第3話 女王様への報告

 結局のところ、『聖樹の島』には七日間も滞在することになった。

 会議に次ぐ会議で、俺の精神は限界だった。


「シロー、アリストに帰っても、しばらくは毎日ギルドに顔を出すのですよ。

 本部からの連絡もありますから」


 帰りがけ、ミランダさんから釘を刺されてしまった。

 あー、なんか忙しくなりそう。

 嫌だなあ~。


 そしてアリストまで帰ってきたのだが、家にも寄らず、まずは王城へ。

 聖樹様のことは、他の人に聞かせたくなかったので、密談用の小部屋を使わせてもらう。

 ロウソクの灯りだけが照らす薄暗い部屋にいるのは、アリスト王国女王陛下である畑山さん、騎士長のレダーマン、『聖樹の巫女』エミリーとその『守り手』である翔太、そして俺の五人だけだ。

 魔獣たちは、『くつろぎの家』に転送してある。彼らは、『水盤の儀』を受けるまでは、家から出さないつもりだ。

 いつも左肩に乗っている白猫ブランがいないのが、なんとも寂しい。

 

「で、ボー、こんな部屋まで用意させて、内密に話があるってなんなのよ」


 この場にいるのが内輪だけということで、畑山さんは砕けた口調だ。


「少し前に、大きな地震があったでしょ」


「ああ、ギルドが『時空震』って名づけたっていうアレね?」


「あの地震って、この世界だけでなく、ポータルズ世界群の全てでも観測されてるんだ」


「ん? 

 どういうこと?

 やっぱり、ただの地震じゃなかったってこと?」


「これはここだけの話にしてほしいんだけど、神聖神樹様がお隠れになったことが原因だと思う」


 ロウソクの明かりが作るみんなの影が、ゆらりと揺れる。


「えっ?

 聖樹様が亡くなったってこと?

 ボー、こんな時にたちの悪い冗談はよしてちょうだい」


「畑山さん、冗談なんかじゃないんだよ。

 俺はその場にいたんだから」


「そ、そんな……」


 さすがにこれを知れば、女王様でも動揺は隠せないな。

 彼女は、聖樹様と直接お目にかかって祝福されたこともあるくらいだから、ショックも受けるよね、それは。


「な、なら、この世界はどうなっちゃうの?

 まさか、崩壊しちゃうんじゃないよね?」


「うん、そこは大丈夫みたい。

 聖樹様がお隠れになる前に、世界群の崩壊はないっておっしゃってた」


「そ、そう。

 それならよかったわ……いえ、本当によかったのかしら?」


 畑山さんは、複雑な表情を見せた。


「シローさん、聖樹様から何かことづかりませんでしたか?」


 俺たちの中で聖樹様と一番縁の深いエミリーだけが、なぜか落ちついるんだよね。

 

「言づけといっていいかどうか分からないけど、聖樹様の死は俺たちが考えているものとは違うっておっしゃっていたかな」


「……なるほど、そういうことですか」


 少しの間だけ目を閉じ、なにか考えていたエミリーは、そばかすのある頬を緩めるとかすかに微笑んだ。


「エミリー、なにか気がついたの?」


 翔太が気がかりな表情を見せ、少女の顔をのぞきこむ。


「うん、だけどはっきりするまで話さないでおくね」


 どういうことだろう?

 エミリーは『聖樹の巫女』だから、今回のことで一番ショックを受けると思っていたんだけど……。

 とにかく、今は伝えるべきことを伝えておこうか。


「聖樹様は、世界群にこれからなにか起こると思われていたみたいなんだ。

 なにが起こるか分からないけど、俺はそれに対処することになると思う」


「すでに新しいポータルが現れたって報告が上がってるわ。

 誰かが入ってもいけないから、すぐに騎士団を派遣して封鎖したけど」


「英ゆ……シロー殿が、対処してくれるなら安心ですね。

 ただ、我々としても手をこまねいているわけもまいりませんので、問題が起きれば国ごとに対処することになるかと」


 レダーマンは、さすがに大人だね。

 だけど、ゾンビみたいな顔色になってるぞ。

 なにが起こるのか分からないってのが、やっぱり不安なんだろうな。

 

「レダーマン、まず『神樹同盟』の各国に警戒を呼びかけて。

 聖樹様がお隠れになったことは伏せておくのよ。

 他の国にも、外交筋を通じて連絡しておくように」


「はっ、外務卿に伝えておきます、陛下」


 各国への対応は、このまま畑山さんに任せておけばいいな。

 俺はこれから起こるだろう問題に、一つ一つ対応していこうか。


「あ、そうだ。

 畑山さん、また『水盤の儀』を頼めるかな?」


「それはいいけど、今度は誰の覚醒なの?」


「うーん、覚醒するかどうか分からないけど、ウチの子を調べてもらいたいんだ」


「そう、『ウチの子』って、ナルちゃんとメルちゃん?」


「いや、ウチの魔獣たちだよ。

 聖樹様から祝福を受けたみたいなんだ。

 だから、まあ念のためだね」


「分かった。

 ハートンに言っておくから。

 用意できたらパレットで知らせればいいわね?」


「そうしてくれると助かる。

 それと、国で対処できない事態が起きたら連絡してね。

 翔太、君とエミリーに動いてもらう事態も考えられるから、旅の準備をしておいてくれるかな?

 じゃあ、俺はアリストギルドに寄るから」


「ボー、なにかあればよろしく頼むわよ」 

「シロー殿、ご活躍を」

「「シローさん、がんばってください」」


 あー、なんか期待が重いなあ~。


「(`^´) シャキシャキ働けー!」


 点ちゃん、厳しい……まあ、聖樹様の頼みだから働きはするけどね。


 ◇


 アリスト城の森には、一際大きな巨木がある。

 神樹の一柱だ。

 そこは、神獣の棲み家にもなっている。

 神獣はウサギの姿をしているが、立つと三メートルほどにもなる。

 陽が落ち、すっかり暗くなった森の中、巨木の根本にあるウロの中では、まだ小さな――といっても一メートルほどはある――子ウサギたちが むくむくの白い体を寄せあい、おり重なるようにして寝ていた。

 そして、その子ウサギたちを守るように、ウロの前では親である二体の神獣が丸くなっていた。

  

 母親である神獣が、その巨体をピクリと揺する。

 縄張りにナニかが入ってきたのを感じとったのだ。

 ひときわ大きなこの神獣は、寝ている子どもたちを起さないためか、音もなく静かに立ちあがると、ピンクの鼻をひくつかせ、周囲を見まわした。

 

「やっぱり、起こしちゃったか。

 ウサ子、ゴメンね」


 神獣に話しかけたのは、白い寝間着の上に、手編みの茶色いカーディガンを羽織った少女だった。


「エミリー、こんな時間にお城を抜けだすなんて、女王陛下お姉ちゃんに見つかったら叱られちゃうよ」


 青地に様々な姿態の猫が描かれたパジャマを着た少年が、少女の耳元で声をひそめる。


「だから、翔太はついてこなくてよかったのに」


「そんなわけにはいかないよ。

 ボクは、君の『守り手』だからね」


 少年は、少女が白い大ウサギのお腹にぽふりと抱きつくのを羨ましそうに見ていた。


「ウサ子、ちょっと神樹さんとお話がしたいの。

 いいかしら?」


 後ろ脚で立っていた神獣は身じろぎすると、その場にうずくまった。

 目の前に降りてきた大きな頭をふわふわと撫でた少女は、巨大ウサギの横を通り、巨木の根元に近づいた。

 少女は、子ウサギたちが寝床にしているウロの反対側に回りこむと、小さな手で神樹の幹に触れた。

 すると、幹のその部分がぼうっと白く光りを帯びた。

 光は広がっていき、やがて巨木の枝や葉まで輝きはじめた。


「こんばんは、サニエル君、いつもウサギさんたちを守ってくれてありがとう」


『こんばんは、エミリー。こんな時間に珍しいね』 


 少女の呼びかけに答えたのは、神樹である巨木からの念話だった。


「うん、ちょっと他の人に知られたくなかったんだ。

 神聖神樹さまがお隠れになったことについて話したかったの」


『そうだと思ったよ』


「シローさんのお話だと、なにか起こるかもしれないって聖樹様お母さまから、うかがったそうなんだけど?」


『うん、ボクもそう聞いてる。新しいポータルがたくさん生まれたのは知ってるかな?』


「ポータルの話は、シローさんから聞いたわ」


神樹たちみんなの話だと、どの世界にも時空の歪みが見られるんだって』


「時空の歪み?

 なにか起こりそうなの?」


『新しくポータルができたのも、時空の歪みが原因だと思うよ』 


「なるほど、他にもなにか起きそうなのね?」


『そうなんだ。時空の歪みが大きなものが、ポータルになったみたい』


「じゃあ、時空の歪みが小さな所でも、なにか起きそうなのね?」


『うん、その歪みが地下迷宮ダンジョンのそれと似てるって考えてる仲間もいるみたい』


「へえ、そうなんだ。

 それはシローさんに知らせておいた方がいいわね。

 ねえ、また聞きたいことがあれば来てもいい?」


『うん、もっと来てくれていいんだからね。待ってる』


「そうするわ、ありがとう」


 少女が神樹から手を離すと、巨木がまとっていた光がすうっと消えていった。


「ウサ子、騒がせてゴメンね。

 じゃあ、おやすみなさい。

 翔太、お城に帰るわよ」


「もう神樹様とのお話はすんだの?」


「ええ、今のところはね」


 エミリーは翔太少年の手を取ると、まっ暗な森の中を恐れげもなく歩きはじめるのだった。

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