第5章 未来へ ①10年ぶりの再会

 車は高台を目指して走っている。

 途中で見つけた公園で顔を洗ったりしていたから、予定の時間より少し遅れている。

 だけど、久しぶりに高田のおじさんたちに会うのに、泣き腫らした顔で会うわけにはいかない。美咲も、ハンカチを水で濡らして、まぶたを冷やしている。

 高田のおじさんたちは、震災後、高台の家に移り住んだ。

 卓也は高卒後、働きに出て、20歳で結婚して子供もいる。オレが東京に行ってからも、年賀状のやり取りはずっと続いていた。

 今はおじさんたちは二世帯住宅で暮らしているらしい。

 住宅が立ち並んでいる一角で表札を見ながらノロノロと車を走らせていると、「あれ、あの人たちじゃない?」と美咲が身を乗り出した。みると、道路に出てこちらを見ている人たちがいる。

「あ、そうかも」

 車をその手前で止めると、「隼人? 隼人か?」と中年の男性が車をのぞきこんだ。高田のおじさんだった。

 10年前は、確か30代だったと思う。40代になったおじさんは、かなり白髪がまじっていて、昔はがっしりしていた記憶があるけど、今はかなりメタボな体型になっている。でも、面影からおじさんだってすぐに分かった。

 オレはドアを開けるのももどかしく、車から出た。

「隼人おおお。おっきくなったなあ」

 いきなり、おじさんに抱きしめられた。

「お父さん、大人に向かって大きくなったはないでしょ」

 おばさんが呆れながら、おじさんの背中を軽くぶつ。そのおばさんの目には涙が光っている。おばさんも白髪が増えて、シワやシミもできて、ちょっとぽっちゃりして、中年女性って感じになってた。けれども、優しい眼はそのまんまだ。

 おじさんは体を離すと、オレの両肩をバンバンと叩いた。 

「よく来た。よく来たなあ」

 涙声になってる。顔をくちゃくちゃにさせて、鼻が真っ赤になってる。まずい、オレも泣きそうになってきた。

「よっ」

 卓也が軽く手を挙げた。

「久しぶり」

「久しぶりだな」

 何だか照れくさくて、そんな言葉しか出てこない。

 卓也は茶色く髪を染め、あごひげをちょっとだけ伸ばしていた。あどけない子供のころの顔しか覚えてないから、初めて会う人のように新鮮に感じる。でも、ちょっと上向きの鼻は変わらない。

「あの、こん、こんにちは……」

 美咲が車から出て、おじさんたちにおずおずと挨拶した。

 あ、ごめん、紹介するの忘れてた。

「ええと、半年前に入籍したんだけど、美咲です」

「ハイハイ、電話で話していた方ね」

 おばさんが涙を拭きながら微笑みかける。

「大変だったでしょ、そんな大きなお腹でここまで来るのは。体を冷やしちゃいけないから、中に入りましょ」

 おばさんと美咲が家に入ってからも、オレと卓也は何となくモジモジしていた。

「なんだよ、お前ら。何、照れてんだよ。久しぶりに会う初恋の人じゃないんだから」

 おじさんがツッコミを入れる。 

「そうなんだけどさ。あまりにも久しぶりすぎて、何話していいのか、わかんねーし」

「普通、こういうときは、近況を報告するもんだろが」 

「そうだけどさ、なんだか改まってすんのものねえ」

 二人の会話を聞きながら、オレは避難所にいた頃を思い出していた。


 おじさんたちは、家族を亡くしたオレにかなり気を遣ってくれてた。

 けれども、食事をしているときに卓也が何かこぼしたりすると、「ホラ、ちゃんとお皿を持って食べないと」「これで拭いとけ」なんてかまってあげるので、正直、羨ましかった。もうオレには二度と戻ってこない家族の光景だった。

 オレは、避難所にいるときはボーッとして過ごしていることが多かった。

 何もやる気が起こらない。

 卓也はみんなで遊ぶときに誘ってくれたけど、オレは断った。みんなと一緒にはしゃぐ気にはなれなかった。

 おばさんは心配して本やゲームを持ってきてくれたり、「お絵かきでもしたら?」と色鉛筆とノートをくれた。でも、手に取る気になれなかった。

「まあ、ゆっくりしていればいいさ。そのうち元気が出て、色々やりたくなるから」

 おじさんはそう言って、オレのそばで寝っころがって雑誌を読んだりしていた。 

 たぶん、おじさんなりに寄り添ってくれてたんだろう。たまに無理やりオレを肩車して、外に連れて行ってくれた。おじさんの肩の上から眺めた夕焼け空、今も忘れられない。

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