第5章 未来へ ②家族の絆

 家に入ると、卓也と同じ茶髪にした女の子が、「こんにちはあ」と笑いかけてきた。卓也の嫁さんだ。確か、名前はさくらちゃんとか言ったかな。

 まだ18歳なんだけど、1歳の息子がいる。母親としては美咲より先輩だ。東北人らしく色白で、丸顔で、ちょっとぽっちゃりしている。

 美咲はさっそく、卓也の子に話しかけている。二人で選んだ車のおもちゃを渡したら、卓也の息子はビリビリに包装紙を破いている。

 さくらちゃんはその横で、「なんだろねえ、太陽、何が出てくるのかなあ」とのんびり話しかけている。ほのぼのしている親子の図だ。

「朝早く出たんでしょ? お腹すいたんじゃない?」

 おばさんが、キッチンから次々と料理を運んできて、テーブルに並べる。

 ああ、幸せそうだ。よかった。卓也たちには、絶対に幸せになってほしかったから。

 おばさんの料理は、北国の人だからか、ちょっとしょっぱい。

 オレと美咲が煮物を一口食べて、ちょっと戸惑っている様子をおばさんは見逃さなかった。

「あ、東京の人にはしょっぱいかもしれないねえ。無理して食べなくていいのよ。美咲ちゃんは、お腹に赤ちゃんいるしねえ」

「さくらが作ったのなら、いいんでね」

 卓也がちらしずしを小皿に盛ってくれた。

「そうね。さくらちゃんは、お母さんが関東の人だから、ちょっと味付けが違うからね」

「それを、おふくろと親父はさ、いつも味が足りないってしょうゆをどばってかけちまうんだから」

「こればっかりは、しょうがないのよ。味覚は家によって違うもんなんだから」

「さくらだって、親父が高血圧だからって、気ぃ使って塩少な目に作ってんのに」

「気持ちはありがたいんだけど、ちょっと物足りねえんだなあ」

「んだよ、この間も健康診断の後、青くなってたくせに」

 さくらちゃんがいる前で、おじさんとおばさんは料理をけなすようなことを言っているので、オレは聞いていて冷や冷やした。 

 けど、当の本人のさくらちゃんはニコニコして、太陽君に「あーん」と、離乳食を食べさせている。気にしないフリをしているのか、気にならない性格なのか。

「このちらしずし、おいしい!」

 美咲がお寿司を頬張りながら、さくらちゃんに話しかける。 

「さっぱりしてるから、食べやすい」

「私も妊娠してるとき、さっぱりしたもの食べたくてぇ、よく食べてたのぉ。生の魚は使ってないから、大丈夫だよぉ」

 さくらちゃんは語尾を延ばす、おっとりした話し方をする。

「私は卓也がお腹にいた時は、刺身もいっぱい食べてたけどねえ。最近は食べちゃダメって言うらしいわねえ」

「刺身食ってたから、頭悪い子が生まれたんだろ」

「んだよ、オレの頭が悪いのは魚のせいかよ」

 3人の軽口を聞いて、美咲とさくらちゃんはアハハと笑う。

「ホラ、さくらちゃんも、から揚げ、冷めないうちに食べないと」って、おばさんも何だかんだいって、さくらちゃんの世話を焼いてあげてる。

 さくらちゃんは、変わらずにおっとりした調子で、「いただきまあす」と箸を取る。

 せかせかタイプのおばさんと、のんびりタイプのさくらちゃんは、意外にもいいコンビなのかもしれない。 

 

 オレは、来月から美咲の家に厄介になる。

 まだ家族で住むだけの資金なんてないから、当分美咲の家で同居することになるだろう。

 正直、オレは美咲の両親はちょっと苦手だ。

 お母さんは神経質っぽい感じがするし、お父さんはオレのことを面白く思ってないだろうし。

 ついでに、優海ちゃんはいかにもイマドキの子っぽい感じで、オレが名取家でご飯を食べているときも、一人でスマフォをいじってたりする。お母さんにたしなめられても、やめない。何を話せばいいのか分からなくて、会話に困る。

 一階と二階に分かれて暮らすものの、毎日顔は合わせるわけだし、美咲の家族とどうやって接したらいいか分からない。後で、さくらちゃんに聞いてみるかな。

 おじさんと卓也は昼間からビールをグイグイ飲んでる。今晩はこの家に泊まらせてもらうことになってるので、オレも遠慮なく飲んだ。

「それでさ、二人のなれそめは?」

 おじさんが身を乗り出してきた。

「なれそめって言われても……」

「どこで出会ったんだよ。美咲ちゃんも仙台出身なんだろ?」

「私と隼人は、大学の弓道部で一緒だったんです。そこで、出会って」

 美咲が代わりにハキハキと答える。

「へえ、弓道。隼人君、そんなのしてるんだ」

「カッコいいなぁ」

 おばさんとさくらちゃんが間の手を入れる。やっぱり、この二人はいいコンビだ。

「んじゃ、卓也は、さくらちゃんとどこで出会ったんだよ」

「どこだっていいだろ」

「あ~、私、コンビニでレジのバイトしててぇ、たっくんは、そこによく買いに来ててぇ、それで話すようになったの」

 さくらちゃんが説明する。

「それって、もしかして、ナンパ?」

 しかも、たっくんって。オレはニヤニヤしてしまった。

「うっさいな」

 卓也の顔が赤いのは、ビールのせいなのか、照れているせいなのか。

「面白かったんだよぉ。たっくん、一日に、何度も買いに来るの。それで、他に人がいるときは、ずっと立ち読みしてて。そんで、人がいなくなったら、ガムとかアメとか買って、『暑いねえ』『バイト、大変じゃない?』って話しかけてくんのぉ」

「お前、何ばらしてんだよっ」

 卓也はあわてて、そばにあったタオルをさくらちゃんに投げつけた。さくらちゃんは弾けたように笑う。

「ああ、それで、あのころ、やけにうちにお菓子が多かったんだ。この子、甘いものが好きなわけでもないのに、急にアメとかチョコレートとか買ってくるようになったから、どうしたんだって聞いても、もらったんだって言うばっかりだし。ホントは、さくらちゃんに会うためにコンビニで買ってたのね」

「なんだよ、今更。オレがさくらとつきあってるって話したとき、『あのコンビニの子?』って見抜いてたじゃないかよっ」

「まあね。この辺でコンビニなんて一軒しかないし。買いに行ったときに、『ああ、この子が目当てね』って、5秒で分かったから」

「いやあ、純情だねえ。若いっていいねえ」

 おじさんがしみじみと言う。卓也は耳まで真っ赤になっている。みんなで爆笑した。

「でも、そのころ、さくらちゃんは高校生だったんでしょ?」

 オレが尋ねると、さくらちゃんはゆったりとうなずいた。

「うん、定時制の。うち、お金なくてぇ、働きながら学校、通ってたのぉ」

「へえ……偉いな」

「偉いでしょ、この子。さくらちゃんのところも、津波で、お父さんを亡くしてね。お母さんが女手一つで育てたの。それで、大変でも、高校だけは出てたほうがいいって言ってね、定時制に通わせてねえ。女手一つでねえ」

 おばさんは、話しながら、ちょっと涙ぐんでる。

「お母さん、今は一人暮らしで、お勤めしてて。ホント、偉い親子なの。この子もまっすぐに育ってねえ」

 さくらちゃんは、照れくさそうにお吸い物を飲んでいる。

 そうか。お互いに尊敬しあってるから、おばさんにちょっとキツいこと言われても、さくらちゃんは受け流せるんだろうな。

 オレは心底、この二人の関係を羨ましく思った。

 オレ、美咲のお父さんとは、こういう関係は築けないだろうな……。

 美咲も、ちょっとうらやましそうな顔してる。

 ああ、母ちゃんと父ちゃんが生きてたら、きっと美咲と仲良くやってたんだろうな。絶対、気が合う、3人なら。


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