エデンへの鍵 中編
部屋を出てすぐ、Dr.バスがラオに小声で詰め寄る。
(まさか本当に見せるつもりでは!?)
「そのつもりだ」
「……」
しつこく彼がロゼを疑い、機密に
だが頑なに態度を改めないラオに対し、Dr.バスは半場諦め、二人を施設内の奥へと案内する。更に地下へ降り、セキュリティゲートを3つほど超えた先に、巨大な壁が現れた。
「まだここに保管していたのか」
「今後解析が進めば上の大型施設へ移転させますので。それまでの辛抱、ですかな」
タッチパネルを伸びたアームで起動させると、壁が大きな音を立て左右に開き始めた。中から現れたのはガラス張りの狭い部屋。中央に人が入れるくらいの大きな卵が配置されており、そこから様々な色の配線が伸びている。部屋の隅に監視カメラが数機設置されていた。
「見せてやってくれ」
「……」
照明がゆっくりと消され、辺りは真っ暗となる。しかし部屋の内部にある卵だけはボーっと光り、徐々に内部の影を作り出す。スポットライトに照らされ、はっきりとその姿を映し出し始めた。
「……人間なの?」
卵に映し出されたのは、かろうじて人間の子供だとわかる肉片だった。髪を伸ばした頭部は半壊、
「こいつは人間じゃない。俺が暗殺ギルド最終任務で奪取してきたアンドロイドだ」
「一体どうして?」
「元科学者のエルダー夫妻は知っているか?」
「銀河史上最悪の狂人と呼ばれた、あの?」
狂人科学者エルダー夫妻。元はとある銀河系の恒星系惑星において、新型ロボット開発の第一人者だった。ロボットの有用性を説き、夫婦で様々なロボットを開発、次々と世の中へ公表していったのだ。集めた資金で惑星を丸ごと買い、ロボットだけで組織された星を作った時などは、その名を銀河の果てまで轟かせたものだ。
時代が進むにつれ、ロボットたちの置かれた状況は変わっていく。人間はロボットに慣れ過ぎていき、過酷な労働を課しては使い捨てていった。例えそれが精巧に造られた人間と
やがてロボットたちは平和利用から戦争利用が本格化され始め、星間の至る所では無人の戦闘が繰り広げられるようになる。この馬鹿げた行いを直ちにやめろと夫妻は訴え続けたが、どの星からもまともに聞いて貰えることはなかった。それどころか、夫妻には悪い噂ばかりが流れ始め、世間から
その後のエルダー夫妻は大勢のロボットを引き連れ、人工的に作られた巨大な武装衛星へと移り住み、人間を避けて立て籠もったのだ。
「俺が最後に受けた任務は、そのエルダー夫妻の始末だった……」
ホワイト・ローズと呼ばれたシーラが死んでから数年後、殺人ギルドは連邦政府から極秘の仕事を委託された。内容は偽装した輸送シャトルに乗り込み、武装衛星へと侵入後、エルダー夫妻を拘束すること。抵抗するならば生死は問わないが、その時は必ず研究資料を持ち帰ること。
殺人ギルドに仕事を回してくるとは、政府にも余程の事情があったのだろう。銀河警察からの目が厳しくなり、仕事がやりづらくなっていたギルドにとっては渡りに船であった。ギルドは連邦政府に莫大な報酬と、銀河警察の目を逸らさせる約束を取り付けることに成功。しかし24時間以内に任務が遂行できなかった場合、武装衛星目掛けて核ミサイルが撃ち込まれるとのことだった。
この任務の参加は任意であった。生還率が極めて低いという理由で参加を拒む者が後を絶たない中、ラオは進んで志願した。理由はエルダー夫妻が死人を蘇らせる研究をしていたという噂から、シーラを生き返らせることはできないかと考えての事だった。単なる噂、馬鹿馬鹿しい事この上ない話。シーラの死を目の当たりにしてからというもの、自暴自棄となっていたのかもしれない。
シーラのような……ホワイト・ローズのような人間でも、いずれ死ぬ。
暗殺稼業を続けていれば、自分も
シャトルが宇宙空間にデコイをばら撒きながら、武装衛星へ徐々に近づいていく。向こうからの対空砲火を確認した時、シャトルは衛星に向けて急加速。強襲用有人ポッドを幾つも落下させた。この時、無事に衛星の表面へ着陸できたポッドは3割程しかなかっただろう。大部分は武装衛星の対空レーザーによって撃ち落された。ラオがポッドから首を出した時、火の玉となりながら墜落する輸送シャトルが見えた。
無事ラオが着陸でき、ホッとできたのも束の間。
…………
(……携帯酸素も残り半分か。なるべく節約せねばな)
通気ダクトの中を、恐る恐る下へと向かうラオ。この衛星表面は空気が殆ど無い。だがエルダー夫妻は人間、潜伏しているフロアには空気がある筈だ。僅かな希望と勘を頼りに、小型無人兵器と鉢合わせにならぬことを祈りながら、ダクトの中を進み続けた。
やがてダクトを抜け、ラオは最下層と思わしきフロアについた。ここまで無事に辿り着けたのは奇跡中の奇跡としか言いようがない。暗いフロアの中、明かりと僅かな物音を聞き、身を潜ませながら近づいていく。そして、大型コンピューターの前で作業している一人の老婆を見つけた。
「べリス・エルダー博士だな!? 動くな!」
老婆は驚いて振り向く。だが片手はコンピューターのパネルに触れ、動かしているままだ。ラオの威嚇射撃が床を走った。
「動くなと言っている! サイモン・エルダー博士はどこにいる!?」
『──私をお探しかな? 若いの』
突然コンピューターの巨大ディスプレイに老人の姿が映し出される。この老人こそが狂人と呼ばれた、あのエルダー博士だったのだ。
『どこの手の者だ? ……まぁいい、狙いは大方私の研究資料だろう』
「大人しく投降し、資料を渡せ! そうすれば命は奪わない」
すると画像の老人は、不気味な笑い声をフロアに響かせたのだ。
『はっはっはっ! ……それはできんな。何故なら私は既に死んでいるからだ。こうして映っている私も、生前残した思考プログラムに過ぎない』
「ならばこちらのご婦人はどうだ?」
再びべリス・エルダー博士へと銃を向け、ラオは続ける。
「俺たちが任務に失敗すれば、惑星連邦政府がここへと核ミサイルの雨を降らせる。大人しく従うのが得策だと思うが?」
『……成る程な、そういうことだったのか』
「わかったか? なら今すぐ無人兵器の攻撃を停止させ……」
『その核ミサイルというのは、これのことかな?』
「な……!?」
ディスプレイの画像が切り替わり、この武装衛星に突っ込んでくる無数のミサイルが映し出された。あり得ない! まだタイムリミットまで大分時間がある筈だ!
『これが惑星連邦政府のやり方だよ。君がどういった組織の者かは知らぬが、きやつらに売られたようだな』
「売られた? 俺たちが……?」
そう、売られたのだ。冷静に考えれば、殺人ギルドのような組織に惑星連邦政府が助けを求めて来るなどありえないことだ。政府にとってはエルダー夫妻の研究資料などどうでもよかったのだ。衛星軌道上に浮かぶ危険な武装衛星を破壊し、ついでに殺人ギルドの戦力も縮小できればそれで十分だったのだ。
「──っ!?」
不意にラオはフロアの隅に気配を感じ、銃を発射していた。無人兵器がここへ辿り着き、自分に向けて攻撃すると思ったのだろう。だが呆気なく倒れたそれは無人兵器などではなく、小さな人影だった。
「アリスっ!」
(子供!? 何故ここに子供が!?)
撃たれた子供に驚き、べリスが駆け寄りラオもそれに続く。エルダー夫妻の孫だろうか? だが夫妻に子供がいたという事実は確認されていない。もっと驚いた事に、べリスに抱かれている子供は撃たれたにもかかわらず、血が出ないばかりか痛がっている様子も無い。
「駄目よ、出て来ては! まだ寝ている様に言ったでしょう!?」
「ごめんなさい、お母さま。でも、もうすぐここに沢山……」
アリスと呼ばれた子供がそう言いかけた時、フロアで強い揺れを感じた。まさか、もう核ミサイルが着弾を始めたのか!?
『……どうやらここまでのようだな。核などに、奴らなどに破壊されるくらいなら、この手による消滅を選ぶのみ……』
「なんだと!? 一体何をした!?」
『この衛星とてあのミサイル全てを撃ち落すことは不可能だろう。衛星の自爆装置を起動させた……命が惜しければ……君は…げる…だな……見たかっ……ロボットたち……楽園──ザ──……』
巨大ディスプレイにノイズが走り、エルダー博士の姿は消えた。
「お父さま!? みんなのおうちを壊さないで! お母さまっ!」
その時、かなり近くで爆発音が轟いた。縦揺れが起きフロアが傾く中、あちこちで崩壊が始まる。このままではまずい!
「出口はどっちだ!? 生き埋めになるぞ!」
慌てるラオに対し、べリス博士はアリスを抱きしめると髪を撫でた。
「お母…さま?」
「せっかく生まれて来たんですものね……。サイモンは消滅を望んだけれど、私には貴女を道連れにすることなど出来ないわ……」
そう言ってアリスを放し、銃を取り出した。
「この先に脱出用の小型シャトルがあります。この子を連れて、どこか遠くに…」
「──っ!?」
銃口を自らのこめかみに当て、べリス博士は引き金を引く。その直後、天井が崩れ落ちてきた。ラオはアリスを担ぎ上げると言われた方向へと急ぐ。
「嫌ぁ──っ! お母さま──!」
「大人しくしろ! もう二人は死んだんだ!」
「放してっ! お前のせいで、お父さまとお母さまがっ!」
肩の上で暴れるアリスを抑えつつ、通路を走るとラオは遂にシャトルを発見した。しかしその直後、通路側面から爆発が襲い二人は投げ出されたのだ。
(──ぐ……)
爆風に巻き込まれ、一瞬気を失っていたようだ。辺りは火の手に包まれ、瓦礫の山が広がっている。目の前にあるシャトルは何とか形を留めている。
(……そうだ、子供は……ぐっ!)
鋭い痛みの走った自分の足を見ると、人間の腕によって掴まれていた。恐ろしいまでのその力、そこに居たのは下半身を失ったアリスだった。
「……許さナイ……オマエダケハ……ヒトゴロシ……」
(こいつは!? 人間ではないのか!?)
半身と片腕を失い、頭部が半壊しても尚、ラオを睨み、ちぎれ掛けた腕でその足をもぎ取らんばかりに掴み続ける。
「……ミンナヲ……返セ……ヒトゴロシ……」
「……許せ」
ラオはレーザナイフを取り出し、アリスの片腕に振り下ろした。
…………
「ではその時の子供が……」
「そうだ。恐らくエルダー夫妻が最後に残した研究成果……。限りなく人間に近く、人間よりも遥かに想像を超えた力を持つアンドロイドだ」
そう言ってラオは、卵の中にあるアリスに視線を向け続ける。命ある人間よりも、ロボットに執着し続けたサイモン博士。アンドロイドを我が子同様に思い、自害したべリス博士。己に対し、人殺しだと恨み言を吐いた機械の少女アリス……。あの時ほど衝撃を受けたのはシーラが死んで以来……もしかするとそれ以上にショッキングな出来事だったかもしれない。
「……確かに一見、ただ精巧に作られたアンドロイドにしか見えんでしょうが、我々科学者は未知の力を秘めた演算機ではないかと推測しております。それこそ超次元へアクセスできる可能性を秘めている程の」
説明したい欲求に我慢できず、Dr.バスがそう口添えした。超次元は無限の可能性を秘めている。もしそれをうまく制御できれば、シーラを生き返らせることが可能かもしれないし、ラオも二度と悪夢に
ありとあらゆる望みを叶える、
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