第5章 未来へ ⑤今、ここにいる。
「そんで、隼人は卒業したらどうすんだ?」
高田のおじさんは、もうすっかりできあがってしまっている。日本酒に切り替えて、刺身をつまみにチビチビやっている。
「あ、食品メーカーに行こうって思ってて」
「へえ。偉いなあ、堅実なところを狙ってるんだ。家族を養うためか?」
「ハイ、まあ」
「オレなんか、高校卒業しても、しばらくブラブラしてたけどね」
「今は、早くから就職先を探さないと行けないから……」
おじさん相手に敬語で話せばいいのか。ため口で話せばいいのか、まだつかめない。
「行きたいとこが決まってんなら、もう働けばいいじゃないか」
「それじゃダメなんです。大学出てないと、正社員として雇ってもらえなくて」
「なんだ、それ。いつから働いても同じだろうに。変な話だな」
おじさんは内装業をやっている。卓也も、その後を継ぐつもりで、今は一緒に働いている。
震災後は家を建てる人が多かったから、しばらく仕事には困らなかったって、聞いたことがある。この家も、確かそのお金で建てたんだ。
「おじさんの仕事は、どうなんですか?」
「どうでもいいけどお前、敬語はやめろ。気持ち悪いから」
「……ハイ」
「久しぶりに会うから、照れくさいんでしょ」
おばさんがフォローしてくれる。
「本当は、東京に会いに行きたかったんだけどね、お金が貯まったころに。この人、入院しちゃってね」
えっ。オレはまじまじとおじさんの顔を見た。とても身体が悪いようには思えない。
「がんだったのよ、大腸がん」
オレは言葉を失った。
「お前、なんでそんな話するんだよ。おめでたい席なのに」
「いいじゃない、もう5年も前の話だし」
「え、え、それで、今は」
「今は何ともないよ。この間、検診で診てもらったけど、異常なしだって」
「え、それで、お酒とか飲んで大丈夫なんです……なの?」
「今日はめでたい日だから、ちょっと飲んでるだけだよ」
「これでも、ずいぶんお酒の量は減ったのよ。ビールはコップ半分まで、日本酒もおちょこに2杯までって決めてるから」
「たったこれぐらいで酔っちゃうんだから、オレも弱くなったよなあ」
「卓也も付き合いで、家では飲まないの。外では飲んで、ベロンベロンになって帰ってくるんだけど、酔っぱらい方がお父さんそっくりなのね」
「小さいころから、親父の酔っぱらい方を見て、研究してっからさ。玄関で寝るとかさ、植木に話しかけるとかさ。やっぱ芸は受け継がなくちゃいかんでしょ。二代目としては」
美咲とさくらちゃんが笑い声をあげた。
オレは動揺していて、笑うどころじゃない。
おじさん達も、10年の間に色々あったんだな。今は普通に笑ってるけど。
何だか、オレは泣きそうになっていた。
人生なんて、そんなもんだ。
大樹兄ちゃんが、よくそのセリフを吐いていた。
人生なんて、そんなもんだ。
分かってる。人生なんて、うまくいかないことばっかだ。大変なことばっかだ。オレだけじゃない。みんな、そうなんだ。
みんな、必死にもがいて生きてきて、今、ここにいる。
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