第38話 祭りの後で
祭典の翌日、治療所でやっと目を覚ました虎人ドラバンは、族長のコウバンから次のような話を聞かされた。
聖女とシローが獣人会議に対して虎人族の復権を働きかけてくれた。
ドラバンがぶち壊そうとした祭典こそ、虎人族復権を全部族に発表する場だった。
シローは、パンゲア世界でひどい扱いを受けていた虎人族の子どもたちを救い、世話をするだけでなく、身の振り方まで考えてくれている。
四肢の骨が砕けていたドラバンを治療したのは、彼が襲おうとした聖女その人である。
コウバン老人の話を、黙って聞いていたドラバンだが、途中からは体をぶるぶる震わせ、自分の大きな拳に歯を当てていた。
「お、俺は、いったいなにをしてきたんだ……」
湧きあがる後悔と恥ずかしさに言葉を失うドラバン。
そんな彼に族長が声を掛ける。
「ドラバンよ、お前、これからどうするつもりじゃ」
「……」
「さすがのお前も、このままでよいとは思っておらんじゃろう。
さあ、どうするつもりか聞かせてみよ」
ドラバンがそれに答えるまでしばらく時間がかかった。
開けはなした窓から入ってくる風がカーテンを揺らし、その影が横たわる彼の上に濃淡を描いく。
やがて、伏せていた顔を上げた虎人は、彼にとって大叔父でもあるコウバンの目をじっと見つめた。
「俺は憧れていた英雄にはなれなかったんだな」
「そうじゃな。確かに、お前は英雄になれなかった」
「このままじゃあ、みじめな負け虎のままだ」
「それは間違いないのう」
「俺が持っていると考えていた、力も権力もなにもかも、意味のないものだったのか?」
「今のお前を見ると、それは否定できんのう」
ドラバンは、野球グラブより大きな両の手で、自分の顔をバチバチと叩いた。
「よしっ、決めた!」
「なにを決めというんじゃ?」
「俺、あの人の弟子にしてもらう」
「なんと! あの人というのは、まさか――」
「当然、英雄シローだよ」
「お前がそう思うのは勝手じゃが、あの方が許してくださるかのう」
「許してくれなくとも、頭を下げて頼みまくるさ」
「気位の人一倍高かったお前が、まさかそんなことを言うとはな。
本気でそう思うなら、わしからもシロー殿に口添えしてやろう」
「いや、大叔父は、口出ししないでくれ。
これは、俺が独りでやらなくちゃならねえことなんだ」
「うむ、その覚悟のほど忘れるでないぞ。
虎人族の長として命ずる。
ドラバン、お前は今をもって虎人領から追放処分とする」
「大叔父、その言葉、有難くちょうだいするぜ。
退路がなきゃ、前に進むしかねえもんな」
「ほう、そこまでわかっておるなら心配いらんじゃろうて。
シロー殿は、聖女様のお屋敷に滞在されておる。
行ってお願いしてみよ。
聖女様にお許しを乞うのを忘れんようにな」
「ああ、わかってるさ。
義理人情がなにより大事って、子どもの頃からずっとあんたに言われてるからな」
「それから、お前を止めてくださったのはシロー殿のお子であり、真竜様でもある、ナル様とメル様じゃ。
あのお二人が救うてくれなんだら、今頃おまえは生きておらんぞ」
「えっ? 俺が飛ばされたのは、英雄のせいじゃないのか?」
「ああ、ナル様とメル様はな、おまえが遊んどると思われてじゃれついただけじゃとよ」
「じゃ、じゃれついた……」
命を懸けた自分の意気込みが、小さな少女のお遊びでうち砕かれたと知って、ドラバンは、かわいそうなほど意気消沈してしまった。
「聖女様のお屋敷を訪れるには、領主であるアンデ殿の許可を得ねばならん。
彼はギルドにおられるはずじゃから、忘れず寄っておけ。
お前がやったあれこれの後始末も、アンデ殿がやってくれたそうじゃぞ」
「あ、ああ……」
コウバン老は、幼い頃そうしてやったように、ドラバンの肩に両手を載せた。
「もうこれきり会えぬかもしれんが、達者でな、ドラ」
幼ないころ呼んでいた名前で別れの挨拶をしたコウバンが、部屋から出ていこうとする。
「大叔父! 見ていてくれ、俺は……」
ドラバンの呼びかけに振りかえりもせず、ただ右手を挙げるだけで答えた老人は、軽い足取りで去っていった。
「いつか、きっと恩を返せるような虎人になるから」
そうつぶやくドラバンは、憑きものが落ちたような晴ればれとした顔をしていた。
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