エデンへの鍵 後編

 

──それでは、宇宙スモッグ予報です。現在は各宙域とも安定傾向にあり……


 ロボット・カーのナビから流れる声を聞き流しながら、ラオはいつものように座席を倒し目を閉じている。横には来た時と同様に、ロゼが目隠しをしてたたずんでいた。違うのは手枷がされていないことか。


「聞いてもいい?」

「なんだ」


 唐突に口を開いたメイドに、ラオは反応する。


「どうしてあんな大事な物を見せる気になったの?」

「見たいと言ったのは君だろう。今後も付きまとわれては敵わんしな」


 殺人ギルド暗黙の教え。目的のために手段を選ばず、狙った物は決して逃がすな。ロゼが元ギルドのメンバーであるならば、嫌でも染みついている考えである。


「……姉さんとはどんな関係だった?」

「仕事仲間だ。何度か一緒に任務をこなした」

「そうじゃなくて、男と女の関係だったかを聞いているのよ」


 ロゼの口から突拍子とっぴょうしも無い言葉が飛び出し、思わず飛び起きそうになる。


「……深い仲じゃない。俺が一方的に彼女を敬愛していただけだ」

「そう……」


 ホワイト・ローズの異名を持つ暗殺者。彼女はいつも困難な仕事を率先して選び、完遂させ、まるでショッピングにでも行ってきたかの様に生還していた。それでいて周りに対しては気さくで嫌な感じをさせず、知らなければ日頃殺人をしている人間には到底思えない。ラオにとって、シーラはまさに暗殺者の理想像だったのである。

 シーラに対する恋愛感情に関して、ラオは考えたことは殆ど無かった。そんな感情は任務に対する邪魔でしかないし、思慕しぼの情を打ち明けたところで自分にとっては手の届かない高嶺たかねの花に等しい。彼女のことを考えていたという意味では、ある種の恋であり、片思いだったのかもしれないが……。


「もしシーラが生き返ったら、君はどうする?」


 今度はラオからロゼに質問が飛ぶ。


「…………わからないわ……。でも、まずは今までの事を謝りたい……。できることなら昔できなかったことをしたり、一緒にどこかへ行ってみたりもしたいわ。でも、元の体に戻ることが先ね」

「成程な」

「貴方こそ、姉さんが生き返ったらどうするの?」

「俺は……」


 ラオは座席を少し起こし、サングラスをかけた。


「考えていない……シーラが本気で生き返れると考えていないからな」

「え?」


 素人ながらにラオは、超次元を制御するという事がどれくらい凄い事で、現実的に可能な事かどうかくらいは想像ついていた。もしもアンドロイドの少女『アリス』がそんな力を有していたのなら、武装衛星の自爆を止めさせ、飛来する核ミサイルを消し去ることだって出来ただろう。例え力を有していたとしても、当時のべリス博士の態度から察するに、まだ実験段階であった可能性が高い。

 Dr.バスはアリスの潜在能力のみに着目しているが、彼女を目覚めさせ制御下に置く事までをどう考えているのか、定かではない。彼女がすんなりと言う事を聞くようには思えない。ましてや、自分の居場所と身内を奪った人間の言う事など……。


「だからあのアンドロイドが目覚めた暁に、まずやるべきは彼女への謝罪とつぐないだと考えている……あの時の事は悔やんでも悔やみきれない。まんまと騙された挙句、他人の幸福を奪ってしまったのだから」

「……」

「元暗殺者がこんなことを言うのはおかしいか?」

「そうじゃないけど……ふふっ」


 横を見るとロゼは笑っていた。またラオに対し、感情を見せたのだ。


「でも可笑しいじゃない。私も貴方も、まずはすることが謝罪だなんて」

「……ふっ、確かにな」


 ラオもつられ、口元に笑みを浮かべる。何とも言えぬ妙な雰囲気だ。再会した時はいきなり銃を向け合った二人だというのに。


「私にも何か、手伝えることがあればさせて」

「気持ちだけは受け取っておこう。これから君はキャンベラに嘘の報告をしなければならないからな。それ以上の無理は禁物だ、黙っていてくれれば、それでいい」

「……わかったわ」


 主の鼻の利きと強欲さは、ロゼが一番よく知っている。用心し過ぎることは無いと、大人しく引き下がるのだった。


──それでは宇宙航行情報の後、新曲リクエストのコーナーです。リクエスト曲は、アエリア星系慰問コンサートで……ザザ……ピー……──


(…?)


 突然ナビの映像が乱れ、ノイズが走るとポリゴンでできた顔が映し出された。


『ザ──……停車後、車を降りて我々の誘導に従え。一緒について来て貰おう』


 ロボット・カーの速度が段々と落ちていく。何者かによって車両ごとハッキングを受けたようだ。ルームミラーを覗くと、後方から3台の車がやってくる。ラオは銃を取り出した。


『大人しくした方が身のためだぞ?』

「知らんな!」


 ナビのモニター目掛け、銃弾を撃ち込む。横にあった非常用のスイッチを押すと、ハンドルとシフト、足踏みペダルがせり出てきた。事故などの緊急時にマニュアル操作ができるシステムである。


「何かあったの?」

「わからん、しっかり掴まってろ!」


 ラオはハンドルを握ると、思い切りアクセルを踏んだ。緊急用なので馬力は出る筈なのだが、スピードが思うように上がらず、立ち待ち追いつかれる。後方から体当たりを食らった。


「ちぃっ!」


 そっちがその気ならやるしかない。窓を開けると後方の1台に向け、銃を数発撃ち込んだ。しかし追手の車両は防弾仕様が施されているのか、弾は黒塗りのフロントガラスに跳ね返されてしまった。


(ならこっちはどうだ?)


 次は車体下部の反重力装置に狙いを定める。射撃には絶対の自信があるラオだったが、どういう訳か手がぶれて狙いが外れてしまい、うまく当たらない。


(クソッ! 血を抜かれ過ぎたかっ!)


 余程用心深いのか、向こうは窓を開け応戦してこない。こちらのロボット・カーの性能を把握しているのか、あくまで体当たりで止めようと再び追突してきた。


「舐めた真似しやがって!」

「追われているのね? 私がやるわ、いいでしょ?」

「不本意だが頼めるか?」

「安心して。銃の弾代は私のおごりよ」


 ロゼは目隠しを外すとブラッディー・ローズを取り出す。助手席の窓から後方の1台へ向け、計3発の銃弾をお見舞いした。1発は車両前部、2発はフロントガラスを突き破って命中。追手の車両は蛇行後に側道へと突っ込み、大破した。


 ここで不可解な事が起きる。1台が離脱した直後、残り2台も速度を落として下がって行ったのだ。追っ手にしては妙に諦めが早い。


「何故追ってこない?」

「──! 新手だわ! 上よ! 」


 奇怪な音に空を見上げると、ローターの付いていないヘリのような物体が近づいていた。所属はわからないが武装の施された小型航空機である。下部についた機関砲を撃ってきた。後方の路面上に、一直線の深い弾創だんそうが刻み込まれる。


「右よっ!」

「連れ去る気か、殺す気かっ!?」


 ラオはたくみなハンドルさばきで攻撃をかいくぐり、ロゼも航空機へ応戦する。ブラッディ・ローズの弾が命中し、機関砲を破壊するも撃墜には至らない。更に数発の弾を撃ち込んだところで、空中にプラズマが走った。


「防弾バリアーを展開したわ。この距離だと貫くのは厳しいかも」

「もうその必要はない」


 リロードを行っているロゼに、ラオは落ち着いて言い放つ。次の瞬間、車体が影とオレンジ色の光に包まれた。トンネルに入ったのである。いくら小型航空機でもここまで追ってくることはできないだろう。


「流石にもう来ないだろうな」

「えぇ……。っ! いえ、まだよ!」

「──っ!! 奴ら正気か!?」


 ルームミラーを覗いたラオに戦慄せんりつが走った。今度は小型の巡航ミサイルが追ってきていたのである。速度はゆっくりだが徐々に距離を詰め、確実にこちらへ向かってくる。銃で撃ち落とそうにもトンネル内で爆発されたら一溜りも無い。


「南無三っ!」


 トンネル内は緩やかなカーブに差し掛かった。ミサイルは壁にぶつからず、生き物のように方向を変えて追ってきている。


「……私に考えがあるわ。このまま走り続けて」

「どうする気だ?……おいっ!?」


 ロゼは車窓から身を乗り出すと、ロボット・カーの屋根に登り始めた。バランスを保ちながら立つと、ミサイルの来る後方へ向けて両手を突き出した。


(……我ながら馬鹿みたいな考えね。でも、試す価値はある筈!)


 ギリギリまでミサイルを引き付けたところで、ロゼの目が緑色に光り出し、周囲にジャミング電波が放たれる。トンネル内まで届く強力な無線誘導、だがジャミングが勝り、ミサイルは無誘導状態に陥った。その隙を逃さずロゼはミサイルを素手で抱え込んだのだ!


(──捉まえたっ!)


 必死で暴れるミサイルを抑え込もうとするロゼ。一歩力加減を間違えれば爆発してしまう非常に危険な状態だ。ラオは状況が飲み込めない中必死でハンドルを握るも、徐々に変形していく車内の天井に気付き、あまり考えたくない事実を察した。


 やがてトンネル前方から光が見え始め、出口が近い事を告げる……。


(頼む、持ってくれ……! ────っ!!!)


 出口から見える航空機の姿! ミサイルを構え待ち伏せしていたのだ!


(考えろ! 何か手は──!)


 助手席を見ると、ブラッディ・ローズが目に入った。すかさずラオは掴み、車窓へへばり付くようにして震える手を抑える。銃口を航空機のフロント部分へと定めた。


──シーラ、俺たちを導いてくれ──!


 引き金が引かれ、航空機へ向け2発の銃弾が一直線上に向かって行く。バリアーの解除された航空機は、一時的に強い衝撃を受けバランスを崩す。同時に巡航ミサイルが発射された。

 ロックオンされぬまま無誘導状態のミサイルは、ロボット・カーのすぐ真横をすり抜けていった。そしてロボット・カーはトンネルを抜け、航空機の下を潜り抜けた。


「今だっ!」

「っ!」

 

 航空機目掛けて放り投げるように、ロゼはミサイルを放した!


 近距離の空中で起こる爆風に、ロゼは飛ばされないように身を屈める。ミサイルの直撃を受けた航空機は、半壊しながら落ちていく。やがて、トンネル内からも爆音がとどろき、爆風を吹き上げるのだった。

 

「──また会いましょう。エデンが解放された、その日に」

 

 ロゼは立ち上がると、破れかけた服をなびかせながら、そう呟いた。



「……随分と遅かったじゃないか。で、何かわかったのかい?」


 キャンベラの屋敷へと帰還したロゼは、ラオ追跡の報告をするため、主の執務室へと足を運んでいた。見ると広い執務室にはキャンベラしかおらず、ディスクモニターを眺めながら、ロゼの作って置いたアップルパイを勝手にむさぼっている。

 ロゼはラオを尾行したが途中で気付かれ、謎の武装集団に襲われ戦闘状態となった事を報告する。そして、肝心のラオとはその最中、見失ってしまったと告げた。ラオとの約束通り、ロゼは地下施設での出来事を話さなかったのだ。


「つまりは失敗かい……ほーん。ま、しょうがないさね」


 最初からあまり期待していなかったのか、ロゼはこっぴどく叱られずに済み、下がるように言われた。一礼して下がろうとした時、退屈そうにキャンベラの回していたペンが落ちて転がって来た。


「おっとと。落としちまったい」


 ロゼが目の前に転がって来たペンを拾おうと、身を屈めたその時だった。


「……」


 ペンから鋭い光が発せられ、手を伸ばしたままロゼの動きが止まってしまったのだ。キャンベラは立ち上がりロゼに近づくと、彼女の首筋に手をやる。せり出て来たマイクロチップを素早く入れ替え、落ちていたペンのスイッチを押した。


「──!?」

「どしたんだい、ボーッとしちまって。疲れてんならさっさとお休み」

「……はい」


 何が起こったかわからず、不思議に思うもロゼは立ち去って行った。それを見届けたキャンベラは、机の上のコンピューターにマイクロチップを差し込んだ。すると、今日ロゼの視界に入った光景が、モニターに動画として映し出されたではないか!


(やっぱりね。ふふふ、保険かけといて正解だったってもんさ。どれどれ……)


 目隠しをされていたので暫く真っ暗だったが、やがて地下施設へと辿り着き、例のアンドロイドの少女が映し出される。


(……ん、こいつは)


──エルダー夫妻が最後に残した研究成果。限りなく人間に近く……

──演算機ではないかと推測しております。それこそ超次元へアクセスできる……


「……くっくっくっくっ! はあっはっはっはっは──っ!」


 モニターを食い入るように見ていたキャンベラだったが、流れる音声を聞き、突然大声で笑い出した。


(間違いないっ! こいつはどんな空間も自在に作り出すことができる、宇宙最強のコンピューターだっ! この広い宇宙、どこかに存在している可能性はあると思っていたけど、まさか生きてる間にこんな近場で見つかるとはねっ!)


 醜い笑みを浮かべ、顔をくしゃくしゃにして喜ぶと、ロゼの軌跡から場所を割り出し始める。例え目隠しされていたとしても、時間などからおおよその距離を導来出すことが出来る。


(ふんふん……見つけた、ポイントΣシグマ辺りが臭いね……)


 更に目隠しされていない時に映った風景から、容易く星を特定してしまったのだ。


(よしよし、グラム星か! あんなところに地下施設が隠されてただなんてね……。しかし何だいこいつら。まさか他に嗅ぎつけて狙ってる奴らがいるってのか?)


 もしそうだとすれば、うかうかしていられない。ラオに難癖を付けて施設を奪い、資産を投げうって買収してしまおうか。そう考えたところで思い止まる。


(……いや、今は下手に動く時じゃないさね。こいつの研究に目途がついてからでも遅くは無い。それまで精々足掻くことさ、坊や……クックックック……!)

 

 暗い執務室の中で、キャンベラの笑い声が静かに響き渡るのだった。


to be continued ...



次回予告


休暇が終わり、再びキャンベラからの仕事に挑むラオ。その内容とは、海上に浮かぶ武装要塞の破壊。しかし同時に極めて難しい条件が課せられ、任務遂行は不可能かと思われた。そんな中で、ラオが訪れたのは別の惑星のテーマパークだった……!?

次回、デプターラオ「メガフロートに神の裁きを!」

宇宙は常に広がり続けている……。

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