第5章 未来へ ⑥親になる、ということ

 昨日が卒業式だった。私はどんどん膨れていくお腹を抱えながら、ちゃんと最後まで学校に通った。つわりで苦しんだ時期は、本当につらかった。

 雪ちゃんたちも、先生たちも、最初は驚いていたけれど、いつも心配して気遣ってくれた。なかには通りすがりに「やーだ、できちゃった婚?」って蔑んだ目で見る人もいたけれど、聞き流した。

 部活の後輩のなかには、「男の子と女の子、どっちですか? 産まれたら、抱かせてくださいね!」と無邪気に言う子もいて、私はずいぶん恵まれていたと思う。


 ただ、秋の保育園の実習は大変だった。

 お腹は明らかに大きくなっていたから、担当の保育士さんに目を丸くされた。

「えー、妊婦さんが実習に来るなんて初めて。保育士の勉強より、自分の子育ての勉強をしたほうがいいんじゃないの?」って言われたときは、かなり凹んだ。確かに、走れないし、子供と遊べることも限られてるし、まともに実習できている状態じゃなかった。

 でも、そこの園長先生が私のことを学校から聞いたときに、「ぜひ実習にいらしてください」と言ってくれたらしい。保育士さんたちはあきらかに迷惑がっていたけど、園長先生はそれを見て、たしなめてくれた。

「あなたたち、いつも子供とは接しているけど、妊婦さんとはそれほど接したことがないでしょ? 自分も産んでないんだから。妊婦さんがどれだけ大変なのかを知るのもいい経験だから、みんなでサポートしてあげなさい」

 実習生をサポートするなんて、立場が逆なんじゃない?

 保育士さんがそう思っているのはありありと分かった。私もさすがにそう思ったぐらいだし。

 ある日、園長先生と後片付けをしていたら、園長先生は私のお腹をじっと見た後、「ご両親に反対された?」と聞いた。

「ハイ、母が、最初は、かなりショックだったみたいで」

「そうでしょうね。短大にまで行かせたのに、って思うでしょうね」

 話の流れから、ああ、また「どうして軽率なことしたの?」って説教されるのかな、と思った。散々、いろんな大人から聞かされてたから。

 でも、違った。

「うちの娘も、できちゃった婚だったのよ。やっぱり、二人とも学生でね。まあ、ショックだったけど、私はこういう仕事をしてるし、堕ろせなんて言えないじゃない?」

 意外な告白だった。

 園長先生は、西日が差しこむ教室で、おもちゃを片付けながら、淡々と話していた。白髪交じりの髪が夕日に照らされて、キラキラ輝いてキレイだったのを覚えてる。

「結局、二人とも学校辞めて、結婚して、子供産んだんだけどね。そりゃあもう、大騒ぎだったんだから。向こうの親御さんは、世間体が悪いって堕ろさせようとしたし。私も、保育園に勤めてるのに、家ではどういう教育してるんだってなじられたのよ。でも、今となっては、よかったって思ってる。まあ、もう3人も子供がいるしね。向こうの親御さんも、孫が産まれたらなんだかんだ言って大喜びしてたし。まあ、子供の人生なんて、親がどうこうできるもんじゃないのよねえ」

 最後に、「大変だろうけど、資格はとっておいたほうがいいから、最後まで頑張りなさい」と励ましてくれて、部屋から出て行った。

 誰もいなくなった部屋で、私はちょっとだけ泣いた。

 私たちは二人とも、ずいぶん大変な道を選んでしまった。

 でも、二人なら、そして二人の間に産まれて来る子なら、きっと何とかやっていける。

 そんな自信がついてきたのは、最近になってからだ。

 隼人が、そしてお腹にいるこの子が、私を強くしてくれたんだろう。

 

 私はこの子を愛せるだろうか。

 散々、自分を傷つけた私が母親になる。それを思うと、たまらなく怖くなった時期があった。泣いて、隼人に不安をぶつけたこともある。

「大丈夫だよ、美咲は誰よりも人の痛みを分かってるんだから」

 隼人は優しく抱きしめてくれた。ありきたりな言葉かもしれないけど、心に染みた。

 そうだ。私たち二人は、いろんな痛みを知っている。

 それなら大丈夫。きっと、この子を痛みから守ってあげられる。あらゆる痛みから。


 


 

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