EP3 エデンへの鍵

エデンへの鍵 前編


──ここはどこだ?


 何とも言い難い、奇妙な空間をラオは一人歩いていた。昼なのか夜なのかすら判別できない上に、妙に息苦しい。嫌な予感がする、一刻も早くこの場から立ち去らねば……。出口はどこだ? いや、それよりここまでどうやって来た?

 非現実的な感じを抱えたままに歩くと、正面に光が見えた。出口かと思ったがそうではない。光が差す場所に銀髪の少女が一人、下を向いて立っていたのだ。


──? 泣いているのか?


 少女は顔を覆って下を向き、静かに肩を震わせていた。その足元を見ると、二人の人間が重なるように倒れており、おびただしく血を流している。


『……お父さま……お母さま……』


 ラオはたじろぎ、一歩後ずさる。まさか……こいつは……。


『……ねぇ……お父さまとお母さまを返して……』


──違う! 俺は知らない……!


 不意に少女は振り向き、怒りと悲しみの顔を見せた。


『嘘だ! お前が殺したっ! 人殺しっ! 人殺しっ!!』


──違う! 俺は──!


 必死に声を出そうとするも、うまく言葉にならない。手にぐにゃりとした感触を受け、思わず自分の両手を見た。そこには血にまみれた銃が握られていたのだ。


『ヒトゴロシッ! ヒトゴロシッ! ヒトゴロシッ──!』


 叫びながら少女は肉が剥がれていき、立ち待ち顔は髑髏どくろが見え始める。倒れていた老夫婦も立ち上がり、髑髏の微笑を見せたのだ。


──ぐっ!


ヒトゴロシ……ヒトゴロシ……


 気が付けばラオは大勢の髑髏に囲まれていた。いずれも姿に見覚えのある、今まで自分が殺してきた人間のむくろたち。正面から近寄って来た長身で銀髪の骸に、ラオは戦慄が走り、手に握られていた銃を落とす。


──シーラ……君まで俺を責めるのか……?


ヒトゴロシ……ヒトゴロシ……


 足元に沸いた骨の手に掴まれ、身動きが封じられる。しかし、敢えてラオは抵抗しなかった。そんなに恨めしいのならば、いっそ殺せ。目を閉じてそう甘んじた。


 やがて、肩に熱い痛みが走った。


…………


「──お客様、お客様?」

「うっ……」


 肩を揺り動かされ、声を掛けられていることに気付く。どうやら夢を見ていたようだ。ラオは辺りをゆっくりと見渡し、星間シャトルの客席だったことを思い出す。それをシャトルのアテンダントが心配そうに顔を覗き込んでいるのだった。


うなされていましたが、お加減は? 医務室までご案内致しましょうか?」

「……いや、いい」


 ラオは荷物を持ち、不愛想に立ち上がってシャトルを出た。


 ここから地下リニアへと乗り換えなければならない。向かいのホームに立ち、次のリニアを待っていると、すぐ横の女が目に入った。コートにサングラス、帽子からは長いウェーブのかかったブロンドの髪が伸びている。手には旅行カバンを下げているが、一人旅だろうか。


「……」


 ……先程の悪夢のせいだろうか。ラオはこの時、女とシーラが被って見え、思わず視線をそらして首を振った。色白の肌に紫色のルージュ……馬鹿馬鹿しい話だ、シーラとは似ても似つかぬというのに……。それだけ自分が参っているという事なのか。


 リニアが着くと、ラオは真っ先に乗り込んで席を探す。乗客はまばらで空いていたが、敢えて一つ先の客室へと足を運んだ。

 座席を確保し寝転がるとすぐ、後ろで開かれる自動ドアの音を聞いた。入って来た乗客は、すぐ斜め後ろの座席へ腰を下ろす。ちらりと伺うと、さっきの女だった。


(俺をつけているのか? ……まさかな、考え過ぎだ)


 ラオは、表向きは死んだことになっている。暗殺をしていたことで方々から恨みを買っているだろうが、自分だと特定され復讐されたことはなく可能性も極めて低い。だが万が一という事も考え、次のステーションでリニアから降りることにした。


 やがてリニアはステーションへ到着したが、何食わぬ顔で座り続ける。扉が閉まる予告音が鳴ったタイミングを見計らい、素早く客室から外へ出た。ラオがリニアから出ると同時に扉は閉まり、これならば誰も追っては来れぬと思った瞬間──。


ビ────ッ!!


 けたたましく鳴り響く、非常停止のブザー音。振り向くと、リニアの扉にバッグが挟まっていた。ゆっくり開かれる扉を流し目に見ると、あの女の姿が現れる。そして様子を見に来た駅員を振り払うように、足早にこちらへと近づいて来たではないか。

 気付くとラオは出口とは別の階段を駆け下りていた。同じように上から駆け下りてくる足音、間違いなく自分を追ってきている!

 ラオは構わず階段を駆け下りる。すれ違う人間は一人もいない。どんどん駆け下り「KEEP OUT立ち入り禁止」の張り紙がしてあるドアを開け、更に階段の下へと向かう。それでもまだ足音はつけてくるのだ!


(執念深い奴だ!)


 角を曲がった所で立ち止まり、追跡者を迎え撃つべく銃を構えた。足音は止まることを知らずにどんどん近づいてくる。姿が見えたと同時にラオは叫んだ。


「動くな!」


 追って来たのは、やはり例の女だった。銃を向けられているにもかかわらず、怯えることも逃げることもしない。


「答えろ、何故俺を追って来た!?」


 にらみ静かに強い口調で威嚇すると、女は黙って持っていたバッグを下ろし、帽子を脱ぎ始める。すると帽子ごとブロンドの髪が脱げたではないか。下から現れたのは、切り揃えられた黒い髪。続けてサングラスが取り外される。


「お前は……!」

「……」


 女の正体は、キャンベラのメイドのロゼであった。



「どこまでついてくるつもりだ」

「……」


 リニアステーションから出ると、ラオは高い建物に囲まれた側道を歩く。その後をロゼは無言でついて行くのだった。すれ違う人間は居ない、この星の移動手段は自動制御されたタクシーが主流だからだ。先程からひっきりなしに、同じ形のロボット・カーが追い抜いていく。


「俺を見張れと言われたのか?」

「……違うわ」

「嘘だな、とにかく帰れ。これ以上はついてくるな」


 これからラオの向かう場所は、誰にも知られてはいけない機密区域、キャンベラにすら詳しく話していない場所だ。だからこそキャンベラはこうして後をつけるよう、ロゼを寄越してきたのかもしれないが……。


「身を削り命を売ってまで求める物が何なのか、私は知りたいだけ」

「君には関係の無い事だ」

「知る権利はある筈よ、私には」

「なぜそう言える?」

「それは貴方が一番よくわかっている筈」

「……」


 暗殺ギルドへ所属していた者同士、興味があるという事なのか。それとも鎌をかけたつもりなのか、主からの入れ知恵なのか。全くの的外れとも言い難い言葉に、どう答えていいのかわからずラオは黙っていた。同時に嫌な女だ、とも思った。


 暫く歩き、タクシー乗り場に着くと乗車待ちボタンを押す。待っている間、ラオは荷物から黒い布とかせを取り出し、ロゼに突きつけた。


「胸に付いている盗聴器を外してこれをつけろ。ついてくるならそれが条件だ」


 言われロゼは、黙って胸のブローチを外し踏み潰す。


「見た事は誰にも他言するな、話せば容赦しない。例えメイリィ、君でもだ」


 大人しく手枷をされ、目隠しをされるロゼ。


「私はメイリィじゃない、ロゼよ」

「……」


 程無くして、二人の横に一台のロボット・カーが停車した。


 二人を乗せてタクシーはどこまでも走り続ける。車内には音楽すらかかっておらず、無言の静けさに支配されていた。


「……」

「……」


 ベラベラとおしゃべりな女は苦手だが、全く喋らないというのも考え物だ。座席を倒してリラックスするも、横で目隠ししながら静止しているメイドが気になって仕方ない。そもそも彼女は普段からこの格好なのか?


 やがて寝付けず、沈黙にも耐えられなくなったラオは、おもむろに口を切った。


「君は後をつけるのが下手だな」


 散々つけ回された皮肉も込めこう切り出す。対し、言われた本人は平然としたままだ。機械化された体なのだから、表情がなくて当然なのかもしれないが。


「この体になってから、気配が消しずらくなったわ」


 素でそんなことを言っているのか、とラオは呆れる。


「あんな格好では嫌でも目立つ。それにやり方が強引で不自然過ぎだ。本気で体のせいにしているのなら、君は暗殺者には向いていない」


 シーラの妹であるなら、今すぐ人殺しの仕事などやめて欲しいという思いから出た言葉。危ない目に遭っても尚、続けなければいけない理由が彼女にはあるのだろう。それでも止めさせたい、姉の悲惨な最後を目の当たりにしたラオは、柄にも無く長々と説教を始めてしまった。


「シーラなら……」


 こう言い掛け、慌てて口を紡ぐも既に遅し。


「どうしてあの女の名前が出てくるのよ!?」


 激しい衝撃音に横を向くと、ロゼが怒りにまかせてダッシュボードを叩き割っていたのだ。


「どうしてみんなあの女と比べたがるの!? 関係無いじゃない!」

「……済まん」


 逆鱗に触れてしまい圧倒されるラオ。その反面、心まで機械になってしまったかと思っていただけに、少々安堵あんどもした。


 しかし一つ気になった事がある。実の姉を「あの女」呼ばわりした事だ。


「シーラと仲が悪かったわけではあるまい?」

「……仲なんて良かったわけ無いじゃない !」


 ロゼは自分とシーラの過去を話し始めた。


 ロゼ……いや、メイリィは裕福な家庭に生まれ育った。貿易業を営む父と、オペラ歌手の母を持つ彼女は、この上なく幸せになる筈だった。

 だが父に浮気相手がいたことが発覚し、事態は一変する。切っ掛けは児童保護団体が一人の少女を屋敷に連れて来たことだ。浮気相手が事故死し、残された娘が父の子であるというのだ。この少女こそがシーラだった。やむなく屋敷で引き取ることにはなったが、代わりに裏切られた母が出て行った。

 シーラはメイリィ同様、屋敷で育てられ学校へ通うこととなる。次々と才を発揮するシーラに、父は深い愛情を注いだ。一方のメイリィは何をするにしても姉には及ばず、次第に劣等感を抱くようになっていく。そんな妹をシーラは気に掛けたが、その度にメイリィは姉に辛く当たり、自らどんどん孤独になっていった。

 大学院を卒業したある日、忽然こつぜんとシーラはその姿を消した。理由は不明だが恐らく「めかけの子」という立場と妹を気遣っての事だろう。警察に届けても行方は知れず、父はショックの余りに衰弱し、やがて自殺した。そのおかげで父の経営していた会社は軒並み倒産し、メイリィに残されたのは屋敷と僅かな財産だけとなる。


 後日、自分宛てに手紙と仕送りが届くようになり、後に姉が暗殺ギルドに所属していることを知った……。


「わかったでしょ? 私にとってのあいつは、疫病神以外の何者でもなかったのよ。ギルドでもあいつと比べられ続け、気が付けば見ての通りのこの体……馬鹿な女だと可笑しければ笑えばいいわ」


「何故君はギルドに入った? シーラの仇を取るためではなかったのか?」

「そんな訳無いじゃない! あいつより優れている事を証明したかっただけよ!」

「君は嘘つきだな」


 そう言って倒した座席を戻し、起き上がる。


「本当にそう思うなら、あの時俺に見せた涙は何だ?」

「……何ですって?」


 ロゼは驚いて身を起こし、首をラオの方へ向ける。


「君はシーラを憎んでなどいなかったんだ。回りの奴らが二人を引き離してしまっただけで、君は心のどこかでシーラを慕っていたんだ」

「そんな訳……!」

「そうでないなら彼女が君に手紙など寄越す訳が無い。妹がいることなど、俺に打ち明けることもなかっただろう」

「──っ!」


 ロゼは顔に両手を当て、下を向いた。きっと泣いているのだろう。悲しくても涙の出ない様は、本人も見ている側にも一層の辛さを感じさせた。窓の外はトンネル内に差し掛かり、オレンジ色の光と影がいくつも過ぎ去っていく。


 やがて、タクシーは大きな建物にある駐車場内へと着いた。ロゼに目隠しと手枷を付けさせたまま、歩くように誘導させる。大分距離を歩くが一向に着く気配がない。途中で何度もオートウォーク(水平エスカレーター)に乗り、ドンドン奥へと進む。建物内の人間はまばらで、たまにすれ違う白衣姿がこちらに気付くと頭を下げるのであった。


「段差がある、注意しろ」


 促すも、ロゼはつまづき前のめりに倒れそうになり、すぐにラオが抱き留める。


「……大丈夫か?」

「……えぇ」


 暫し動けぬままの二人だったが、ロゼの方から慌て離れる。


「……」

「君はもう少しダイエットした方がいいな」

「デリカシーの無い男は嫌われるわ」

「嫌われる事なら慣れている」

「……馬鹿」


 大分距離を歩いたところでエレベーターに乗る。その中でロゼは、ようやく目隠しと手枷を外されるのだった。

 どこまでもエレベーターは下がっていく、3分経ち、5分以上経過してもまだ止まることを知らない。


「どこまで下りるの?」

「この世の果てまでさ」


 折り畳み座席に座り、壁に寄り掛かっていたラオはそう答えた。


 10分程経っただろうか、エレベーターは徐々に速度を落とし止まった。開かれた扉の外を見て、目を見開くロゼ。そこはいくつもの建物が立ち並ぶ、とてつもなく広い空間だったのだ。


「はぐれると厄介だ。絶対に離れるな」


 二人が目前に止まってたカーゴへ乗り込むと、静かに真っ直ぐ走り出す。上を見上げると天井は遥かに高く、数本の巨大な柱が伸びていた。きっとあれもここへ降りてくるためのエレベーターなのだろう。


「この地下施設は俺の財を全てつぎ込み、造らせたものだ。それでもまだ足りない。怪物の如く金を飲み込んでいく」

「それでマダム・キャンベラに借金を?」

「そうだ。だが奴にもここは見せていない」


 よく見ると所々空き地が目立ち、造り掛けの建物も存在する。カーゴは空間中央の巨大な施設の前で止まった。扉の前で暗証番号と網膜パターンを要求される。


──認証致しました。Mr.L、ご用件を伺わわせて頂きます。


「Dr.バスに話がある。すぐに寄越せ」


──かしこまりました。ようこそ、お帰りなさいませ。


 何重にも施された重い扉が開かれ、二人は施設内へと入った。中は照明で照らされ、白い壁のせいで眩く感じる。通路に部屋のような物は一切なかった。

 程無くして、正面から一台の乗用ポッドがやってきた。


「これはこれはMr.L、一年振りでしたかな。今日はどういったご用件で?」


 宙に浮いた小型のポッドが甲高い声で喋る。ポッドには小窓が付いており、覗くと中にたこの様な生物が入っているのがわかる。彼が施設の総責任者、Dr.バスなのだ。


「金の使い道の詳細と、現状を把握したい」

「畏まりました。……ところでそちらの方は?」


 そう言って頭に付いた目を細め、ロゼを見る。


「俺の身内だ。施設内を見せてやって欲しい」

「……左様ですか。ではまず銃を預からせて頂きます」


 ポッドから盆を掴んだアームが伸びる。ここに銃を置けというのだろう。ラオはすんなり従ったが、ロゼは姉の形見でもあるため少々躊躇う。


「心配ない。後で必ず返す」


「結構。ところでそちらのカバンは……」

「これは必需品よ。武器ではないわ」

「ふむ、ならばよいでしょう。ではついて来て下され」


 Dr.バスに導かれるように、二人は施設の通路を歩いて行く。途中で巨大なガラスの壁に行き当たった。ガラスの向こうは巨大なフロアになっており、下の方では大勢の人間が忙しく動いている。格好や人種は様々で、白衣を着ていたり、宇宙服のような物に身を包んでいる者まで居た。


「大分人員を集めたようだな」

「宇宙における頭脳の結晶、といったところですかな。中には別の銀河から呼び寄せた者までおります」


 見れば皆、大きさや形は様々、中には明らかに3mを越えている人間までいた。


「我々がここで行っている研究は、ピースの欠けた巨大パズルを組み立てるも同義。それでも皆の士気が一向に下がらないのは、やはり学者としての意欲がそうさせるのでしょうな」


 巨大フロアを横目に、三人は一角の部屋へと入った。


 椅子に座らされ、テーブルに置かれた資料を説明されるラオ。内容は送られて来た金の使い道、つまりはキャンベラからの借金がどのように使われているかの明細だ。施設建築、設備や研究資材、人員の確保とその維持……挙げていけばキリが無い。


「随分とかかるな。妥協できないのはわかるが、もう少し削減できないか?」

「それは大変難しいかと。今まで一国の予算並みに資金を調達して頂いた所で、非常に心苦しいのですがね……」


 説明しながら、Dr.バスはロゼが気になるのか、ちらちらと目をやる。それに気付いたロゼは、自分が資金の提供主であるキャンベラに雇われており、ラオの金の使い道に関してはキャンベラ自身も無関心だと説明した。これを聞いてバスは、幾分か安心した様だった。


「……さてと、Mr.L。重要な話があるので別室に来て頂きたい。その間、お連れ様をお待たせすることにはなりますが……」


「だそうだ。どうする?」

「問題ないわ。ここで待たせて貰うから」


 そう言うと持っていたカバンを取り出し、開けた。中には機械が詰まっており、そこから数本の配線と管を伸ばす。ロゼは自分の手首を外すと、配線と管を取り付け始めた。体が機械であるため、充電と人工透析じんこうとうせきが必要なのだ。


「……」


 ラオは珍し気にその様子を見ていたが、すぐロゼが無言でこちらを向いた。あまり人に見られたくは無いのだろう。それを察して目を逸らし、Dr.バスと部屋を後にする。一人残されたロゼは、管にオレンジ色の人工血液を流し始めた。



「宜しいのですかな? あのような者を施設に入れて」


 部屋を出て開口一番、Dr.バスはラオに詰め寄る。


「彼女は信頼できる。だからここに入れた」

「貴方がそう言うなら構いませんが……。何度も言うようですが、我々のしている事が少しで外部に漏れれば、宇宙を巻き込んだ大騒動になり兼ねんのですぞ?」

「十分承知している」

「ここに集まっている学者はいずれも屈指の者ばかり。それを一遍いっぺんに失うことなど、私には想像もしたくありません。重々に心して頂きたい」

「……わかっている。ところで話とは何だ?」


 まさか自分へ説教するためだけに呼び出した訳ではあるまい。立ち止まるとポッドの中で、Dr.バスは何本もの触手を絡ませ答えた。


「……実は研究が大分滞っているのです。我々の見解では、『アレ』は完全に機能を停止しています」

「死んでいる、という事か?」

「生物に例えるならばそういうことかと……。これ以上研究を続けるならば、生きたサンプルが不可欠です。何とか入手できませんか?」

「それは……」


 言い掛け、ラオは困惑した。「アレ」を連れ出した場所は既に消滅し、もう残っていないからだ。だからといって、ここで立ち止まる訳にはいかない。暫し考え込んでいると、先程のロゼの姿が頭を過った。


「──っ! 俺の血液を使え! 奴の体の一部が含まれている筈だ!」


 30分後、ラオたちが元いた部屋に戻ってくると、ロゼが澄ました様子で椅子に座っていた。


「用は済んだの?」

「あぁ、待たせたな。一緒に来てくれ、君の見たかった物を見せてやる」

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