メガフロートに神の裁きを! 後編
ラオは再び惑星ウルへと戻って来た。今度は頼もしい協力者、フィリーを連れてだ。同じ港の同じ漁師を訪ねると驚かれたが、更に行き先を告げて腰を抜かされた。
「だ、旦那……そいつはちょっと……」
漁師は始め困惑していたが、無理なら傍に寄るだけでいいと告げると渋々納得してくれた。
波に揺られて航海すること数時間。漁船は海上要塞を通り過ぎ、普段漁をする場所からも離れた海域へと向かう。
「そろそろだな。フィリー、準備してくれ」
「
船底の一室を借り10分後、フィリーは水着で現れた。
「お待たせ。どう? 私の水着姿!」
そう言ってポーズをとるフィリーをラオはマジマジと眺めた。小柄で細い体が綺麗なラインを作っているが、セクシーさとは少々程遠い。黒い競技用を思わせる水着はピッタリとしており、独特なデザインが施されていた。
「やーねぇ、何で胸ばかり見るの? まさか小さい方が好みなの!?」
「そうじゃない。その模様のような物は何だ?」
水着の側面、脇腹のすぐ上辺りに白いラインが数本入っていたのだ。
「あーこれフィルター・メッシュよ。私、水中ではここから息するから。って、資料見たんだから私の身体のことなんか何でもお見通しでしょ!? ラオのエッチ! ……それともぉ、もしかして実物が見たい?」
挑発的に肩掛けを外しにかかる。
「おい、よせっ」
「冗談よ、本気にしちゃって」
「あー……旦那方、宜しいか?」
「これ以上進むのは止めた方がいいかと……。ここで勘弁願えませんかね……」
震える声で漁師はそう言い、船のエンジンを止めてしまった。彼がこう言うのには理由がある。この近くにはかなり深い
「わかった、ここまででいい。フィリー、行ってくれるか?」
言われるとフィリーは腰に装備を付け、真剣な面持ちで見つめてきた。
「必ず行くわ、だから絶対待ってて。迎えに行ったら干からびてた、なんて嫌よ?」
「安心しろ、しぶとい事が一番の取り
「うん」
フィリーは船べりに腰掛けると後ろ向きに倒れ込み、深い水の中へと消えていってしまった。
「あっ! だ、旦那!?」
「このまま来たルートを戻ってくれ」
「で、でもさっきいたお嬢さんが…!?」
「言わなかったか? 俺はスイミングコーチで彼女はその強化選手。今は大会に向けた秘密訓練合宿中だ、安心しろ」
「え、えぇ……?」
この前は海洋調査とか言ってなかっただろうか? 不安がるもラオから説得され、漁船は
戻る途中に小さな無人島の前で、漁船は止まった。無人島と言えば聞こえはいいが、実際には海上から岩が突き出た程度の代物で、とても人間の住める場所ではない。ラオは荷物を下ろし、漁師に再三固く口止めすると受信器を渡す。
「数日経ったら連絡を寄越す、その時は迎えに来てくれ」
「正気ですかい!? ……って、あ、いえ、こんなに!?」
報酬とは別に硬貨を渡すも、受け取れないと漁師は遠慮する。星を出る時の
ここからラオの孤独な戦いが始まった。たった一人岩場の高い位置に腰掛け、万が一見つからないよう身を潜ませると、周囲をくまなく双眼鏡で確認し続ける。
2時間、4時間……、状況は変わらず時間だけが過ぎていく。容赦なく照り付ける日差しは体力を奪い、塩気の強い潮風は喉の渇きを促す。持参した水も予想以上に減りが早い。浅く短い仮眠を取れば、どこからともなく海鳥がやってきて、牙の生えた
8時間後、日没となり周囲は闇一色となる。視界からは何も見えず、聞こえるのは波の音だけ。それでもラオは探し続けた。
夜は眠気との戦いとなる。少し気を抜けば急な岩場に叩きつけられ、底知れぬ海の中へと真っ逆さまだ。一瞬でも睡魔に負ければ例の悪夢が襲ってくる。正にこの世の生き地獄そのものであった。
そして20時間後、空が白み始め、また日差しとの戦いとなる。栄養補給剤を飲みながら時間を確認すると、リミットまで既に100時間を切っていた。流石にラオにも
──必ず行くわ、だから絶対待ってて……
フィリーの残した言葉だけを信じ、心身ともに岩となり続けた。
それから更に3時間後……。
「──っ!!」
意識が遠のいていたその時、波とは明らかに違う音を聞いた。急いで双眼鏡を向けると、遠く海面上に変化が見られたのだ。更に10数秒後、その地点より少し手前、高い水柱が上がるのが見えた。
(間違いない! あれだ!)
来た! 本当に来てくれたのか! ゲル状栄養剤を流し込むと、最後の精神アンプル剤を打った。流されないよう荷物を高い場所へ固定させ、アーリアフロント姉妹社製の深海スーツへと
(……いくぞ。本物の地獄の始まりだ)
フェイスシールドを閉め、酸素スイッチを入れる。小型の水中バイクを抱えながら、海中へと身を沈めるのだった。
一方こちらは海上要塞の観測室。哨戒巡視船からのレーダー反応が送られて来た。
「一瞬大きな反応があり、すぐ消えたそうです」
「どうせ鯨か何かだろ。ここまではこれん、放っておけ」
たまにある事だ、と上官の観測員はあしらう。しかしその数分後、今度は観測所のレーダーが直接反応を捉えたのだ。
「大きいぞ! どこからだ!?」
「こ、このメガフロートの真下ですっ!!」
海上要塞内に緊急アラームが鳴り響く。アラーム音は要塞中央の礼拝堂にいる幹部の耳にも届いた。
「何事です? 今は神聖なる礼拝の時間ですよ?」
信者たちに動揺が走る。次の瞬間、強烈な縦揺れが襲って来た。
堪らず幹部も外へと飛び出し、そして、見た───。
「あ……あああ……!」
『キング・クラーケンだぁぁぁぁー!!?』
海上要塞に
『なんでこの海域に!? 絶滅したんじゃなかったのか!?』
『担当は持ち場につけー!』
信じられない光景を目の当たりにし、幹部は腰を抜かしてへたり込む。
「おぉ……な、なんたること……」
「ここは危険です!!」
呼びかけられて我に返り、幹部は大勢の信者を省みずに脱出を図るのだった。
キング・クラーケンは高い建物や設置された高射砲を見つけると、図太く長い触手を振り上げては叩きこんでいく。駆けつけたメビウスの私兵たちが隊列を組み、ビームマシンガンを見舞うが通用しない。逆に大量の墨を吐かれて押し流された。
その時、海側からいくつもの弾光が怪物目掛けて放たれた。要塞の巡視船がガドリング砲を斉射したのだ。撃たれた方は嫌そうに目玉を細めると、その巨体を海中へと移動させ始める。退散させたと思われたのも束の間、海の中から何本もの触手が伸び、船を全て引きずり込んでしまったのだ。
これがマーメノイド計画の過程で、フィリーの手に入れた能力である。巨大な海洋生物の体内へと侵入し、神経系と直接リンクさせ体を完全に乗っ取ってしまう。まさに冬虫夏草「カティスフィリア」の呼び名通りの所業である。
マーメノイド計画が強制中断された真の理由は、倫理、宗教の観点からではない。研究が進み量産化され、軍事転用されれば海洋惑星にとっては……いや、危険生物の住まう惑星全てにとっては、凄まじい脅威となりえるからだ。彼女たちが戦闘を終え去った後は、自然生態系が完全に破壊されてしまい、死の星となることが明白だったからである。
(──支柱の揺れが激しい。だがそれだけがんばってくれているという事か)
一方水面下では、ラオが小型爆弾を仕掛けている最中であった。メガフロート下部には巨大な柱が長く伸びており、これが安定装置の役割となり転覆を防いでいるのだ。この支柱を破壊し、更に上方を爆破することができれば、海上要塞は海の
(……よし、こんなものか。残りはもっと上の方だな)
揺れる巨大柱の動きに注意し、水中バイクを進めるラオ。視界は暗く殆ど利かない中で、大量に赤く光る何かを見つけた。
(あれは……)
始めは小型の水中監視ロボットかと思ったが、そうではない。支柱を修理する無人ロボットの大群だったのだ。要塞地上で緊急アラートが鳴ったため、強制的に出動となったのだろう。まずい、このままでは折角仕掛けた爆弾が排除されてしまう。
(こいつを試してみるか)
取り出したのは、アーリアフロントで手に入れた水中コールド・ガンである。支柱にへばりついて降りてくるロボット目掛け、数発撃ち込んだ。命中したロボットは周囲の海水と共に支柱へと凍り付く。修理箇所と判断した他のロボットたちが、一斉にそこへと群がり始めた。
(よし、いいぞ。少しは時間が稼げるか)
続けて数発撃ちこむが、試作品であったためすぐ弾切れとなってしまう。氷に巻き込まれなかったロボットたちが引き剥がしに入っており、このままでは時間の問題だ。急いで上方にある支柱の根元へと向かうのだった。
…………
(……よし、これで最後だ!)
時限式小型爆弾を6カ所、全部で合計12カ所設置できた。一つ一つの威力は絶大である、これなら一溜りも無いだろう。
──フィリー、こっちは終わった。急いで離れてくれ。
通信機で連絡を取ろうとするが、反応がない。壊れてしまったか?
──フィリー、そこから離れてくれ。
海中生物とのリンク中、応答できないが傍受はできると聞いていた。しかし反応が無いというのはいささか不安になる。だがここはフィリーを信じ、水中バイクで後にしようとした──その時だった!
突如、下の方から光が見えたのである。振り向き支柱下部を見ると、仕掛けた爆弾が爆発しているではないか。恐らく無人ロボットが修理に向かい、引き剥がしに失敗して爆発してしまったのだ。案の定、激しく揺れていたメガフロートは、大きく傾き始めた。
──フィリー! 急いでくれ! 要塞が崩れる!
外壁が剥がれ、上から降ってくる。視界が効かない中、もう無我夢中だ。上を見上げると、巨大な天井と化したメガフロート本体が、覆いかぶさるようにこちらへと迫っていた!
──フィリーッ!!
崩れ落ちる
海上では脱出した宗教幹部が、船上から沈みゆくメガフロートを眺めていた。悪魔の所業か天罰か。大きく傾き炎を上げる海上要塞は、最後の審判を受け崩れ逝く世界そのものの様だった。
「……おぉ……この星の信仰の
ラオの仕掛けた爆弾が再び爆発し、真っ二つとなったメガフロートは深い海中へと没した。後日、この幹部は教団本部から
…………
ラオとの合流ポイント付近の海中で、フィリーはキング・クラーケンの傷口を縫合していた。神経組織に弱い麻酔薬を流したので、今は大人しくしていて暴れない。
(……ありがとう。仲間じゃなくて、ごめんね)
そう呟き、体表面を優しく撫でた。深海で彼らを呼ぶ際にフィリーの発したのは、救援を乞うクラーケンの子供の波長だったのである。根気よく何時間も呼び続けた結果、現れたのが主クラスの巨大キング・クラーケンだったという訳だ。
フィリーが離れるとクラーケンは動き出し、元いた海溝の方へと流されていくのだった。
「終わったのか」
「…うん」
海中から戻ったフィリーを待っていたのは、ダイビングスーツに着替え、岩に腰掛けているラオの姿だった。同じように隣に腰掛け、朝日の見える海を眺める。
「……また人間、沢山殺しちゃったね」
「元々俺の仕事だ。君の分まで罪を背負うさ」
「だーめ、私の分は私の分。誰にもあげない」
冗談を言うも、その顔はどこか浮かない。
「……どうした、何を考えている?」
「さっきのクラーケンのこと。悪いことしちゃったなって」
太古の昔からこの星で、海の神とされていたキング・クラーケン。絶滅を囁かれていたが、あれが最後の一匹だとしたら居たたまれない思いだ。
「数匹生息してる痕跡が数年前に見つかったみたいだけど、それでもね……」
「奴はこの星を守った、本当の意味で神だったんだ。これからも生き延びるさ」
そう言って頭を撫でると、寄り添うように体を預けてくるフィリー。赤く照らされた海面が波を立てる中、宇宙で二人だけになった気分に捉われた。
『おーい! おぉーい!!』
遠くから船のエンジン音とこちらを呼ぶ声が聞こえ、現実へと戻される二人。連絡した漁師が迎えに来たのだ。
「いやぁ、ビックリですよ! 今さっきラジオで海の神様が現れなすったって! ボヤボヤしてるとあたしらも捕まって、腹の中に収められちまいますぜ!」
「……フッ」
「あはははっ!」
「ど、どうされたんです!?」
漁師は二人が何故可笑しいのかわからずに、ただキョトンとするばかりであった。
惑星ネヴァ=ディディアへと帰って来たラオとフィリー。軌道エレベーターにある星間シャトルのステーション内で、二人は別れを惜しむ。
「また会えるでしょ?」
「どうだろうな、約束はできん」
「本当は寂しい癖に。海の中で私の名前、何度も叫んじゃってさ!」
(……む)
海上要塞が崩れかけていた時、ラオの通信はしっかり聞かれていたのである。
「今度は私から仕事を頼むかも。そうすれば会えるでしょ?」
「止めておけ。俺に仕事を依頼するという事は、悪魔に魂を売るのと同義だ」
「なにそれ? 変なの。でもそれも悪くないかもねー」
「おいおい…」
『ジェニーちゃ~~~ん!!』
カイの声が聞こえる、待ち切れず迎えに来たようだ。ここでまたフィリーに手招きされ、身を屈めるラオ。
「…?」
その瞬間首を抱きかかえられ、頬にキスをされた。
「…バイバイ。私に名前をくれて、連れ出してくれた王子様」
カイの姿を見つけ、走って行くフィリー。二度とこちらを向くことは無かった。
(王子様なんて柄では無いんだがな…)
後姿を見守りつつも、ラオは向きを変えるとシャトル乗り場へと向かうのだった。
シャトルを乗り換え、個人用の小型宇宙船に乗る。この宇宙船はキャンベラからの借用品で、星間シャトルが行けない宙域を航行するためのものだ。その中でラオがいつものように
(ん? 誰だ?)
慌ててモニターを付けると、そこにロゼの顔が映る。
──任務の遂行を確認したわ、お疲れ様。
「ロゼ! いや、大丈夫なのか?」
──この通信は誰にも聞けないわ、安心して。キャンベラの驚き悔しがる顔、貴方にも見せてやりたかったわ。
「フッ、そうか。……ところでロゼ」
気になるのはやはり『クッキー・ベリー』のことだ。ロゼがそのスペースハッカーなのかどうか訪ねたところ、あっさりと否定された。
──私が彼女に頼んだのよ。ミートパイを焼いてあげたら快く引き受けてくれたの。
「……? ……そうか。何にしても、今回は君に助けられたな」
クッキー・ベリーのメールがこなければ、今回の任務は遂行できなかっただろう。と、ここでラオは一つ思い出す。
「あぁそうだ、君に土産があるんだ。今度会ったら渡す」
──私に? 何かしら?
「それはだな、宇宙一 ……」
ここまで言い掛け、口を紡ぐ。
──宇宙一?
「……宇宙一、詰まらない物さ」
──そう? ……ならあまり期待しないで待っているわね。
ここでロゼとの通信は終わった。再びラオは横になって目を瞑る。
横には積み上げられたカタログの上、アリアン君が静かに首を振るのだった。
to be continued ...
次回予告
いつの時代、どの惑星の人間も、莫大な財宝と聞けば身を乗り出す。
謎の惑星『イビル・ニード』、数多くの人間が噂を聞きつけ訪れる。
あわやトレジャーハントかと思われた矢先、ラオに与えられた任務は危険極まりないものであった。その中でラオは、ロゼから不穏な情報を入手することとなるが……。
次回デプターラオ「ガーディアンの心臓を奪え!」
宇宙は常に広がり続けている……。
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