第3章 あの日へ ⑦みんな、いなくなった

 ママとパパたちが避難していた避難所に行くとき、パパは私をおんぶしてくれた。道路がぐちゃぐちゃになっていて、子供が歩くのは危険だからって。

「重くない?」

 太ってた私は、何度も聞いた。

「大丈夫、軽いって」

 そのたび、パパは軽くはねておどけてくれた。

 ママは涙目で、私の背中を何度もさすってくれた。

「昨日、南小に行ってみたら、めちゃくちゃになってたから、あんときはビックリしたなあ、心臓が止まりそうになった」

 パパの言葉に、私は息を止めた。

「ホント、校舎の3階までぐちゃぐちゃなんだもんねえ。車が昇降口に突っ込んでたし。大きな木が2階の廊下に転がってて。ホント、生きた心地がしなかった」

 ママも興奮しながら話す。

「みんなは? みんなはどうなったの?」

 私の問いに、パパとママは「しまった」という顔をして、口をつぐんだ。

 避難所についてから、パパは私の目を見ながら、ゆっくりと話した。

「体育館にいた人に聞いたんだけど。みんなで、体育館に避難していたんだって。そこに津波が来たって」

 ドクン。心臓が大きく波打つ。

「ドアを閉めてても、隙間から水がちょろちょろ入ってきて。それで、上のカーテンを開け閉めする通路、あそこに上がろうとしたら、水がドアを破ってドーンって入ってきたんだって。それで、あっという間に通路のとこまで水が上がってきて、通路にいた人も首のところまで水に浸かっちゃったんだって。それで、もうダメかって思ったら、水が引いていって」

 パパはそこで言葉を切って、うつむいた。ママはハンカチを顔に押し当てて、かすかに震えている。

「何にもなくなってたって。子供たちもいなくなってたって」

 私はヒュッと息を呑んだ。

「何人かの子は、流されても木に引っかかったりして、奇跡的に助かったらしいんだけど」

「死んでた子、いたね。お庭のすみっこにいたね。男の子だったみたい」

 優海の無邪気な言葉に、私はクラリとした。ママは、「優海っ」とたしなめた。

 まさか。今野じゃないよね?

 とっさに思った。

 私が死んじゃえって思ったから、死んじゃったんじゃないよね?

 震えが止まらなかった。ママは「大丈夫よ、大丈夫」と私を抱きしめてくれた。


 南小の生徒の3割が死亡・もしくは行方不明という話を聞いたのは、いつだったっけ。どこに避難するのか、先生が集まって話し合っている最中に、津波が来たみたい。多くの生徒は校舎の屋上に駆け上がって、無事だった。

 だけど、体育館に近所の人たちが避難してきてるって聞いて、うちのクラスの子は、手伝いに行ったんだって。お年寄りもいるから、何かお手伝いしてあげようって。それを言い出したのは摩耶ちゃんだったって、津波に呑まれて助かった子が話してたみたい。楢坂先生は、体育館に向かう途中で津波に呑まれた。

 うちのクラスは、私も入れて、5人しか生き残らなかった。一緒に帰ってたさっちゃんもいなくなっちゃった。

 震災が起きて一週間ぐらいしてから、ポツポツと情報が入ってきた。

 摩耶ちゃんの遺体が学校の近くで見つかったとか、さっちゃんは海岸まで流されていたとか、楢坂先生は体が二つに千切れそうだったとか。今野は、避難してきていた家族全員で流されたって。今野はお父さんとしっかり抱きあって見つかったって。それを聞いて、ママとパパは泣いた。私も泣いた。

「却ってよかったのかもね、家族全員で亡くなって。きっと、みんなで、天国で暮らしてるでしょ。一人だけ残されるほうが、つらいしね」

 ママはそう言っていた。

 せめてそうあって欲しいって、私は願った。心から、祈った。



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