EP5 ガーディアンの心臓を奪え!

ガーディアンの心臓を奪え! 前編

 

 ここに一冊の本がある。宇宙探検家「チャヒトル・ダ・フライヤ」が記した、冒険旅行記。一時期ベストセラーとなり、トレジャーハントブームの火付け役となった、曰く付きの本である。その中でも特に注目すべきは『イビル・ニード星』にまつわる話だ。


 フライヤは宇宙船で航行中に小惑星へ衝突してしまい、この星に不時着を余儀なくされた。

 そこでフライヤが見たのは実に奇妙な惑星の姿であった。恒星が無いのに薄明るく、巨大な植物が惑星全体を覆っている。とりあえず宇宙船の修理が終わるまでの間、目前にそびえる山を目指して探検することにしたのだ。

 山の中腹に差し掛かった時、フライヤは洞窟を発見した。中に入ると見た事も無いほどの財宝が山積みとなっているではないか。急いで宇宙船へと戻り、他の乗組員を連れてすべて運び出そうとした時だった。いつの間に現れたのか、山のように聳え立つ巨人が行く手を阻む。乗組員が一人、また一人と巨人に食われていく中、フライヤはうのていで宇宙船へと逃げ込み、イビル・ニードを脱出したのだった。



(……)


 ラオは小型宇宙船の中、このフライヤの冒険記に目を通していたわけだが、本を閉じると横になった。今回、キャンベラからまわされた仕事は財宝探しではない。


(財宝を守る巨人の心臓を切り取って来い、か……)


 依頼元はあの探検家、チャヒトル・ダ・フライヤの息子だという。


 フライヤは冒険旅行記を出版させ、持ち帰った財宝を博物館で展示させた。それが話題となりフライヤは一代で財産を築き上げた。

 だが時間が経つにつれ、ブームは沈静化を見せる。イビル・ニード星があると言われた宙域はかなり危険で、命を懸けて足を運ぼうとする者が殆ど居なかったのだ。

 後に、無人探査機によってくまなく調べられたデータが発表され、惑星クラスの大きな星は存在しないことが証明されてしまった。それ以後、フライヤはペテン師として後ろ指を指され、社会から見放されてしまう。当時、まだ未成年だったフライヤの息子は、さぞかしすさんだ少年時代を送ったに違いない。


(今回の仕事の一番の難所、それは星自体が存在するかということだが……)


 ラオの滞在している星系のニュースによると、なんと今年に入りイビル・ニード星らしき惑星が発見されたというではないか。早速銀河政府は調査団を結成させて派遣させるも、宇宙船が帰ってくることは無かった。宇宙嵐による電波障害が酷く、送られてくる筈の情報すら手に入れることができなかったらしい。

 


 ここで外部からの秘密通信が入った。寝転がったまま天井に設置されたモニターを見ると、やはりロゼからだった。


「君か、ロゼ」


『イビル・ニード星まで行くと聞いたわ。あんな場所までどうやっていくの?』


 目的の場所は銀河のはずれ、しかも普通の宇宙船では航行できない宙域なのだ。


「トレジャーハント目的のツアーがあるらしい。キャンベラから預かったチケットがある、途中でそれに乗り換えるつもりだ」


『そんなツアーがあるの?』


「ああ。船頭も客も命知らず、馬鹿た団体旅行だ」

『ラオもその船に無理やり乗せられた客の一人って訳ね』


 皮肉を冷静に返されてしまい、ラオは思わず肩をすくめた。方やロゼの方は視線を少し逸らし、何やら深刻そうな表情を見せる。


『……ラオ、今回の貴方の仕事、少しおかしいと思わない?』

「俺の仕事は毎回ふざけた難易度だ。違いがわからん」


『そうじゃなくて、いつもなら制限時間が付くでしょう?』


 確かに言われてみれば、キャンベラから時間制限に関しては聞いていない。


「銀河の最果てだ、時間制限など付けられたら流石に敵わん」

『確かにそうだけど……』

「もし忘れていただけなら、条件の変更は一切受けつけないと言っておいてくれ」

『ええ、でも何か気になるのよ。こっちでも少し調べておくわ』

「調べる、とは?」


『イビル・ニード星のことよ。謎が多いし何か引っかかるの、だから』

「なぁロゼ」


 ここでロゼの言葉をさえぎるラオ。


「前回は君に助けられた、正直有り難いと感謝している……だがそこまで俺に尽くす義理は無い筈だ。それに」

『無理をすればキャンベラに勘付かれる、でしょ?』

「そうだ。だったら何故?」

『それは…』


 返答に窮したか、ロゼは言葉を詰まらせる。しかし決したかのように、前を向いて話し出した。


『私たちはもう、運命共同体と言っていいんじゃないかしら』

「運命共同体?」


 急に何を言い出すんだ、とラオは耳を疑う。


『貴方は私にとても重要な事を打ち明けてくれたわ。それも他人事で済まされない、本当に大切な事を。貴方のしていることは私の今後を大きく左右すると思う』


「大袈裟だ」

『真剣な話よ。……見ての通り、私は一度死にかけてキャンベラに拾われたわ。もう自分の居場所なんでどこにもないし、一生このままでも仕方ないと考えてた』


「ロゼ…」


『でも貴方と会ってから、少しずつ何か変わり始めていると思う。姉さんが生き返れるかどうかなんてことより、ほんの少しでも今を前向きに生きれる目的が欲しいの。そのために惜しむものなんて、私には何も無いわ……本当に何も無いのよ』


(そこまで君は……)


『それとも、私に何かされると迷惑なの?』


「そう言う訳じゃない。……君の気持ちはよくわかった。だが無理はしないでくれ」


『大丈夫、私だってプロよ。……いけない、キャンベラが呼んでいるわ。貴方こそ、無事に帰って来て』


「ああ」


 せわしく秘密通信はここで切られた。


(違うんだ、ロゼ。そうじゃないんだ)


 ラオは起き上がり、宇宙船の状態と次の星間シャトルステーションまでの時間を確認する。まだまだ先は長く、精神アンプル剤を打つと再び横になり目を瞑った。


(違うんだ…)


 ラオがロゼに秘密を打ち明けた本当の理由、それはシーラの妹とは少なくとも敵対したくないと考えての事だった。だが今の話からするに、ロゼは自分を信じ切っているばかりか、運命共同体などと言い始めたではないか。

 ロゼを巻き込みたくない理由は、彼女の身を案じてのことではなく、秘密が漏れると危惧きぐしたからでもない。


 もっと他の別なところに理由があったのである。



 20時間後、ようやく星系間シャトルの宇宙ステーションへと辿り着く。星系間シャトルとはその名の通り、星系間を行き来する宇宙船のことだ。勿論、その間は何光年も離れており、ワープ航法を用いて決まった宙域を航行する。ラオが乗り込んで数十分後、シャトルは加速しワープゲートを潜った。この技術はブラックボックスも多く、エルダー博士夫妻が開発に関わっていたという話もあるが、定かではない。


 乗り継ぐこと3回、ようやく目的の宇宙ステーションに着いた。シャトルの窓から外を見ると、ステーションが小さく見えるほどの大型船が横付けされている。


(あれがツアー用の宇宙船か。でかいばかりで旧式だが、大丈夫か?)


 真っ暗い宇宙に浮かぶ、おもちゃのように小さな宇宙ステーション。しかし近づくにつれ、段々とその巨大さが露となっていく。と、同時に横にある大型船のオンボロ具合も際立っていくのであった。


 シャトルがステーションについて早々、ラオは人だかりと喧噪の出迎えを受ける。


『縁起でもねぇ! 向こう行きやがれ馬鹿野郎っ!』

『金持ってたらこんなとこ来ねぇんだよ!』

 

 見るとガラの悪い男たちに、スーツや衣装を身に纏った連中が群がっているのだ。どうやら保険会社や宗教団体らしい、銀河の果てまで商魂たくましい連中だ。

 ラオはさっさとツアーの受付を済ませてしまおうと先を急ぐも、中々前に進めず、遂に一人の少女に捕まってしまった。


「急いでいる。勧誘ならお断りだ」

「メビウスの方から参りました。せめて貴方の無事を祈らせて下さい」


 しつこいと今度は本部を破壊するぞ、と言いたかったが、まだ幼な気の残る少女の一心に祈る姿を見て思い止まる。「勧誘には女子供を使え」とはよく言われるが、こんな銀河の果てまで寄越されるのかと少し同情してしまう。少女から名簿らしき物をひったくると、住所と名前を書いてやった。


「これでノルマを1つもこなせなかったと、君が怒られることも無いだろう」

「──! ありがとうございます! 貴方に神の祝福があらんことを!」


 この声を聞き、他の勧誘者がラオの元へ集まって来た。


「悪いが先着一名だ! 次にくれてやるのは鉛弾になるぞ!」


 銃を高く掲げて強引に受付へと進む。チケットを見せて登録を済ませると、先程の少女と目が合いそうになり、慌てて逸らす。先程書いた名義は架空のものだった。


 一室に入ったラオは他の客に混じり、今回のツアー会社役員からの説明を受ける。どうやらここからイビル・ニード星までは、70時間以上も宇宙船に乗り続けなければいけないらしい。ガラの悪い客らはざわつくも、誰も諦めようとはしない。チケット代が100万バカラもするというのもあるが、ここにいる100人程の客が、一人残らず命を張った連中だからなのだろう。最後に会社側から「命の保証はできない」と念を再三押され、簡単な検査を受けてから宇宙船へと乗せられるのだった。


 宇宙船に入り、荷物を倉庫に入れると客室が割り当てられる。


(俺は『Ⅲ』か)


 部屋に入って早々、室内は異様な空気に包まれていた。

 中央テーブルに頭が獅子で筋肉隆々の男が腰かけている。その周りの椅子に青ざめた眼鏡の男、隣に小柄な双子と思わしき男が二人。部屋の隅にビキニアーマーを着た目付きの鋭い女が立っていた。


「お前で最後か。名を言いな」


 獅子の男がドスの利いた声で話す。


「ジャックだ」


 ラオがそう答える。この船に乗る際、登録した架空の名だ。


「俺はゴルアス、トレジャーハントのプロだ」


 そう言ってギロリと隣の男を見る。


「クロウ・マルゼンです! えと、私の目的は宝ではなく、その……星の植物を…」


 白衣に眼鏡の男がたどたどしく自己紹介をしていると、小柄な男たちが口を挟む。


「俺はガウだ!こっちはガル、見ての通り兄弟だ!」

「俺たちゃ、そこにいるチビリそうなあんちゃんに雇われて来たのさ、なぁ?」

「う……はい」


 ガルに背中を叩かれ、クロウがおどおどと答える。これではどちらが雇い主なのかわからない。


「このあんちゃんの護衛が本命だが、お宝も当然探すぜ!」

「もしお宝を見つけたら、このあんちゃんは用済みだぁ!」

「な、な!?」

「冗談だよぉ、ギャハハハッ!」


──バシンッ!


 馬鹿笑いしている双子の前に、鞭が振り下ろされた。立っていた女からのものだ。


(あの鞭、アーバスト社のサンダー・ウィップか)


 以前使用したレールガン「ツインドラグーンMk.Ⅶ」と同じメーカーの武器であることを、ラオは一目で見抜いた。アーバスト社はかなり偏った趣向の武器を作ることで話題を呼んでいる。鞭は一瞬で女のグローブへと収まった。


「あたしは賞金稼ぎのべス。言っておくが妙な真似したり、抜け駆けするような事があったら只じゃおかないよ」


 一同はシーンとなるも、ゴルアスがべスを睨む。


「おい女。そいつはまさに、今のお前に言えることだぜ」

「なんだと? どういう意味だ!」  

「今に分かるさ」


 その時突然、船内にブザーが鳴り響いた。通路側から慌しい足音が通り過ぎていく。ゴルアスが部屋のボタンを押すと、窓を覆っていた安全シャッターが開いた。


「お前ら、外をよーく見てな」


 言われ皆が外を覗くと、船は既に動き出し、宇宙ステーションを大分離れていた。


 と、宇宙空間を2つのカプセルが流れていくではないか。


「恐らく2つ隣の部屋で喧嘩騒ぎでもあったんだろう。奴ら船に乗る前から仲が険悪だったからな。見ての通り、両成敗で強制イジェクトさせられたって訳だ」


「そ、そ、そんな馬鹿な!! 一人100万バカラもしたんですよ!? いくら騒ぎを起こしたからと言って、やり過ぎだっ! 第一、あんなことされたら……」


 クロウが思わず叫ぶとゴルアスが牙を見せる。


「生きては帰れんだろうな。まぁ、今のうちはまだ宇宙ステーションが近いから救助される可能性はある方だろう」


「じゃあ、もっと先に進んだ宙域で捨てられたら……い、いや、おかしい、おかしいでしょう! こんなこと! こんな暴挙、宇宙法で許される筈がない!」

 

「クロウと言ったか。お前、何もわかっていない素人か?」


 ここで、今まで黙っていたラオが口を開いた。


「一人100万バカラ、これはむしろ恐ろしく破格の値段だ。航路の定まっていない宙域へ行くなど、普通なら宇宙運輸局からの許可が下りない。つまり今回はこのツアー自体が非合法なんだ。今乗っているこの船ですら、安全が保障されているのか怪しいものだ」


「そう。今の俺たちは、いわば法の外にいるってわけだ。自己責任ってのはそういうことなんだよ。まさか知らねぇで来ちまったのか?」


 一斉に視線が集まると、クロウは更に青ざめ頭を抱えてしまう。ここでゴルアスが部屋を見渡し、声を荒上げる。


「全員にもう一度言うぞ! この船の中でも、イビル・ニードに着いてからも、一切の保証がない無法地帯だ! 生きて帰りたければ目立った真似はしない事だ!」


「……うぅ」

「ヒヒヒ……」

「なぁに、脱落者が増えれば分け前が増えるだけだぁ」

「……フンッ!」


 これでもかというほどに不安材料を乗せた船は、暗黒の宇宙空間を只々進んでいくのであった。



「……もしもし。…あぁ、あんたかい。そうだよ、数日前に送ったとこさ。そんなに心配しなくても大丈夫さ、そっちには一切の損が無いんだからね」


 屋敷の執務室で、キャンベラは宇宙電話に出ていた。掛けてきたのは依頼元であるフライヤの息子だ。

 数年前に父が死に、残った屋敷と財産を処分しようとした矢先、今回のイビル・ニード騒ぎである。当初は今更どうでもいい事だと考えていたが、政府の調査チームが無事帰還しなかったことを受けて、せめて財産を処分するのは父の所業の真意を確かめてからでも、と考えるようになっていたのだ。


 それを嗅ぎ付け、待ったを掛けたのがキャンベラだ。イビル・ニードへ向かわせるとっておきの人材がいる、と半場強引に依頼契約をさせてしまったのである。調査に成功すれば、フライヤ所有博物館の権利書を譲渡して貰う。失敗すれば、依頼料は一切受け取らないという条件でだ。元々博物館の経営に興味の無かった息子は断る理由が無く、依頼契約はすんなりと進んでしまった。


(ふっふっふ。この広い宇宙、無欲な奴が大勢いるのは好ましい事だが、全くの無欲と言うのも罪なもんさね)


 濡れ手にあわ、とばかりにニヤリと笑い、受話器を置くキャンベラ。執務室を見渡すと、何やらコンピューターを操作しているロゼが目に入る。


「何してんだいロゼ、お茶を持ってきな」

「…かしこまりました」


 素早くキーを操作し、コンピューターの電源を切るとロゼは出て行った。


(あの娘は何をしていたんだ?)


 ロゼが戻ってこないのを確認し、キャンベラはコンピューターの電源を入れる。


(履歴を消しても無駄さ。……ふん、やっぱりね。そういうことかい)


 ロゼの調べていたのは、イビル・ニードに関する項目だった。


(体を機械化しても、所詮は男と女か。……さて、どうしたもんかね)


 ロゼが隠れてラオに加担しているのを、以前から密かに見破っていたキャンベラ。始めは悪ふざけのつもりで二人を引き合わせた手前、面と向かって手を貸すなと言うのも何か気が引ける。


(後で少しお仕置きが必要かね。勿論、坊やが『無事帰って来れたら』の話だがね)


 そう思いつつ、不気味な笑いを浮かべるキャンベラ。

 彼女は誰よりも早く、イビル・ニード星の真相に気付いていたのだ!

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