第39話 猛虎の謝罪
虎人族が獣人社会に再び受けいれられるための行事が終り一週間がたった。
その間、各部族の族長たちと毎日遊んでもらったからか、ナルとメルはとても機嫌がいい。
お気に入りの『くまんポリン』も心ゆくまで楽しんでいた。
これは、メルが名づけた遊びで、あおむけになった熊人族族長のお腹に乗って飛びはねるというものだ。
熊人の族長は嫌がらず、むしろ喜んで二人の相手をしてくれているが、族長を娘の遊び道具にしているようで、俺としては少し心苦しいところがある。
そんな族長たちも、明日にはそれぞれが治める領地へと帰ることになっている。
舞子へ辞去の挨拶をするため、虎人族の族長を含め、全ての族長が聖女屋敷を訪れている。
「聖女様、シロー殿、この度は虎人族のためひとかたならぬご尽力をたまわり、まことにありがたいことですじゃ」
屋敷の一番大きな広間をつかって立食形式の食事会が催されたが、その席で最初に声を掛けてきたのは、虎人族族長のコウバン老だった。
「虎人族の人々を笑顔にしてあげてくださいね」
「聖女様、もったいないお言葉ですじゃ。
老骨に鞭打って、できるかぎりのことをさせていただきまする」
「そういえば、あの方はどうなりましたか?」
「あの方とおっしゃいますと?」
「広場で怪我をした虎人族の――」
「おう、ドラバンですかな。
聖女様のおかげで、もう立って歩けるようになりもうした。
後ほどご挨拶に上がると思いますじゃ。
お忙しいところ、ご迷惑と思いますがのう」
「そう、お元気になられたのならよかったです」
「有難いお言葉、心よりお礼申しあげます。
それから、えいゆ……いえ、シロー殿、お忙しいのにわざわざ虎人領までご足労いただき、お礼の言葉もありませんですじゃ。
虎人王に連なる子らを助けていただいたこの度のこと、わしだけでなく虎人族としてその御恩は忘れませぬ」
「いやあ、すぐに忘れてくださいよ、大したことしてないんだから。
それより、子どもたちが、一人もタイゴンに残らなくて悪かったね」
「とんでもない!
我が領地にそれだけの魅力がなかっただけのこと。
これからは、訪れた方々が住みたくなるような土地にしていますじゃ」
「そう? そう思ってくれるならいいんだけど。
あの子たちの様子は、時々知らせるからね」
「かたじけないお言葉じゃ。
まことにありがたい」
俺たちがそんな話をしていると、執事服を着たピエロッティが近づいてきて頭を下げた。
「聖女様、シローさん、虎人のお客様がお目にかかりたいということですが……」
「今は、族長たちと食事中なんだけど?」
「それが、そうお知らせすると、それならなおさらのこととおっしゃられて……」
「ふうん、どんな人?」
「お名前はドラバンとか」
それを聞いたコウバンは、アチャーという感じで額に手を当てている。
「まこともって申し訳ないですじゃ。
あやつは、聖女様、シロー殿にあやまりたいと申しておりました。
ですが、なにもこのような場に来ずとも――」
「ピエロッティ、その方を入れてあげなさい」
「しかし、聖女様……」
「魔術の達人である、あなたがいれば、なにがあっても大丈夫ですよ。
それに今ならシロー君もいるし……」
「そういうことでしたら」
ピエロッティは優雅に頭を下げると、広間から出ていった。
「聖女様、ドラバンのやつが、またもやご迷惑をおかけしますじゃ」
「迷惑などとは思っていませんよ」
バンッ!
両開きの扉が勢いよく開き、一人の虎人が入ってくる。
族長たちが彼に向ける視線は、氷のように冷たかった。
ドラバンは広間に入ってくるなり、土下座の姿勢をとった。
「聖女様、英雄殿、族長のみなさま、この度は大変ご迷惑をおかけしました!」
まるで叫ぶように言った虎人は、その額をさらに下げ、床にゴンと額をぶつけた。
「先だっては人族に手を貸し、この度は聖女様に無礼を働いたこと、謝ってすむことではないと、百も承知しております。
しかし……しかし、許されるならこの身を粉にして英雄殿にお仕えしたい。
どうか、どうかお許しいただきたい!」
土下座を続けるドラバンを見て、族長たちが目を丸くしている。
なぜなら、ドラバンが以前族長をしていた頃、いかに傲慢であったか嫌というほど知っているからだ。
その彼が他人に頭を下げ謝るなど、どう考えてもありえないことだった。
「おい、ドラバン、立てよ」
声を掛けると、彼は顔を少し上げ、うかがうように俺を見た。
「では、お仕えすること、お許しいただけるので?」
「いいから立て!」
「は、はいっ!」
虎人が俺の前に立つ。
身の丈が二メートル以上あるドラバンは、目を合わせようとすると見上げなければならなかった。
「歯をくいしばれ」
「?」
「歯をくいしばれ、と言った」
「は、はい?」
俺は点収納から取りだした、純白の大きなハリセンを手にすると、それを思いっきり振りかぶり、ドラバンの顔面めがけて力いっぱい振りおろした。
「俺のこと、英雄って呼ぶなーっ!」
ぱこ~ん
ハリセンから、そんな間の抜けた音がした。
しかし、その音に反して効果は抜群で、ドラバンの巨体が吹っとぶと、入ってきた扉からポーンと外へ飛んでいった。
このハリセン、点ちゃんと一緒に創ったのはいいが、使いどころがなくて点収納にずっとしまっていたものだ。
名づけて『点ハリセン』
会心の魔道具だ。
「(^▽^)/ わーい! やっと出番があったね、点ハリセン!」
点ちゃんも喜んでるね。
ちなみにこのハリセンだが、叩かれても全く痛くない。
ただ、重力魔法が付与されていて、叩かれた者は重力が軽減され、その結果として飛んでいくことになる。
叩く強さで飛ぶ距離が変わる、こだわり設計だ。
「史郎君、ふざけすぎ」
舞子に怒られちゃった。
「(*'▽') でも後悔はない」
でも後悔はない。点ちゃん、先に言わないで。
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