰かは知らんが可哀想に)


 そう思いつつ、クッキー・ベリーは再びコンピューターの前に座った。そう言えば以前、どこかの企業で妙な研究資料を見つけたことがある。


(あった、これだ)


 途端に彼女の短い指が、信じられないスピードでキーを叩き始めた。どんなセキュリティを施しても、パスワードを厳重化させても、スペースハッカーの前では無力だ。瞬く間に機密資料を引き抜き、痕跡こんせきすら残さずにログアウトしてしまった。


(これだけのヒントで十分だろ。後は先方の実力次第ってことで。さて、宛先は……ラオ? まさか男か? ……ははぁ、そういうことか。ロゼも隅に置けないや)


 一人納得するとメールの送信ボタンを押し、椅子から飛び降りた。そしてまだ湯気が出ているフルーツケーキを満足そうに眺める。

 ロゼの作るお菓子は絶品なのだ。どうしても食べたい時があり、レシピを教えて貰って第三者に作らせたが、どうやってもこの味が出ない。作るところをモニター越しに眺めていたが、そもそも自分は料理をしたことが無いのでわからない。


「しめしめ、こいつは旨そうだ」


 隣にあった転送装置にケーキを入れ、扉を閉めるのだった。



 アザルナ共和国、某所の屋敷の二階でのこと。薄暗い部屋の中、ベッドに横になりながら、コードの繋がれたヘルメットを被る女性が一人いた。

 彼女は先天性の難病で四肢が殆ど動かず、後天性の病で失語症を患っていた。今や科学は進み、胎児の時点で先天性の病は克服することができる。しかしデザイナー・チャイルドの100万人に1人の割合で、病を早期発見できない場合があるのだ。

 科学の限界、極々稀にあるケース。それでも彼女は、自分が不幸だと思ったことは一度も無かった。むしろ今の生活に充実すら感じている。


──失礼します、お嬢様。お友達から贈り物が届きましたよ。


 スピーカーから声が聞こえると、ヘルメットは自動で外され天井に上がっていく。薄緑掛かった髪に金色の瞳、ネグリジェ姿の女性は、僅かに動く指先でリモコンを操作する。ベッドが少し起こされると、部屋のロックが外され、メイドが数人入って来た。


「今日は風も穏やかで良い天気です。空気を入れ替えましょうね」


 レースのカーテンが開かれ、窓からは光が差し込む。前に置かれたフルーツケーキと紅茶の香りが風に乗り、部屋一杯に広がるのだった。 


デプターラオ Special Story #1 「メイドと天才ハッカー」 END

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