第2話 異変の前兆
『聖樹の森』から瞬間移動で戻ってきたギルド本部は、まさに混乱そのもののありさまだった。
青い顔をしたギルド職員たちが、一階の広間を右往左往している。
「聖樹様が、聖樹様が……」
「もう終わりだ、きっとこの世の終わりだ……」
「許してください、許してください……」
聞こうともしていないが、職員たちのつぶやきが耳には入ってくる。それはひどいものだった。
かつてポータルズ世界群が消滅の危機に陥ったときでさえ、こんなことはなかったと思うんだけど。
みんなどうしちゃったのかな?
「ああ、シロー殿!
よいところに!
どうかこちらへ!」
この女の人って、いつもミランダさんの後ろに控えてる方だよね。
あなたまで、何でそんなに慌ててるの?
案内された小部屋にはベッドがあり、まっ白な顔をしたミランダさんが横になっていた。
「(Pω・) うん、心臓が停まってますね」
「点ちゃん、すぐに救命措置をお願い!
治癒魔術付与も頼むよ!」
「ぐ(・ω・) 了解!」
まもなくミランダさんの胸が上下しはじめたを見て、案内してくれた高齢の女性は、安心したのかぺたりと床に座りこんでしまった。
「ミランダさんは、どうしてこんなことに?」
「聖樹様が消えた瞬間をご覧になったからだと思います」
そうか。
ギルドの広間からは聖樹様が見えてたもんな。
聖樹様が倒れる瞬間を見ちゃったのか。
それは心臓くらい停まりかねないな。
なんせ、冒険者ギルドの存在理由は、聖樹様を守ることなんだから。
「し、シロー、聖樹様は……説明……説明を」
意識を取りもどしたばかりのミランダさんが俺に気づき、朦朧としたまま問いかけてくる。
「後できちんと説明します。
あなたは、あやうく死ぬところだったんですからね。
今は絶対安静です」
結局、ミランダさんの体調が回復するまで、三日かかった。
◇
ギルド本部三階にある広間で開かれた会議には、ギルド本部職員はもちろん、集落に住む人々の多くが参加していた。
俺が連れてきた魔獣たちは、今頃ギルド前広場で子どもたちと遊んでいるはずだ。
「では、聖樹様がお隠れになった件に関し、緊急会議を始めます」
まだいくらか顔色の悪いミランダさんが、ひな壇の席から会議の開始を告げた。
ギルド職員や冒険者は、十列ほど並べられた長机に着き、真剣な目でギルド本部長を見つめていた。
「シローの報告では、これから世界群に起こるかもしれない異変について、聖樹様からお告げがあったとのことです。
我々は全ギルド支部をあげ、それに対処していきます」
「本部長、しかし、なにが起こるか分からぬのであれば、対処のしようもないのではないか?」
年配の冒険者が発言する。
命がけの仕事が多い冒険者は、こういった場での遠慮など無い。
「ええ、ハミル、それはその通りです。
ですが、すでに各世界から報告が上がってきています。
テリーヌ、お願いできるかしら」
「はい。では、各世界ギルド支部からの報告をお知らせします。
獣人世界、パンゲア世界、学園都市世界、スレッジ世界、このエルファリア世界ともに、大きな地震が観測されました。
地震の発生時刻は、聖樹様がお隠れになったちょうどその時だと思われます。
地面だけでなく、空間そのものまで揺れたようです。
発生後、各地の時刻にずれが生じていることが報告されています。
ギルド本部では、この現象を『
「おいおい、それがホントなら、なんかヤバい気がするぞ」
「空間が揺れるってどういうことだ?」
「時間がずれた?
どういうことかしら?」
小声で騒ぎはじめたのは、冒険者たちだ。
ギルド職員たちは、仲間の報告に黙って耳を傾けている。
「その他には、新しいポータルの出現が多数報告されています。
その数は分かっているものだけで、百以上に及びます。
ランダム=ポータルについては、まだ報告されていませんが、おそらくいくつかは発生していると予想されます。
なお、従来あったポータルで消滅が確認されたものも複数報告されています」
うん、こりゃえらいことになったな。
見つかったばかりのポータルは、安全確認にえらく手間と時間がかかると聞いたことがある。
一方通行のポータルなら下手をすると元の世界に帰ってこられないかもしれない。
双方向のポータルだとしても、出口が海中にあるなんてこともあるかもしれない。
いずれにしても、その調査は命がけのものとなるだろう。
こりゃ、一つ一つ俺が調べなきゃいけないかもしれないな。
そんなことを考えている間も、ギルド職員の報告は続いていた。
「それから、ギルド本部が最も懸念しているのは、ポータルズ世界群以外の世界と繋がる可能性です。
結びついた先が、知的なそして穏健な生物が棲む世界ならよいのですが、話の通じない狂暴な生物がいる世界と繋がるなら、その生物がポータルを通ってこちらの世界に侵入し大きな被害をもたらすことも予想されます」
うわあ、こりゃえらいことになったな。
いずれにしても、しばらくだらだらさせてもらえそうにないな、こりゃ。
『キラ~ン(*▽*)✨ ご主人様と遊べるチャンスが増えそう!』
うん、点ちゃん。まあ、そうなんだけどね。
命がけの遊びになるかもしれない。
やれやれだよ、全く。
『(*'▽') ご主人様、聖樹さんと約束してたよね。なんとかするって』
そ、そうだった。
だけど、そろそろ『くつろぎの家』に帰って、ちょっとだけごろごろしてもいい?
『(`^´)ノシ☆ 逃避するなー!』
ぱこーん!
点ちゃん、ほら、なにも点ハリセンで叩かなくても!
みなさん、こっち見てるじゃない!
こんな時にふざけるんじゃない、って、会議後ミランダさんからめちゃくちゃ叱られました。
くぅーっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます