第2章 静かの海へ ⑧二人の、蒼い夜

 隼人は新歓コンパの後から、私の稽古をよく見てくれるようになった。

 部内は高校時代から引いていた人が大半で、私のように一から教わる人は一握りしかいなかった。経験ある人はどんどん的前で引いていたけど、私は最初の数週間はゴム弓を使っての練習と、矢を持たずに引く素引きだった。

「ここで適当にやっていたら、矢を持つようになってから後悔するよ」

 隼人は繰り返しそう言い聞かせ、私も素直に従った。

 巻き藁に向かって引くようになってからも、私は相当ひどいひき方をしていたと思う。それでも隼人は根気よく教えてくれた。休日には家の近くの弓道場につれていって、教えてくれることもあった。

 私たちは、そうやっていつの間にか近くにいて、いつの間にか離れられない存在になった。

 部活のみんなも、何も言わなかったけれど、私たちがつきあっていたのは知っていたと思う。

 二人で弓道場に行くこと自体、デートのようなもんだったけど、初めて普通に映画を観に行ったときは、ドキドキした。精一杯のおしゃれをして、頑張ってメイクもちょっとして。隼人も緊張してたな。映画を観てマックで食事をして、ボーリングをして。帰りは公園で、ずっとしゃべってて。初めてのキスは、そのときだった。

 キスの後、私はちょっと泣いてしまった。なんか、こんなに幸せでいいのかな、って思って。

 隼人は何も言わず、ぎこちなく抱きしめてくれた。


 そして、初めての夜。

 短大に入って、初めての夏休みだった。

 親には嘘をついて、隼人の部屋に泊まった。

 初めてだったから、痛かったし、怖かった。でも、隼人はずっと優しくしてくれて。

 二人で抱き合って眠った。

 あの、蒼い、蒼い夜。


「やっぱり、いいよな、二人でいるって」

 信号待ちをしているとき、ふいに隼人は言った。

「え? 何?」

「いや、なんか急に思った。オレ、一人だったら、ここに戻ってくる気になれなかっただろうなって」

「うん。私もそう思う」

「美咲以外の人でもダメだったかも」

「そうだね」

「それに、子供ができてなかったら、戻ってこなかったかも」

「うん」

 大きくうなずく。

 そうなんだ。10年後の今日、仙台に戻ってくる気になったのは、私たちが出会って、愛しあって、子供が生まれるからなんだ。

 そう考えると、人生って不思議。ちゃんと何かに導かれてるみたい。10年前から、こうなることが決まってたみたい。

 ああ。

 もうすぐ、あの街に着く。あの街に、着く。

 私はハンカチを握りしめた。


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