第4話 異変の始まり――アリスト王国(上)

 俺は女王陛下たちとの密談を終え、アリスト城からギルドの前まで瞬間移動した。

 いつものように、両開きの扉を押しあけ、ギルドホールへと入っていく。


「「あ、シローさん!」」


 カウンターに立つ若い女性が二人、声を合わせる。

 ちょうど依頼終わりの冒険者たちで込みあう時間帯だったので、それを聞きつけた冒険者たちが、一斉にこちらを見た。

  

「おう、シロー!

 お土産持ってきたのか?」

「ウイスキ?

 あれ、持ってきてくれたんだろ?」

「ちょいと待ちな、まずはチョロレイトだよ、チョロレイト」


 いや、チョコレートだから。

 っていうか、この人たち、俺のことなんかどうでもいいんでしょ。

 お土産にしか興味ないんじゃないの?


「おう、シロー、キャロが会いたいそうだ。

 すぐ奥の応接室まで来てくれ」


 ギルドの奥から出てきたつるつる頭の大男は、前ギルドマスターであるマイクだ。 

   

「マイクさん、こんばんわ。

 すぐに行きます」


 冒険者になったばかりの頃、度々世話になったせいか、どうもこのおじさんには頭が上がらない。

 

「(*'▽') マイクおじさん、こんばんわー」


「おう、点すけ、おめえも元気だったか?」


「(^▽^)/ ゲンキゲンキー!」


「そうか、これからちと大変なことになりそうだから、シローを頼むぜ」


「(*'▽') うん、わかってるー!」


 どうみても、俺ってマイクから頼りなく見られてるよね。

 まあいいか。


 ◇


 貴族が訪れる場合に備えて、アリストギルドの応接室は、内装にもお金を掛けてある。

 まるで貴族屋敷の一室のようなその部屋には、身長一メートル足らずの「妖精」がいた。

 やけに小柄な彼女こそ、このギルドの現マスターであるキャロだ。

 小さな帽子、七分袖の上着、そして裾がギザギザになったスカート、靴先がくいと上を向いたブーツにいたるまで、服装全部が上品な緑色で統一されていて、それが余計に彼女を妖精っぽく見せていた。

 この人の出身は俺がそこから帰ってきたばかりのエルファリア世界だが、もう十年以上このギルドで働いているそうだ。

 

「シロー君、お疲れ様。

 ある程度のことは本部から報告があったわ。

 聖樹様の最期を看とってくれたそうね。

 ありがとう」


 キャロは『フェアリス』という種族だが、あの種族は聖樹様とも深い繋がりがあったはずだ。

 ミランダさんは、聖樹様がお亡くなりになったことを秘密にすると言っていたが、キャロには伝えたようだ。


「ポータルの方はどうなってるの?」


 俺はソファーに座るなり、そう尋ねた。

 他に誰かいたら、立場を考えて敬語で話すのだが、今は二人だけだからね。


「この国で一番使われているポータルは、あなたたちもよく使ってた鉱山都市から獣人世界へと繋がるやつなんだけど、あれには異常が見られなかったわ。

 マスケドニアの小島にポータルがあったでしょ?」


「学園都市世界へ繋がってるやつだよね」


「あれも大丈夫だったみたい。

 マスケドニア王から、ギルドに連絡があったそうよ」


「とりあえず、心配はいらないってことなのかな?」


「以前からあるポータルに関してはね。

 新しく見つかったものがいくつがあるけど、その調査には時間が掛かりそうよ」  


「そっちは、時間があれば俺が調べておくよ」


「できるなら、そうお願いしたいけど。

 ポータルの危険性を考えると、あなたに調査を依頼していいものかどうか……」


「まあ、ぼちぼちやりますから、指名依頼を出しておいてくださいな」


「うーん、では、よく考えてから依頼を出すわね。

 それより、他にもちょっと気になることがあるの」


 いつもにこやかなキャロには珍しく、眉を寄せている。


「気になること?

 なんなの?」


「シロー君は、西の高原にあるセンライ地域のことは知ってたわよね?」


「ああ、何度か行ったから」


 センライ地域というのは、アリスト王国の南西に広がる高原地帯で、起伏の激しい石灰岩地形が特徴だ。

 ホワイトエイプという、猿に似た魔獣が生息していたと覚えている。

 

「あそでゴブリンが目撃されたの」


「ゴブリン?」


 ホワイトエイプに比べると、ゴブリンの方がかなりランクは低かったはずだ。

 だが、それが気になるようなことなのだろうか?


「俺が以前あそこへ行った時、確かにゴブリンは見なかったけど、それがどうかしたの?」


「ゴブリンだけど、何度も目撃されているのよ。

 時には複数が一度にね。

 上位の魔獣が縄張りにしている場所で、くり返しゴブリンが見つけられているのがどうも気になるの」 


 俺はそれほど気にならないが、ギルド職員としての経験が長いキャロがそう言うなら、やはり何かあるのかもしれない。


「場所も知ってるし、俺がちょっと調べてこようか?」


「頼めるかしら?

 なんだか、嫌な予感がするの」


「なら、なおさら俺が行ってみるよ。

 近いうちに王城に行かなきゃならないから、今からすぐ行ってくるよ」


「そう?

 ありがとう。

 ギルドからの指名依頼にしておくから」


「了解、じゃあ、なにかあれば、念話かパレットで連絡してくれる?」


「ええ、分かったわ。

 じゃあ、センライ地域の調査、お願いね」


 こうして、俺は思い出深い土地まで、調査に向かうことになった。

 うん、どうやら事態は俺を家でくつろがせてはくれないらしい。


「(*'▽') わくわく」


 点ちゃんは、遊びたくてしかたないみたいだけどね。  

 

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