第5章 未来へ ③新しい命

 短大で、幼稚園の教論の資格を取ろうとしていた矢先。

 妊娠しているのが分かった。

 トイレで妊娠検査薬を見たとき、私は軽く叫んだ。とんでもないことになった、って震えた。いつかは隼人と一緒になるつもりだったけど、まだ二人とも学生だし。あり得ない。あり得ないよ。

 ビクビクしながら産婦人科に行った。

 たぶん、担当の女医さんは、私の様子を見て分かったんだろう。

 妊娠してるって告げた後、「産まないなら、早く決めたほうが、あなたの体にも負担をかけないから。まだ、若いからねえ。これが最後ってわけじゃないし」と、カルテを見ながら、何でもない感じで話していた。

 私は何も言えず、ボロボロ涙をこぼした。

 それを見て、女医さんは

「もしかして、レイプされたの?」

と尋ねた。

 私は首を横に振る。

 すると、女医さんは目を吊り上げた。

「しっかりなさい。あなたが自分で選んでやったことなんだから。避妊をしないでセックスをしたら妊娠するってことぐらい、分かってたんでしょ? もう19歳なんだから。あなたは軽い気持ちでセックスしたのかもしれないけど、お腹の赤ちゃんは、そのために命を奪われるのかもしれない。せっかく産まれてくるチャンスだったのに。あなたは被害者じゃないんだから。一番の被害者は、お腹の中にいる赤ちゃんでしょ? それを自覚して、どうするかを決めなさい」

 ピシリと言われて、私はうなだれるしかなかった。


 その日の夜、家の近くの公園で、隼人に妊娠を告げた。

 隼人は思いっきり動揺して、ベンチの周りをウロウロと歩き回った。その姿を見て、本音を言うと、ちょっとだけ幻滅した。

「お母さんたちには話したの?」

 私が頭を振ると、「そうか……」と力なくベンチにへたりこんだ。文字通り、頭を抱えている。

 長い長い沈黙。私はたまに目からこぼれ落ちる涙を拭った。隼人から、どんな言葉が飛び出すんだろう。

「ごめん、今すぐはどうしたらいいか、考えられない。少し、時間が欲しい」

 隼人はそう言うと、何度も小さく、「ごめん」とつぶやいた。


 翌日、道場で会った時、隼人は目をそらした。ショックだった。

 ああ、私たち、終わりかも。

 まだ雪ちゃんにも話していない。雪ちゃんが何か話しかけてきても、私は完全に上の空だった。

 隼人も乱射気味で、屋根に一本刺さってしまい、脚立を出してみんなで大騒ぎして抜いていた。

「どうしたんだろ。松島先輩、調子悪いね」

 雪ちゃんの言葉に、まさか「私が妊娠してるって聞いて、動揺してるの」とは言えないし。適当に受け流した。


 その日の夜、隼人に呼び出された。

 同じ公園の同じベンチ。私は、最悪の答えを覚悟していた。

 子供は、堕ろそう。オレたちじゃ育てられない。だって、学生だしさ。

 隼人はなかなか話を切り出さなくて、私も黙って足元の土に、足で適当に絵を描いていた。

 これって、前も経験ある……そうだ、仙台にいた頃、体育の時間に、よく木の陰に隠れてやってたんだっけ。あーあ走りたくないな、とか、またビリになっちゃったな、とか。鬱々とした想いにどう対処すればいいのかわからず、校庭に足ででたらめに絵を描いていた。あの時と同じだ。

 結局、私、何も成長してないのかも。それなのに、子供ができちゃうなんて。

 自分が不甲斐なくて、涙が出そうになったとき。

「その子、育てよう」

 隼人がポツリと言った。

 私は驚いて隼人の顔を見た。

 隼人は、今までに見たことがないぐらい、真剣な顔をしている。明るいところで見たら、もしかしたら顔は青ざめていたのかもしれない。

「オレは、その子、育てたいと思う。美咲はどう思う?」

「どうって……」

 私のほうが動揺した。

 産むか、堕ろすか、しか考えてなかった。育てたいなんて、考えてなかったんだ。 

 育てる。私が、子供を産んで、育てる?

「産むのは美咲だからさ、美咲が嫌なのに、産んでほしいなんて言えないんだけど。でも、俺たちがさ、子供の命を奪うようなこと、できないんじゃないかなって思って」

 確かに、そうだ。

 津波で肉親や友達を奪われた私達。それなのに、せっかく授かった命を殺しちゃうなんて、きっと許されない。

 それは分かる。分かるんだけど。

「怖い……」

 本音が漏れて、とたんに目から涙がこぼれ落ちる。

 隼人はギュッと抱きしめてくれる。

「ごめんな。ホント、ごめんな」

 驚いたのは、隼人はその足でうちに来て、パパとママに話したのだ。





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