第37話 ケーナイでの出来事(下)
シローたちがケーナイギルドを訪れた翌日、虎人の子どもたちは、ある行事に参加することになっている。
この行事は、シローの口利きで獣人会議が開催するもので、ブレイブ帝国から虎人の子どもたちが開放されたことを記念する行事だ。
この獣人世界には、かつて学園都市世界に奴隷として捕らわれ、やっとのことで解放された経験を持つ者も多いから、この行事は特別な意味を持つ。
ただ、シローの狙いは他にもあった。
現在、虎人族は大陸中で冷遇されている。彼らが猿人族、人族に加担して多くの獣人を学園世界に売りとばしていたことを考えると当然の報いともいえるのだが、このままだと彼が世話している虎人の子どもたちまで白い目で見られかねない。
シローは、この行事を通して虎人族の復権を計画していた。
獣人会議の長老たちも一同に集まり、正式にそのことを発表する予定だ。
◇
街の中央にある円形の『聖女広場』には、朝から大勢の獣人たちが詰めかけていた。
行事開始の鐘が鳴ると、獣人たちから歓声があがった。
彼らの期待は、これから始まる行事へというより、大聖女の姿を見られるということにあった。
この世界において、聖女の人気は絶大なのだ。
聖女を乗せた大きな馬車が、西の大通りから広場へ入ってくる。
その馬車に向けて祈りをささげるもの、大声で呼びかけるもの、涙を流すもの、観衆の反応は様々だったが、それぞれの顔には聖女への敬愛の念があふれていた。
広場中央には白木造りの立派な演台が置かれ、その前には大きな白い敷物が広げられている。
敷物は北部山地に生息する希少な小動物の毛から編まれたもので、三十メートル四方はありそうなその敷物は、まさに天文学的な値がつくであろう。
聖女一行の馬車が、その敷物の横で停まる。
一際大きな馬車の扉が開き、純白のドレスを着た大聖女舞子が現れる。
空気が割れるような歓声が、広場周囲の建物を揺らした。
いつの間にか姿を現したシローの手を取り、聖女が敷物の上に足を降ろす。
聖女と英雄のツーショットに、観客の興奮はさらに高まった。
二人はゆっくりした足取りで、演台へと向かう。
別の馬車から降りてきた、虎人の子どもたちが二列に並んで二人の後に続いた。
そして子どもたちを後ろから見守るように、ルルたちシローの家族が歩いていく。
その中には、観客へ手を振るナルとメルの姿もあった。
聖女舞子が虎人の子どもたちと演台に登ると、広場は潮が引くように静かになった。
舞子が拡声の魔道具を手にする。
「みなさん、ようこそお集りくださいました。
今日は、この世界にとって特別な、そして嬉しい発表があります。
この子たちは、かつて神獣様を守り異世界へ旅立った虎人王の末裔です」
さすがに驚いた群衆が大きくざわつく。
だが、舞子が再び話しはじめると、ざわめきはピタリと止んだ。
「彼らは人族に囚われ、何世代にもわたり望まぬ仕事をさせられてきました。
あなた方の中には、虎人族に不審を抱いている方もいるでしょう。
このことは、獣人会議でも長く話しあわれてきました」
そこで舞子が右手をさっと振ると、観衆の中で控えていた獣人の族長たちが、白い敷物の上に出てきて、演台の前に膝をついた。
三メートル近くありそうな熊人族、人に近い背丈の犬人族、豹人族、小柄な猫人族、狐人族、狸人族など、様々な種族の族長たちが、みな舞子に対して頭を垂れる。
「そして、この虎人の子どもたちが救われたのを――」
舞子の演説がそこまで進んだとき、群衆の中からローブ姿の大柄な人物が跳びだした。
その人物は白い敷物の上を一瞬で駆けぬけ、小柄な種族の族長をその勢いではじき飛ばした。
そして演台のすぐ前で顔を隠していたフードを外した。
「ど、ドラバン……」
驚愕の声を上げたのは、演台の近くで控えていた虎人族の族長コウバン老だった。
屈強な虎人ドラバンが、勢いのまま聖女に切りかかろうと腰の剣に手を掛けたその瞬間、演台の背後から小さな影が二つ跳びだした。
それは、よそ行きの服でおめかししたナルとメルだった。
「「わーい!!」」
彼女たちは、舞子の演説が終われば、ふわふわの白い敷物の上で族長たちに遊んでもらおうと待ちわびていた。
ドラバンに跳ねとばされた族長たちを見て、もう遊びが始まっんだとナル、メルの二人が考えてしまったのは仕方のないことだった。
獣人でさえ目で追えないほどの速度で突進した二人が、ほぼ同時にドラバンの腰へとぶつかる。
ちょうど舞子に跳びかかろうとしていたドラバンにとって、二人からの衝撃は、まさしくカウンターそのものとなってしまった。
ドラバンの巨体は、はるか天高く舞いあがった。
そして、雲一つない青空で花火のような大の字となった。
ゴマ粒よりさらに小さなその姿を、古代竜の優れた視力がはっきりと捉えていた。
「「たまや~」」
ナルとメルが、地球世界で覚えた花火言葉で喜んでいる。
やがて壊れた人形のように地上へ落ちてきたドラバンだが、ふわふわの白い敷物がその体を受けとめたのは、不幸中の幸いといえよう。
「く、くけっ」
落ちた時は、まだかろうじて意識があったドラバンだが、そんな声を残し敷物の上で白目をむいた。
演台の上では、シローが舞子から拡声の魔道具を受けとる。
「えー、テステス。
ええっと、今のは虎人族の旧族長ドラバンさんによる、渾身の芸でした。
命を懸けた渾身の一芸に、どうか惜しみない拍手を」
状況が理解できない観衆から、まばらな拍手が起こる。
気を失ったドラバンは、護衛役として配置されていた犬人の冒険者たちによって退場させられることとなった。
シローから魔道具を戻された舞子が、思わぬハプニングで中断された演説をしめにかかる。
「ほ、本当に素晴らしい芸でしたね。
それでは、先ほどのお話の続きとなるのですが、獣人会議では虎人族の参加が話しあわれました。
その結果、虎人族の会議への復帰が決定しました。
みなさんの中には、まだ彼らを許せないという気持ちがあるかもしれません。
ですが、神獣様のために異国の地で捕らわれ、何世代にもわたって苦労を重ねた虎人たちに免じで、彼らにみなさんへの償いの機会を与えてあげてほしいのです。
私からも、どうかよろしくお願いします」
広場で起こった割れんばかりの拍手は、大通りを伝い街中に広がった。
この世界では、聖女からのお願いほど強力な後押しはない。
獣人社会への虎人族復帰の見通しが、ようやくのことで立ったことになる。
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