第3章 あの日へ ①あの場所へ

 高田さんの家に行く前に、私の住んでた街に行くことになってる。

 でも、風景は何も変わらない。いくら走っても、右手には海、左手には雪が積もった更地。

 だから、懐かしい、なんて気持ちにはちっともならない。記憶にある街は、もうすっかりなくなっていた。

 目印になるものが何もないから、七北白川の手前の道で左折した。この川も、津波が押し寄せたって話は聞いてる。

 ところどころに建物の基礎部分が残ってる。その前には花やお供え物が置かれてたりする。最近、置かれたものだ。10年目の3.11のために。

「これじゃ、住んでたところを探すなんて、ムリだよね」

 私はため息をついた。

 カーナビに住所を打ち込んでも、何の意味もない。だって、探すべき家がないんだから。カーナビも困ってるみたい。

 ゆっくりと車を走らせる。

「あれ、何だろ。あそこ、何か建ってる……」

 私が示したところに、隼人は車を回してくれた。

 それは慰霊碑だった。

 二人で手を合わせようと、車を止めて外に出た。

 花や果物、ぬいぐるみなど、お供え物が慰霊碑の前にうず高く積まれている。

『おばあちゃん、安らかにお眠りください』

『パパ、ママ、春菜は大人になりました。今は医大に通ってます。卒業したら、お医者さんになるつもりです。天国から応援してね』

『お父さん、一人になって、10年が過ぎました。孫も3人生まれて、にぎやかに暮らしています。みんなよくしてくれます。私ももう70歳。もうすぐ私もそちらに行きます。待っていてくださいね』

 供え物につけられた手書きのメッセージカードを読むうちに、涙がこぼれ落ちた。隼人も、しきりに目尻をぬぐっている。

 10年分の、一人一人の想い。本当は、カード一枚では言い表せない。それでも書かずにはいられなかった、その想いが痛いほど分かる。

 みんな、大切なものを失ったんだ。

 みんな、そこからどうやって立ち直ったんだろう。

 私は、うまく立ち直れなくて、ずいぶん遠回りしたけど。

「あっちに建物があるけど、あれ、何だろ?」

 隼人が指差した。川の向こうに、コンクリートの建物が見える。

「学校っぽくないか?」

「あっ……」

 胸がドキンと鳴る。

 思い出した。

 学校に行く時に、いつも川を渡っていた。

「そうかも……。あそこ、私が通ってた学校かも」

「よし、行こう」

 車に乗り込んで、方向転換する。車は速度を上げた。私はシートベルトをギュッと握りしめる。

 建物に近づくにつれ、確信した。

 あれは、私が毎日通ってた学校だ。

 

 私は津波の後、一度もこの学校には来なかった。避難所から別の学校に通い、そのまま千葉に行った。

 緊張してきて、思わずお腹に手を当てた。

 ああ、あの建物。川側から行くと、音楽室や図工室が入っている校舎の裏に出るんだ。裏庭には焼却炉があって、掃除の時間、友達とゴミ捨てに来て、そのままサボってたっけ……あれ、なんかおかしい。

「そっか、柵がぜんっぜんないんだ!」

「柵?」

「うん、学校を囲んでた柵。津波で全部流されちゃったんだ」

「あー、そうなんだ」

 どこからが道で、どこからが学校なのか分からない。焼却炉なんて、跡形もなかった。

 校舎の近くで車を止めて、降りた。寒風が頬に吹きつけて、思わず首をすくめる。

 津波の後、この小学校は廃校になり、建物だけは残すって話は聞いていた。

「足下、気をつけて」

 隼人が私の腕を取ってくれる。

 裏庭のあちこちは霜柱でデコボコになっていた。懐かしい。霜柱なんて、千葉に行ってからは見た記憶がない。

 校庭に回って、校舎を見渡す。あのころ、毎日見ていた校舎だ。

 校舎の壁の時計は止まってる。たぶん、津波が襲ったときに壊れたんだ。

 ベランダは二階、三階まで柵が壊れてる。ってことは、三階まで津波に呑み込まれたってこと? あんな、高いところまで。

 花壇も植木もなくなってる。

 そうだ、校庭にあったジャングルジムや雲梯や、鉄棒も、ブランコも、タイヤも、すべて、すべてなくなってる。全部流されちゃったんだ。あ、飼育小屋もない……。

 クラクラして、隼人の腕にぎゅっとしがみついた。

 校舎の玄関の前には、山積みのお供え物。

 あの日、ここで78人の子供が亡くなった。

 あのころ、私は何度祈ったんだろう。数え切れないぐらい、祈った。

 麻耶ちゃんたちが見つかりますように。

 今野たちが見つかりますように。

 楢坂先生が見つかりますように。

 みんな無事でいますように。

 みんなが見つかったら、私は謝ろう。

「死んじゃえ」なんて思ってごめんねって。

 私のせいで怖い思いをさせて、ごめんねって。

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