第2章 静かの海へ ⑦二人のはじまり
入部してすぐ、新歓コンパがあった。
久しぶりに同い年の男の人に囲まれて、私は緊張していた。
中学までの同級生しか知らない私にとって、私服姿の男の人は新鮮だった。今思うと、汚いジーパンとTシャツとか、どうでもいい格好をしてる人ばっかだったんだけど。
雪ちゃんは、その日は珍しくメイクをしていた。女性の先輩や同級生の女の子もみんなメイクをしていて、私だけすっぴんだった。私は恥ずかしくて、隅のほうに座ってうつむいてた。
そして、お決まりの自己紹介。立って話すのなんて、イヤでイヤでたまらなかった。
私は早口で、仙台出身で、趣味はないからこれから弓道を趣味にしたいとか、なんか適当に話した。
そのとき、隼人が「えっ、オレも仙台出身」と言ったのだ。
初めて隼人と目が合った。そのとき、私たちは何も言わなくても分かった。あの津波を経験したんだ、と。
「仙台のどこ? オレ、M区」
「え、わた、私、W区」
「えっ、隣じゃん。じゃあ、やっぱり、あの地震のとき」
「うん、あ、はい。家、全壊しちゃって」
「うちも、うちも」
こんな感じで、話してたとき。
「オレの親戚も岩手にいてさあ。家が流されて大変だったみたい。全員無事だったけど」
そばにいた先輩がしみじみ話した。
「私の友達で、いとこの両親が津波で亡くなったって子、いた」
別の先輩も身を乗り出す。
「うちの隣のおばさんも、実家が全滅だって泣いてた」
「私、あのとき、東京に避難して来てた人のボランティアをちょっと手伝ったよ。うちの近所に避難してたから」
「オレ、あの地震のとき、街頭に立って募金活動したし」
「私も。お年玉、全額寄付して親に褒められたあ」
「うちの小学校、ランドセルを寄付してたよ」
みんな、次々と話に加わった。
東日本大震災は、日本を一変させた。
被災地にいた私は知らなかったけど、東京では、「みんなで頑張ろう」「一つになろう」って盛り上がってたみたい。顔も知らない、見たこともない人たちが、そんなに私たちのことを気にかけてくれてたなんて、不思議な気分だった。
でも、私と隼人の記憶は、そのとき東京にいたみんなとは違う。
「ねえ、津波、見たの?」
一人、好奇心を全開にして尋ねてきた先輩がいた。
私が返答に困ってると、隼人がおもむろに立ち上がり、
「みんな、寄付してくれて、ありがとなっ。みんなのおかげで、オレはこんなに立派に育ったからなっ」
芝居がかった調子で、腕で涙を拭うマネまでした。笑いが起きる。
それから、話題は別のことに移った。ホッとした。
帰り道、隼人と一緒に駅まで歩いた。
「いつ、引っ越してきたの?」
「あー、8年前、です。地震から、半年ぐらい経ってから……」
「オレは、すぐに越してきたんだ。家族はみんな、津波に呑まれちゃったから、伯父さんに引き取られた」
「そうなんですか……」
隼人が家族を亡くしたことをさらりと話すのには驚いた。
いろいろ大変だったんだろうけど、吹っ切れたんだろうな。強いんだな、この人。
隼人のことをよく知りもしないくせに、私はそう思った。それは当たってたんだけど。
「名取さんは? 家族は大丈夫だった?」
「うちは、全員無事で……」
「そっか、よかったね」
「でも、クラスのみんなは、ほとんど」
「そっか……それもつらいよな、友達がいなくなるってのも。自分だけ生き残っちゃって、なんか、悪い気がしたりしてさ。罪悪感っていうのかな」
この人、私と同じなんだ。私と同じ、苦しみを抱えてる。
そのときから、私にとって、隼人は特別な人になった。
なんで私が生き残ったのか。
なんで私が選ばれたのか。
その理由は、今でも分からない。
私は金持ちじゃないし、美人でもかわいくもないし、頭もいいわけじゃないし、何かすごい能力があるわけじゃない。
同じクラスの摩耶ちゃんは、かわいくてスタイルがよくて、足が速くて勉強も出来た。そういう人が生き残ったほうが、絶対、世の中の役に立つのに。
なんで、何にも役に立たない私が生き残ったんだろ。なんで、神様は麻耶ちゃんを選ばなかったんだろう。
そんな痛みは、同じ体験をした人にしか、ううん、同じ体験をした人でも分からないかも。
隼人もその痛みを味わっていた。それは聞かなくても分かった。
その日、何だか二人ともすぐに別れたくなくて、駅のホームでしばらく話し込んでいた。まだ肌寒い春の夜。震えている私を見て、隼人はあったかいお茶を買ってきてくれた。
大切な、大切な私の思い出。
まだ、あれから、2年しか経っていない。
それなのに、5・6年も前の出来事のように思える。それだけ、この2年間、私と隼人は濃密な時間を過ごしてきたんだ。
「海なんて、もう何年行かなかったんだろ」
隼人が車を走らせながら、ポツリとつぶやく。
右手には、冬の暗い海。穏やかなのに、ホントはちょっと怖い。また、あのときみたいに、急に盛り上がって襲いかかってくるんじゃないかって、心のどこかで思ってる。
「私も、引っ越してから一度も行ってない」
私はそう話を合わせた後、「ん?」と考え込んだ。
「っていうか、私、もともと泳げないから、あの頃もあんまり海に行かなかったんだっけ」
「そうだよなあ、美咲、海辺出身なのに泳げないって聞いたときは、オレ驚いたもん。夏にどうしてたんだって聞いても、家でテレビ見てたんだっけ?」
「後、昼寝もね」
「オヤジくさいよねえ」
「ひっどーい。オヤジじゃないし、せめてオバサンにしてよ」
「オバサンでもいいけどさ。夏にプールで水着で遊べないんだから、夢を壊されたよなあ」
「何それ。私にビキニになれってこと?」
「まあね、男なら誰でもそれぐらい期待しますよ」
「私、ビキニ着れるような体してないんですけど」
「オレが楽しめればいいんだよ」
「何言ってんの、もう」
私は隼人の腕を軽く叩いた。
よし、なんか、普段の調子に戻ってきた。
「じゃあさ、家族で海に行ったりはしなかったんだ」
「んー、優海は小さい頃から海が好きだったから、パパとママはよく連れてったんだよね。そのときに、ついて行って、砂浜に寝転がって体焼いてたこともある」
「日焼けサロンかよ」
「だってさ。新学期が始まってから、みんな真っ黒なのに、一人だけ白かったら、からかわれるんだもん」
「ああ、うちのクラスにもそういうヤツいたなあ。真っ白だったヤツ。田村っていうんだけど、そいつは、夏休みは軽井沢で過ごしてたから、とか言ってさ。金持ちだから、自慢かよ、それ、みたいな。テニスでちょっと焼けたんだけどね、もうおさまっちゃった、とか言っちゃってさ。へえ、テニス、やってみせてよ、って言ったら、田村、すっげえ焦ってた。いや、一人じゃできないから、って言うから、教えてくれればオレが相手するから、って言ったらさ、いや、そんな簡単にできるもんじゃないんだ、大人に教えてもらわないといけないとか、わけ分かんなくてさ」
「へえ」
「それでさ、クラスにいたんだよ、親がテニスやってて、テニスの道具を持ってるやつ。んで、オレらで適当に練習して、一週間ぐらい経ってから、田村に、テニスやろうぜ、オレら練習したんだって言ったら、固まってた」
「えー、そこまでする?」
「そこまでするんだよ、オレ達は。何しろ、田舎の少年はヒマでヒマで他にやることないからさ。人をからかうときも、ムダに全力かけるんだよ。テニスコートなんて学校にないから、サッカー場に線を引いてやった、無茶ぶりだけどさ。サッカー場だから、守備範囲が広い広い。ラリーが続かないんだよ。一回打ったら、ボールは敵ゴールまで飛んでっちゃうから、誰も打てねえの」
私は笑い転げた。隼人は、いつもこうやって、昔の話を面白おかしく話してくれる。私は学校にはあんまりいい思い出はないから、羨ましかった。
「ホント、ガキってバカだよなあ。先生も、呆れて見てんの。お前ら、テニスを根本的に間違ってるぞって」
隼人も笑う。
きっと、お腹の赤ちゃんも一緒に笑ってるね。
早く、出ておいで。みんなで一緒に遊んで、笑おうよ。ねえ。
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