EP4 メガフロートに神の裁きを!
メガフロートに神の裁きを! 前編
宇宙に散らばる無数の星々に、水は生命にとって不可欠な存在だ。だが多過ぎると一部の動植物にとっては逆に住みにくくなってしまう。
ここ銀河の辺境、イルプス系でも水を持つ惑星は存在している。中でも惑星ウルは表面の98%以上が海水という、宇宙でもかなり極端な海洋惑星なのだ。元々は陸地と海の比率が3:7程度だったらしいが、知的生命体が誕生した頃には海面上昇速度が急激化し、現在の姿になってしまっている。そして海面の上昇は現在でも進行中なのだとか……。
見渡す限り海ばかりのこの惑星に、ラオは居た。先住民の漁師に声を掛け、小さな漁船で沖へ出たのだ。漁船はブイが浮いている場所まで来ると、エンジンを止めた。
「旦那、これ以上は無理ですぜ」
漁師から言われ、ラオは双眼鏡を覗き込む。水平線の手前に浮かぶ黒い島のようなものが映ったが、細部まではよく把握できない。島の周囲に何隻か船が浮いていることは確認できた。
「もう少し近づけないか?」
「そいつは無理だ。なんせちょこっと寄っただけで、向こうさんの船がわんさと来るんでさぁ。威嚇されて船に大穴空けられそうになった仲間も居るくらいで」
海洋惑星ウルに浮かぶ、唯一のメガフロート要塞。数年前に惑星の外からやってきた宇宙宗教団体によって建設されたものらしい。この星の先住民は、外来人に対し、非常に気さくで友好的だ。しかし来るものを拒まない性格が災いしたか、政治中核を担っている者の大半が、星の外から来た異星人で構成されてしまっている。尤も人口が少なく資源も乏しいこの星で、誰が
ラオは猟師にワイヤーを垂らすよう頼んだ。重りを付けたワイヤーがどんどん海へ没していく中で、時折目印で止めては容器を取り付ける。
「ところで旦那、こいつで一体何をしようってんです?」
先住民であるドグラ族の漁師が、不思議そうに黄色い目を動かし覗き込む。
「海洋調査だ。海水を汲み取り水質がどんな具合なのか調べる」
「ははぁ成程、そうでやんしたか」
ワイヤーを全て海中に沈ませ、暫く待つ。そして再びモーターで引き揚げた。
「しかし海洋調査ってなると、原因はやっぱりあれでしょ?」
そう言って遠くに見える海上要塞を指す。
「あいつら平気で廃棄物を垂れ流すんですよ。海の底が深いから埋め立てに丁度いいなんつって。……海神様の罰が当たんなきゃいいですがね」
ここで漁師はウルに住むドグラ族の古い伝承を語り始めた。ドグラ族の祖先は元々海中に住んでおり、海の神に
「そりゃ世の中便利になって、人口が増えた方がいいでさぁ。でもあんな風に建物をバカスカ浮かべちまって、どんどん海が汚れてくのはどうも……」
「そうだな」
海水を入手したラオは、陸地の港へと帰還した。漁師に金を渡すと礼を言う。
「水ばっかしの星ですが、よかったらまた来てくだせ。あっしは来年この星をおさらばしますんで、もう居ないかもしれませんがね」
「その前にもう一度来ることになるだろう」
「???」
意味深な言葉を残し、ラオは去って行った。
……時は
ラオはキャンベラに呼び出され、屋敷のスクリーン室に居た。映し出された像は、惑星ウルにある例のメガフロート要塞だ。今度の仕事はこの要塞の破壊である。
「
渡された数枚の紙は要塞の見取り図、一体どこから入手したものだろう? それと気になる事があり、ラオはキャンベラに尋ねた。
「何故俺にこの仕事をさせる? ミサイルを落とせば済む話だ」
「あんたは黙って言われた仕事をすればいい」
「仕事に情報は不可欠だ。どう考えても俺に回ってくる仕事じゃない」
(ふん……流石に勘付いたか)
じろりとラオの顔を見ると、キャンベラは詳細を話し始めた。
ウルの陸地はいずれ、海中へ沈みゆく運命にある。地上に住処を無くした星の人間が取るべき方法は、二つ。他の星へ移住するか、他星の技術を取り入れるかだ。
更に他星からの技術は大きく分けて二つある。一つは『メガフロート計画』、水上に都市を築き、そこへ人間を住まわせる方法。もう一つは『アクアノイド計画』、海底に都市を築き、人間も海中で生活するというもの。しかしウルは海底に建造物を建てることが難しく、後者には向いていない。そこで政府は希望する住人を他星に移住させることで決議した。人口が今後どうなるかわからない中で、メガフロート計画の
これに目を付けたのが、宇宙宗教団体『メビウス』である。膨大な信者数を有するこの団体は、いずれ誰も居なくなるウルに信者を移住させ、巡礼地にでもすれば莫大な富を得られると画策したようだ。メビウスの幹部は法律の穴を突いてメガフロート建築を強行。一部の活動家からの反対を押し切り、瞬く間に要塞都市を完成させてしまったという訳だ。
「依頼元はどこからだ? ウルの政治家か?」
「んな訳あるかい。活動を牽制したい他の団体からだよ」
貧乏星が自分と取引できる訳が無い、と手を振る。
「要塞が破壊されれば、警察と世論はその原因と犯人を突き止めようとするのが筋……それで、だ。あんたの仕事に付ける条件は『事故と見せかけること』さ」
「なに?」
「天災に見せかけるのが一番いいね。そうすりゃ下手な言い掛かりを誰にも付けられない。うまくやれば報酬金を倍出すと言っていたよ。だからあたしからあんたに出す条件は『400時間以内に災害に見せかけてウルの海上要塞を破壊する』こと、だ」
キャンベラは念を押すように、されど軽く言い放つ。冗談ではない!
「時間内にウルで災害の起こる見込みは?」
「知るかい。今回は支度金に1億バカラ用意してやった、後はそれで何とかしな」
ブザーを鳴らすとメイドのロゼが、アタッシュケースを持って入って来た。中身を確認すると紙幣がぎっしり詰まっている。
(クッキー・ベリー)
「……?」
ケースを手渡した時、ロゼが不可解な事を呟いたのだ。
「仕事はもう始まってるよ。さっさと行きな」
キャンベラに急かされるように、ラオは部屋を出て行った。
(クックック……、400時間以内に宇宙嵐でも来ることを祈るんだね。まぁ坊やが失敗しても、他にやりようはいくらでもあるさ。1億バカラが退職金にならなければいいねぇ……と言っても、失敗したら返して貰うけどさ! ハハハハハッ!!)
その2時間後、とある星のネットワーク・ステーションで、ラオはモニターを眺めながら渋い顔をしていた。覗いているのはイルプス系ウル周辺の宙域情報、宇宙スモッグ状況は暫く快晴である。
故意に隕石を落とし、大津波を発生させることを思いついたが、この宇宙天気では一発でバレてしまうだろう。宇宙法の中でも隕石落としはかなりの重罪で、捕まれば終身刑、例え故意でなく被害が無かったとしても莫大な賠償を要求される。
次にウルの天気予報を覗いたが、多くの場所で晴れが続くとのことだった。更に間が悪い事に、今のウルは天候の穏やかな季節らしい。近年に入り大地震が起こったかも調べてみたが、期待した結果は見当たらなかった。
(打つ手無しか……何か天災を利用する以外の方法は……)
そう思いふと視線をずらすと、自分の携帯コンピューターが光を点滅させているのが目に入った。どこからかメールを受信したようだ。
(心当たりがない。いたずらか?)
来るとすればキャンベラからだが、普段なら無線通信で連絡してくる。と、なると無作為にウイルスをばら撒くクラッカー(コンピューター犯罪者)か? 不審に思いモニターを覗くと、やはりメールが届いていた。知らない差出名だ。
(クッキー……?)
──クッキー・ベリー
気が付くとラオは、急いでその場を後にしていた。
安いビジネスホテルを見つけると、早速部屋で確認に掛かる。念のためバックアップを取り「クッキー・ベリー」と書かれたメールを恐る恐る開く。
(こいつは……)
メール内容はホルダーに入れられている2つの資料だった。『アーリアフロント』という実在する製薬会社のようで、リンクを飛ぶとここからそう遠くない惑星に本社を構えているらしい。HP会員に登録すると、今までに研究してきた事柄まで閲覧できるようだ。
そして、もう一つの資料をクリックした時、ラオは度肝を抜かされた。写真が掲載された文章を読んでいくと、内容はとある被験体の研究資料であり、同会社の超極秘情報だったのである。
(……生物研究なのか? 『マーメノイド計画』だと?)
マーメノイド計画、噂ではラオも耳にしていた。海中に人間を住ませることを前提とした『アクアノイド計画』、その裏で密かに研究されていた計画だ。人体や遺伝子を操作させ、生身の体でも海中で生活できるようにするのだという。だがこの計画は多方面から人道的、宗教的な理由で反対され、構想段階で消滅したと言われていた。
資料を読んでいくと、驚くべきことに研究は最終まで済んでおり、更には被験体
に特殊能力まで付属させる計画まで書かれているではないか。
──被験体コードNo.S00002020-JE
(こいつは……! 使えるかもしれん!)
ネットワークを開き、再び惑星ウルの環境を調べ始める。そしてラオは確信した。これ以外に方法は無い、と。
しかし一体誰がどうしてこんな資料を寄越したのか? 資料のファイルを最後まで読んでいくと、1文が書き加えられていた。
任務の成功を祈る──ブラック・ローズ
(フッ、彼女に大きな借りが出来てしまったようだな)
気合を入れるとモニターを睨み、必要な物を確認する。時間が惜しい、二度手間は御免だ。最後にもう一度自分のするべきことを確認すると、ホテルを出て軌道エレベーターへと走るのだった。
……そして時は戻り、ラオが惑星ウルを後にした更に40時間後のこと──
タイムリミットまで残り300時間、ラオは別の星系の惑星に居た。イリア星系にある惑星『ネヴァ=ディディア』、やはり表面の80%が水という海洋惑星である。ウルとの違いは人口が非常に多く、都会だというところか。
シャトル・ステーションから降りたラオは、即座に高度成長を遂げた惑星の眩さを見せつけられた。ガラス張りの高い建物が幾つも
都会を流れる静かな音楽と、子供たちのはしゃぐ声を聞きながらラオは歩く。今日はいつもの黒いコート姿ではなく、スーツを着込んでいる。サングラスの代わりに黒縁の伊達眼鏡、逆立っていた髪はオールバックに固めていた。目指すはこの星にある製薬会社、アーリアフロント。
(……ここだな)
ゲートを抜けると、そこは巨大な水族館そのものだった。会社敷地の至る所が透明な壁で仕切られ、海水が流れている。時折魚群やイルカの群れが横切るのを、大勢の家族連れが眺め、楽しんでいた。まるで海の中を歩くテーマパークのような場所を、無料で一般公開しているというのだから驚かされる。
(水と共存している、まるでそう言いたげだな。ここなら本当に……)
チラリと横に目をやると、丁度イルカの群れが通過する所だった。それに交じり、場にそぐわない存在が一瞬目に入り、ラオは思わず足を止めた。
──人間なのか?
イルカに交じり、人間の姿が見えたのだ。酸素ボンベやスーツなど付けていない、水着を着た女の姿だ。一瞬向こうと目が合うも、女の方は興味無さげに泳いで行ってしまった。あっという間の出来事であった。
(見間違いか? それともまさか……)
我に返り、本社の建物の方へとラオは歩いて行く。超硬化ガラスの中は、かなりの水圧がかかっていることだろう。それをものともせずに、イルカと同じスピードで泳げる生身の人間など、広い宇宙でも種族は限定されている。しかし、見た目は自分とそう違わない人間だった……まさかあれがマーメノイド計画の完成形なのか?
案内板に従いアーリアフロント本社の建物に入り、ラオは受付に偽造した身分証明を見せる。アポを取ったことを告げると奥の部屋に通され、暫く待つよう言われた。
そして待つこと30分後、ヒールの足音と共にドアが開かれた。
「ごめんなさぁい、随分とお待たせしちゃったわぁ!」
入ってくるなり甲高い声を上げる長身の女。髪をカールさせ、これでもかというくらいに大きなイヤリングをつけて、スーツの上から白衣という格好。この製薬会社で名誉代表兼研究責任者のカイ・アンビーナ、HPで見た外見そのままである。
「貴方が連絡してくれた会社の人ね? もっと年を取った人が来ると思ってたから、ついビックリしちゃった♪」
歳はぱっと見、30程度だろうか。しかしラオは、一目であることを見抜いてしまっていた……。
(こいつは男だ……)
髭の剃り跡は見えないが、妙に体格ががっちりしている。まあこの手の人間を見たことが無いわけでは無く、気にせずに話を進めることにした。
「それでそれで? 話は商談かしらん?」
「時間が惜しい、単刀直入に言おう。そちらの会社の被験体を借用願いたい」
「被験体?? ……おかしいわね、会社の被験体なんて一般公開していたかしら?」
首を傾げつつも、カイはフチの無い眼鏡を正す。
「ごめんなさいねぇ、最近忙しくてイベントやHP内容を憶えていないの。ちなみにその被験体のコードナンバーはわかるかしら?」
「コードナンバーは『S00002020-JE』だ。マーメノイド計画に関わるものと言えばわかってもらえると思うが」
「……」
その時、カイの表情から一瞬笑顔が消えた。しかしすぐ額に手を当て、困った様な表情を見せる。
「はは……マーメノイド計画って……あのねぇ……。それにうちの被験体には文字から始まるものは無い筈よ。数だって100にも満たなかったと思……」
シラを切る気だ! すかさずラオはアタッシュケースを開け、現金を見せた!
「無論只でとは言わない。これで足りなければ後で用意する」
「…………ぷっ……あははははははっ!」
突然カイは腹を抱えて笑い出す。一通り笑い終えると、怒りの形相を見せたのだ。
ドンッ!
「舐めてんのかクソガキゴルァッ!!!」
拳を机に叩きつけ、ドスの利いた低い声で怒鳴る。それに対してラオは眉一つ動かさず、黙ってカイの方を向き続けた。
「うちの被験体貸せだぁ!? そういう口は商談の一つでも通してから聞きやがれってんだよ!! どこの馬の骨か知らん奴に、そんな
速足でドアに向かい、乱暴に開ける。
「さっさと出てけアホンダラッ! 二度と顔見せんなっ!」
『ちょっとカイ、さっきから
開けられたドアの向こうに、バスローブを着込んだ青い髪の女が立っていた。年は大分若く見え、10代後半くらいだ。
「キャァァーッ! ちょっとジェニーちゃん! 何て格好してるのっ!」
カイは黄色い叫び声を上げると、女を外へ連れ出そうとする。
「あんたの部屋、ドライヤーが無いんだけど? いつも使ってたやつ」
「ドライヤーならこの前買ってあげたでしょっ!? いいから早く戻って!」
「だってあれ使いにくいし。それよりさっき被験体がどうとか聞こえたけど?」
「ううん、こっちの話よ。あいつ客じゃないからさっさと追い出すわね」
ラオを睨み、さっさと出て行けと目でジェスチャーする。
しかしラオはこれに構わず、落ち着いた表情で第三者へと語り掛けた。
「被験体No.S00002020-JEの借用を願い出ていたところだ。どうしても必要だ」
「私がそのNo.S00002020-JEだけど?」
「キャァァァ────ッ!! ちょ、ちょっとジェニーちゃん!?」
小柄な女の口から驚くべき言葉が出た瞬間、カイは奇声を上げた。
硬直するカイに構わず、女はずかずかと部屋に入って来る。
「私の力が必要なの? 貴方、名前は?」
「ラオだ。どうしてもこなさねばならぬ仕事がある」
ジェニーと呼ばれた女を改めて見る。青い髪は頭に張り付き、乾き切っていない。もしかすると、先程水の中で見たのがこの女なのだろうか。
「ふぅん……」
ジェニーの方も、まじまじとラオを見る。少し考えると、何か思いついた様に手を打った。
「じゃあその前にテストしよっか」
「テスト?」
「ジェニーちゃん止めなさい! こんな見知らぬ男なんかにっ!」
「うん、そう。だからテストよ」
顔に付いた青い髪をかき上げ、僅かに口元へ笑みを浮かべる。
「私を大切に扱ってくれるかどうかわからない、だから今からそのテストをするの。不合格だったらこの話は無し、それでいいわね?」
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