第8話 魔獣たちの変化

 俺は朝からアリストの王城に来ている。

 ウチの魔獣たちに『水盤の儀』を受けてもらうためだ。

 スキルを調べるくらいなら俺でもできるのだが、覚醒、再覚醒の可能性があるため、わざわざここまで連れてきたわけだ。

  

 かっぷくのよい宮廷魔導士のおじさん、ハートンが呪文を唱えると、彼が両手で持つ水盤に光が宿る。


「シロー殿、用意ができました」


 謁見用の広間には、ハートンの他には俺と魔獣たちしかいない。

 女王陛下にお願いして、人払いしてもらったのだ。

 まずは白猫ブランを抱え、その前足を水盤の上にかざす。

 すると、宙に白い文字が浮きあがった。

 この時点で、ハートンは水盤を支えるだけの役目となっている。文字が見えないよう、彼には点魔術で目隠しをしてある。

 もちろん、本人の了解は事前に取ってある。

 俺だけが、浮きあがった文字を読んだ。

 

『夢喰らい』


 あれ、これって以前ブランちゃんが覚醒したときのままじゃない?

 変化はなかったってこと?

 おや、下の方にまだ文字が……。


『聖獣』

  

 あー、やっぱり。ブランちゃんが聖獣になっちゃったよ。

 じゃあ、次はノワール君の番かな。


『大喰らい』    


 うん、これは以前覚醒したやつだね。


『暗黒獣』


 うわー、ブラン君、色も黒いけど、まっ黒になっちゃったな、こりゃ。

 なんか、凄くヤバイ感じがする。

 次は猪っ子コリンだね。


『変化者』  


 これは前に覚醒した時、手に入れたやつね。


『珍獣』


 珍獣って、普通は珍しい獣って意味のやつだよね。

 だけど、きっと他の意味があるんだろうね。

 次は、初めて『水盤の儀』を体験するのかな、白ふわ魔獣キューちゃんだね。

 

『幻獣』


 へえ、幻獣かあ。どんな力を秘めてるのかな。

 楽しみだね。

 最後は、ピンクのカバ、ポポラとポポロ。

 足元に水盤を持っていって、その上に前足をかざしてもらう。


『虚獣』 

  

 へえ、二匹とも虚獣か。

 どうやら聖樹様のエネルギーを浴びたみんなが、それぞれ新しい能力を手に入れたらしい。

 その能力は、彼らにとって、あるいはポータルズ世界群にとってきっとなにか意味があるに違いない。 

 聖樹様が命がけで授けてくれたものなのだから。


 ◇


 家に帰った俺は、家族みんなをリビングに集めた。

 ソファーやテーブルは、点収納にしまってある。

 ピンクのカバであるポポ二匹が大きいので、そうしないとみんなが入りきらなかったのだ。

 初めての場所で落ちつかないポポラとポポロを、それぞれナルとメルが撫でている。

 猪っ子コリンは、コリーダの足元でちょこんと座っている。 

 コルナに抱えられたキューは、寝ているようだ。

 黒猫ノワールはルルの膝で喉を鳴らしている。

 白猫ブランは、いつものように俺の左肩だ。


「ええと、こうして集まってもらったのは、大事なことを伝えるためだ」


「お兄ちゃん、珍しくそんなにもったいぶって、なんなのいったい」


「コルナ、神樹様からまだ聞いていないんだね」


「だから、なにがあったの?」


「神聖神樹様がお亡くなりになった」


「「「……」」」


『神樹の巫女』であるコルナはもちろん、ルル、コリーダも、俺の言葉が理解できないのか、三人とも怪訝な顔で首をかしげたままだ。


「もう一度言うよ、聖樹様がお亡くなりになった」


「ええと、『なくなった』ってどういうこと?」


「コルナ、驚かないでね。

 死んだってことだよ」


「もう!

 お兄ちゃんたら!

 わざわざみんなを集めたのって冗談を言うためだったの?」


「残念だけど、本当のことなんだ。

 聖樹様の最期は、俺やキューちゃんたちが見届けたよ」


「だっ、だけど、聖樹様が死ぬなんてこと、あるはずないじゃない!」


 コルナはよほど興奮しているのだろう。三角の狐耳がぴくぴく震え、見たことないほど尻尾が膨らんでいる。

 

「コルナ……残念だけど、本当のことなんだ」


「そ、そんな……」


 よろよろと倒れかけたコルナをさっと抱きかかえる。

 こういうこともあろうかと用意してあったクッションの上に、完全に気を失った彼女をそっと寝かせる。

 やはり、『神樹の巫女』である彼女にとって、聖樹様の死は想像以上の衝撃だったようだ。 

 

「聖樹様は、お亡くなりになる前、これから起こる事態に対応するようおっしゃられたんだ。

 俺はその言葉に応えたい。

 みんな、手伝ってくれるかな?」


「……うん、すぐには気持ちの整理がつかないけど、聖樹様のお言葉には応えたいわ」


 青い顔のルルは、それでも気丈にうなずいてくれた。

 

「……聖樹様、どうして……」


 いつもは勝気なコリーダだが、聖樹様の死を簡単には受けいれがたいようだ。

 うつむいた力ない姿は、エルフの王城で初めて出会った頃の彼女を思いおこさせた。

 聖樹様を神聖視するエルフにとって今回のことがどれほど大きな出来事だったか、人族の俺にはきっと理解できないだろう。

 それでも、今は、いや、それだからこそ俺たちは、前に進まなければならない。


「聖樹様は、お亡くなりになるとき、この魔獣(子)たちに特別な加護をくれたみたいなんだ。

 その力は、きっとこれから起こる問題に立ちむかう助けになってくれるはずだ。

 コリーダ、君の力を俺に貸してくれないか」

 

 彼女の背筋がピンと伸び、その瞳にすっと力が宿った。 


「当たり前でしょ。

 エルファリア世界の事は私に任せて。

 コリン、あなたも力を貸してね」

  

 コリーダがコリンの頭を撫でると、ウリ坊は首をぶんぶん縦に振ってうなずいた。

 あれ? コリンってコリーダの言葉が分かってるんじゃないか?


「(*'▽')b 分かってるみたいですね」


 やっぱり、『聖獣』になったから? ああ、コリンは『珍獣』だったっけ。


「私は、ノワールと一緒に、このパンゲア世界で起こることに対処するわ」


「ルル、頼むよ。

 センマイ地域にできた新しいダンジョンについては、ギルドに報告をしておいたから。

 金ランク冒険者の君は、その対処を任されるかもしれないね」


「聖樹様がお隠れになったことが影響してるのかしら」


「きっとそうだと思う。

 新しくできたポータルもあるみたいなんだけど、それはどこに繋がってるかまだ分からないから、これからが問題だね。  

 まあ、そっちは俺と点ちゃんで調査するから」


「(*P▽') 調査調査ー!」


「そう、くれぐれも気をつけてね。

 点ちゃん、シローを頼みます」


「(^▽^)/ はーい、喜んでー!」

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