第3章 あの日へ ⑨命をつなぐ
今の私だったら、何となく分かる。
きっと、摩耶ちゃんのお母さんは、行き場のない怒りを抱えていたんだろう。
本当は私に対して怒りたかったんじゃなく、自分に怒ってたんじゃないかな。お年寄りに親切にしなさいって躾けていた、自分を恨んでたんじゃないかな。そして、罪悪感も抱えていた。
ママにはそれが分かったんだと思う。それ以上、何も言わなかった。
摩耶ちゃんのお母さんのそばに座り込んで、ママはそっと背中をなでてあげていた。
摩耶ちゃんのお母さんは、うわあああと、手で顔を覆うこともなく泣いた。よだれも垂れている。地面を何度も、何度も拳で叩いた。その剣幕に、優海は、思わず私にしがみついた。
やがて、摩耶ちゃんのお母さんはよろりと立ち上がった。まるで魂が抜けたみたいだった。泣き腫らし、焦点の合わない目で「行かなきゃ」とポツリと言い、フラフラと歩いていった。
ママは、「気にしなくていいからね。美咲は何も悪くないから」って、ギュッと抱きしめてくれた。
でも、私は罪悪感でいっぱいになっていた。
私だけ、生き残ったらいけなかったんじゃないか。
摩耶ちゃんのように勉強もスポーツも出来る子が生き残るべきで、私のような何もできない子は、代わりに死んだほうがよかったんじゃないかな。
しばらくの間、夢に摩耶ちゃんや今野が出てきた。
校庭で木に押しつぶされて、呻いている今野。畑で泥まみれになっている摩耶ちゃん。二人とも、もがきながら、恨みがましい目でこちらを見てる。時には楢坂先生も出てきた、上半身だけで。
これは、夢なんだ。目を覚まさなきゃ、目を開けなきゃ。
無理やり目を覚ますと、汗をびっしょりかいていた。
ごめんなさい。
死んじゃえなんて思って、ごめんなさい。
本当に死んじゃうなんて思ってなかったの。
ごめんなさい。ごめんなさい。
私は必死で心の中で謝っていた。
夜が怖かった。
今野も、摩耶ちゃんも、楢坂先生も、ほかのクラスメイトも、みんな私を恨んで化けて出てくるんじゃないかって本気で思っていた。
眠れない夜が続いて、さすがにママが私の様子に気づき、お医者さんに相談したっけ。私はPTSDっていう病名をつけられた。それが転校するきっかけになったんだ。
摩耶ちゃんのお母さんは、あの後、精神病院に入ったって話を聞いた。今はどうしてるんだろ。
クラスメイトの親から、「摩耶ちゃんがあのとき、あんなことを言わなければ、うちの子は逃げられたのに」って、責められたみたい。かばってくれる人たちもいたんだけど、裁判を起こすと言いだした親もいたって、ママが話してた。
避難所にもいづらくなって、相当追いつめられたんだと思う。
同じ年頃の髪の長い女の子を見かけたら、「摩耶ちゃん」って駆け寄って、「どこにいたの」って抱きしめるから、引きはがすのが大変だったって。
ママはその話をしながら、「本当は、誰も悪くないのにね。誰かを責めないといけないなんて、悲しいよね」と涙ぐんでいた。
摩耶ちゃんのお母さんは、立ち直ったのかな。他のお母さんやお父さんたちはどうなんだろう。みんな、普通に笑ったり泣いたり怒ったりする生活に戻っていたらいいんだけど。
もう、これ以上、つらい思いや苦しい思いをしていませんように。
なんでだろう。
私は、気分がスッキリしているのに気付いた。
思いっきり泣いたからかな。
「そろそろ、行かなきゃね。卓也君たち、待ってるんでしょ?」
涙を拭きながら言うと、隼人はちょっと驚いた顔をした。もういいの? 大丈夫なの? って感じで。
「あー、どっかで休んだほうがいいんじゃないかな」
「ううん、大丈夫。なんか、スッキリしたし」
「そっか」
車まで、隼人と私は身を寄せ合って歩いた。あったかい。ああ、これから、こうやって二人で歩んでいくんだな。
どんよりした空を見上げる。
「10年後に、また、来たいな」
隼人は「ん?」と首を傾げる。
「10年後に、この子を連れて、また、ここに来るの」
ああ。隼人は驚いたように声を漏らす。
「そうだ、そうだな。10年後に、また来ような。みんなで」
何度もうなずいてくれる。
私は最後にもう一度、体育館を見た。
みんな、見守っていてね。
ここからの10年間、私はちゃんと生きるから。
この子を守って生きていくから。
命をつないでいく。それが、みんなのためにできることなんじゃないかな。そのために私は生かされたんじゃないかって、今、初めて、思ったんだ。
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